摩耗
猛煌が振り下ろした戦斧は、大地を二つに割ってしまうような、凄まじい威力だった。先程まで、境が立っていた地面は爆散し、震動と共に土が舞い上がる。
ただ、境は余裕を持って横手に回り込み、御神渡を猛煌の横腹に滑らせた。月光を反射させた御神渡が、猛煌の黒い血を吐き出させるが、上級妖怪はこの程度で倒れはしない。
「ぬんっ!!」
掛け声と共に、追撃の戦斧を振り回す猛煌。直撃すれば、境の肉は千切れて骨も砕けてしまうだろう。だが、境は瞬時に身を低くしてそれを潜り抜けてみせる。そこから反撃が放たれるかと思われたが、猛煌は低い蹴りで放っていた。直撃を受けたのか、境の体は投げ出され、地を転がるが……。
「ほう、今の蹴りを止めたか」
感心する猛煌を嘲るような笑みを見せながら、境が立ち上がった。
「便利な体してやがる」
境の指摘は、猛煌の足が変化したことだった。脛部分が刃のように輝きを発している。あれを普通の刀で受けていたら、境の体は裂けていただろう。妖怪らしい脅威的な体ではあるが、境は下らないと一蹴するように鼻を鳴らした。
「だが、識の野郎に比べたらのろまだ。次は右腕を叩き斬ってやるとするか」
そう言って、御神渡の切っ先を猛煌に向けて挑発する境だったが、それは彼自身が思っていた以上に効果的だった。
「この俺が、あのふざけた狐の面に……劣ると言うか!!」
「なんだ、知り合いだったのか? 痛いところを突いてしまったようなら謝るよ。でも、気にするな。体の大きさだけなら、お前は誰にも負けない。まぁ、今から死ぬんだから関係ないかもしれないけどな」
重なる挑発に猛煌は境へ向かって地を蹴る。まるで、理性のない獣の突進だが、境の万象神覚は確かに危険を訴えていた。猛煌が感情のまま、戦斧を振り落とすようだったが、後ろへ跳んだ境に向かって何かが伸びた。腹からもう一本の腕が生まれ、境の首を掴もうとしたのだ。
「ぎゃあああぁぁぁーーー!!」
しかし、猛煌は痛みに叫ぶ結果となった。理性を失ったとみせかけ、三本目の腕による不意打ちを目論んでいたはずが、大量の血が彼の足元を濡らす。三本目の腕が完全に裂けていたのだ。境は声をあげて笑う。
「まさか真ん中からもう一本出てくるなんて! 右の腕を斬るって言ったのに。悪かったな、宣言通りじゃなくて!」
額に脂汗を滲ませながら、猛煌は睨みを利かす。だが、境は笑いを止めることはなかった。
「人間ごときが俺の腕を!!」
裂けた三本目の腕が境の顔に襲い掛かる。だが、境は身を低くして、それをやり過ごすと同時に、御神渡を振り上げ、腕を根元から切断した。黒い血が境を濡らすが、猛煌にとっても狙い通りだったらしい。低い位置にいる境の頭へ戦斧を落としたのだ。
「やっぱり、識の野郎に比べたらのろまだったな」
境は猛煌が自らの腕を犠牲にして、本命の一撃を叩き込んでくるだろうと予想していた。そのため、三本目の腕を斬り落とすと同時に、横へ跳んで本命を躱すと、雷のような御神渡の一撃を放つ。
「おのれ!!」
だが、猛煌の反応も速かった。攻撃を躱されたと知り、すぐに狙われた右腕を引っ込めたのだ。ただ、かなり深い傷を負ったのか、勢いよく右腕から血が吹き出している。
「約束通り、右腕を斬ってやるつもりだったのに。そんなに嫌だったか?」
猛煌の顔に、これまでにない焦りが見えた。いや、得体の知れないものに対する恐れ、といった感情が近いだろう。それも無理はない。境は猛煌の一手先、二手先を読んでいる。いくら、御神楽衆の討者と言われる一流の剣士と言え、何度も正確に先を読む人間は、猛煌のような百戦錬磨の妖怪にとっても、不気味な存在なのだ。
「猛煌さま!」
境は決着に迫ろうと一歩前に出たが、猛煌の手下がかけつけてきた。
「同士が次々と斬られ、村に入り込むことすら敵いません! このままでは全滅です!!」
手下の訴えに、猛煌は葛藤したようだった。恐らくは戦士としての意地と、将としての判断で揺れているのだろうが、境は子どもの喧嘩のように煽る。
「なんだよ、逃げるのか。根性も識の野郎より下となったら、お前の良いところなんて、本当に体の大きさだけになっちまうぞ?」
猛煌は顔を歪めながら、一歩退いてみせる。
「退くぞ。動けるものは怪我人に手を貸し、できるだけ多くを救え」
「承知しました!」
妖怪たちは撤退を始める。だが、境は猛煌に詰め寄ろうとした。逃げられると思うな。そんな気迫があったが、猛煌は傷を負った右腕で戦斧を地面に叩きつける。土埃を舞い上がらせ、その間に撤退するようだ。境は見えない猛煌に向かって叫ぶ。
「おーい! 右腕の約束、忘れるなよな!」
土埃が晴れたころ、やはり妖怪たちの姿はなくなっていた。境は紬と合流して、被害状況を確認したところ、命を落とした剣士は三名。村人に関しては、誰一人として命を落とさなかったと言う。
「……俺は墓を掘る。紬は葛城と一緒に、協力の話をまとめてくれ」
「分かった。境はやれることをやったんだから、無理しちゃ駄目だよ」
紬の労いに境は小さく頷くが、その顔に仲間を失った悔しさを滲ませていた。




