伏兵
相馬が残した情報通りに、境は翳という妖怪がいる屋敷を目指し、里の中を駆け抜ける。蓮華沢村の人間たちが陽動に協力してくれたおかげか、里の守りは手薄で、迅速に屋敷まで攻め込めると思われた。しかし……。
「……全員止まれ!!」
境の万象神覚が何かを察知した。仲間たちに指示を出し、誰もが足を止めたが、境も何が起ころうとしているのか理解できていない。
「境殿、何を躊躇われているのです?」
樒ヶ里村の男が境に訊ねた、次の瞬間だった。
「ぎゃあっ!!」
その男の胸に何かが突き刺さる。
「矢、だと!?」
倒れる男の胸に矢が突き刺さっていたのだ。境はそれが飛んできたであろう方法に振り向くと、弓を構えた妖怪が家屋の上に並んでいるではないか。
「罠だ! 失敗の合図を!!」
失敗を伝える狼煙が上がるが、今度は刀を手にした妖怪たちが押し寄せてくる。
「くそ!」
境は吐き捨てながら、前へ出た。
「御神楽衆は村人たちが逃げるまで、やつらを食い止めるぞ!」
圧倒的な強さを誇る境だが、仲間たちを庇いながら戦うとなると、その力を発揮しきれない。少しずつ押され、苛立ちが増していく中、境は見た。
「あの狐野郎……!!」
家屋の上で戦況を見守るように佇む識の姿を。そして、彼は境が気付くのを待っていたと言わんばかりに、手にしていた弓を構える。放たれるであろう矢に備えたい境だが、目の前から襲い掛かる妖怪たちも無視はできなかった。
頭に落とされた刃を払い、識が放った矢を叩き落すと、すぐさま目の前の妖怪に御神渡を突き出す。だが、そこに再び識の矢が。
「降りてきやがれ、卑怯者が!」
どうにか矢を躱す境だったが、識の放つものは他よりも鋭く速い。何度も続けて躱すのは難しいと思われた。
「十分に時間は稼いだ! 退け!!」
識に一太刀でも叩き込んでやりたいところだが、このままでは全滅を避けられない。仲間たちの無事を確認しつつ、境は森へ向かって走り去った。
「境! よかった、無事だったのね!!」
森に逃げ込むと、すぐに紬が声をかけてきた。さすがの境も見慣れた彼女の姿を前に、生きている自分を実感する。
「とにかく今は逃げるぞ!」
どうにか追っ手の心配がない距離まで逃げた境たちだったが、誰もが酷い有様だった。剣士の数も減り、村人も数名ほど命を落としただろう。境は葛城と紬に一部始終を話す。
「あの狐野郎が……まるで、こっちの動きを知っているみたいに、待ち伏せしていやがった」
「まさか、こちらの動きが伝わっているのでしょうか」
「裏切者がいる、ってことか」
境の頭に真っ先に浮かんだ人物は、相馬という男であった。今回の戦いはあの男の情報がもとになったものである。こちらの動きを誘導するために、情報を流したのではないか。
「それにしても、俺たちが攻め入る時期まで知っているようだった。裏切者がいたとしても……」
相馬ではない。それに、何者かの裏切りによって情報が漏れていた、と言うより、もっと超常的な先読みがあったように感じられた。そう、例えば万象神覚のような。
「このままじゃあ、戦力が足りない。孔雀威さんに殺されるかもしれないが……後詰めが必要だな」
境の言葉に、紬は頷く。
「そうだね。仕事をやり遂げないと、殺されるより、もっと酷い仕打ちを受けるかもしれない。次の定時連絡のとき、応援を要請するよ」
「さらに人数を集めていただけるのですか??」
驚くのは葛城だ。境と紬に加え、三十の剣士を寄こしてもらったばかりだと言うのに、さらに人数を投入できる御神楽衆の力が想像以上だったのだろう。だが、紬は厳しい現実を伝える。
「御神楽衆が対応中の依頼は、ここだけではないので、どれだけの人数が集められるかは分かりませんが……この状況を細かく伝えれば、どうにか」
「しかし、孔雀威という方が許さないのでは?」
「最悪、私が何度か死ねば許してもらえるので……大丈夫です!」
紬は、応援があれば持ち直すことも可能だと伝えているつもりだったが、葛城は苦い顔を見せ、黙り込んでしまった。ここまで、事が上手く進んでいたせいもあって、今回の失敗のせいで不安を煽られてしまったのかもしれない。
「大丈夫です、御神楽衆は受けた依頼は必ずやり遂げますので!」
勇気づけようとする紬に、葛城はどうにか笑顔を見せるが、その気持ちは曇ったままのようだった。境も嫌な流れに溜め息を漏らしてしまったが、疲れ果てた仲間たちの中から、楓の姿を探す。
無言で紬たちから離れ、楓の方へ向かうが、彼女は馬車の屋形から出てきていないらしい。傍に控える古守に目をやるが、彼は首を横に振るだけだった。
戻った境は自然と紬の隣に座るが、横から嫌な視線を感じる。
「なんだよ」
半目で見つめてくる紬に言うが、彼女は顔を背けるように別の方向へ視線を向けて言うのだった。
「別に……」
境は額で手を抑える。最初から嫌な予感があったのだ。頼みの綱ともいえる楓はあの調子。おまけに紬まで調子が悪そうだ。この戦いの行く先を考え、境は再び溜め息を漏らした。




