視線
蓮華沢村と協力を結んでから、三日が経った。妖怪の襲撃もなかったため、境と紬は七人の剣士を置いて、新たな拠点となった仄の屋敷に戻り、次の攻撃について話し合うことにした。
「明日、蓮華沢村と同時に妖怪の里を攻めます」
男たちの中央で、葛城が話す。
「妖怪たちは、夜襲に失敗して、まだ立て直している最中のはず。そこで、まず蓮華沢村が妖怪の里に攻め込み、できるだけの敵を引き付けてもらってから、その直後に我々が攻め込みます。一息に翳の屋敷に攻め入って、大将首を取り、杠葉を捕らえれば我々の勝ちです!」
仲間たちの士気は高かった。今まで太刀打ちできなかった妖怪たちに連勝し、御神楽衆の力を実感したこともあってか、次の戦いも勝てるだろう、という雰囲気が漂っていたのだ。
「いい流れがきているね」
話し合いが終わり、紬が話しかけてきたが、境は反応しなかった。
「境?」
紬が顔を覗き込むと、険しい表情の境は胸の内にある懸念を明かした。
「嫌な予感がする。俺たちだけでは勝てないかもしれない……」
「どうして?」
「分からん」
境は何を思い当たったのか、突然歩き出す。
「どこ行くの??」
追いかける紬だが、すぐに境の行く先がどこなのか気付き、目を細める。そこは、屋敷に用意された、楓の部屋だったのだ。部屋の前に古守が控えているが、それは楓の部屋に入ることを拒絶するようである。
「楓は?」
境が訊ねると、待っていたと言わんばかりに、古守は小さく頷いた。
「昨日から気分が悪い、とのことで、少し休ませていただいています」
その答えに、境は考え込むように口を閉ざすが、古守は「ただ」付け加える。
「ただ、境さまが訪ねてきたら、明日は同行すると伝えるように、と」
どうやら、境がやってくると分かってたいらしい。
「そうか。無理はするな、と伝えておいてくれ」
境はあっさりと部屋から離れる。また、葛城たちの方へ戻るが、紬は不満のようだった。
「ねぇ、今回は見習い剣士もたくさんいるし、楓さんの協力は必要ないんじゃないの?」
「……俺だってそう思いたい。だが、次は識が待ち構えているはずだ。簡単にはいかねえよ」
紬は自分の凪の神楽が識に通用しないことを理解している。だが、今回は仲間の数が違う。御神楽衆でもなければ、村の関係者でもない楓に頼るべきではない、と紬は考えているようだった。
次の日、妖怪の里へ向かうため、早朝から山を歩く。
「紬、先導を頼むぞ」
「えー?」
境は先頭を紬に任せ、列の真ん中あたりを移動する、楓のもとへ駆け付けた。
「体調、どうだ?」
「あー、昨日はごめんねぇ。せっかく、来てくれたのに」
馬に引かれる屋形の上で揺れる楓は微笑んで見せるものの、その顔色は明らかに悪かった。だが、境は「帰れ」とも言い難い。これだけの人の生き死にが、楓にかかっているからだ。楓は言う。
「一昨日から、なんか気持ちが悪いんだよねぇ」
「原因に心当たりはあるのか?」
「うーん……」
楓は眩暈を覚えたように、目を細めて、眉間を指先で抑える。
「なんかねぇ、ずっと誰かに見られているような、変な感じがするんだよね」
「誰かに見られている、か……」
境は考える。彼女の言う感覚は、楓に出会ったとき、境も似たような経験があったからだ。まさか、楓と同等の万象神覚を持つ人間が近くに潜んでいるのだろうか。
いたとしても、人間が妖怪に力を貸すとは考えにくい。もし、万象神覚を持つ人間が存在するとしても、この里攻めの邪魔にならなければいいのだが……。
「まぁ、大丈夫だよ。境も守ってくれるわけだし」
楓がどれだけ本気で言っているのか分からない。だが、境は微笑みを返して力強く頷いた。それから、到着まで境は楓の傍を離れず歩く。先頭は紬に任せたままだった。
「予定通り、到着しましたね」
まず葛城が安心の声を漏らした。森の中に突然現れる住居の数々。それなりの数の妖怪が生活しているようだ。里の様子を窺う葛城の横に境が現れた。
「あとは蓮華沢村の合図を待つだけだ」
「はい。先陣をお願いします」
「任せろ」
このあと、里の反対側で狼煙が上がるはず。蓮華沢村による陽動が多くの妖怪を引き付け、その間に境を先頭に本拠地と思われる屋敷へ攻め込む。奇襲に凪の神楽が重なれば、妖怪たちは慌てふためくだろう。
「きた、合図です!」
葛城が人差し指を突き出す。その先は里の反対側。確かに、ゆっくりと狼煙が上がっていた。境はそれを眺めながら、ぐっと気持ちを抑える。きっと、蓮華沢村に残した剣士たちが、できるだけ多くの妖怪を引き付けてくれているはずだ。遠くから、雄叫びや鋼がぶつかり合う音が聞こえ始める。
「よし、行くぞ!」
十分に間を置いてから、境は妖怪の里へ踏み込もうと腰を上げた。見習いの剣士たち、樒ヶ里村の人間も、力強く頷く。そして、里へ流れ込むように男たちは走り出した。
「……皆さん、頼みましたよ」
彼らを見送りながら、葛城は祈るように目を閉じるが、後方から何やら不穏な空気が流れてきた。
「境は!?」
後方で凪の神楽を舞うはずの楓が、覚束ない足取りで姿を見せた。何やら苦しげに口元を抑えている。
「どうしたのです?」
葛城が尋ねると、彼女は眩暈でも感じたように膝をつくが、それでも必死に訴えるのだった。
「やっぱり、誰かが見ている。この奇襲は……失敗する!」




