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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
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猛煌

 東にある森から妖怪たちが忍び足で蓮華沢村(れんげざわむら)の中へ進んでいた。



「よし、手はず通りに……始めるぞ!」



 境が声を抑えながら、村の人間に合図を送ると、背後に控える紬が舞いを踊る。妖怪たちが闇夜の中、動きに違和感を覚えていただろう瞬間に、村人たちは松明に火を付けて、境が指示した方向へ放り投げた。



「いた! 本当に妖怪たちがいたぞ!」



 松明の火によって、闇夜に隠れていた妖怪たちの姿が露わになる。それまで、半信半疑だった村人たちも驚きながら、危機感を持って対応する覚悟ができたようだった。もちろん、これだけではない。動揺する妖怪たちに向かって、弓を構えていた御神楽衆の剣士たちが矢を放つ。



「よく狙いを定めて撃つんだ。妖怪とは言え、この状況ならこちらが見えていないはず。しっかり狙うだけの余裕はある!」



 剣士たちの矢はよく当たった。数体の妖怪が命を落としたところで、剣士たちは武器を弓から刀へ変える。



「見ての通り、敵は凪の神楽で鈍っている。一気に行くぞ!」



 真っ先に妖怪たちの中へ飛び込んだのは、もちろん境だった。神速で駆け、敵の中に入ると、先頭の妖怪を叩き斬り、さらに次を突き殺す。夜襲を行うはずだった妖怪たちにしてみれば、とんでもない状況だろう。浮足立つ妖怪たちは、境の敵ではなかった。



「斬れ! 恐れることはない!」



 境の鼓舞によって、剣士たちも次々に妖怪を斬る。このままであれば、勝ちは固い。そう思われたが……。



「ぎゃあぁぁぁーーー!!」



 悲鳴に遅れて、境の前に刀を握った腕が落ちてきた。それは間違いなく御神楽衆の剣士のものである。境がその先を見ると、ひときわ体の大きい妖怪の姿があった。まるで、獅子のような鬣に、肩に担がれた戦斧。あれで、剣士の腕を叩き斬ったのだろう。その様は、まさに人の力を寄せ付けない妖怪の恐ろしさがあった。



「落ち着け、同士たちよ!」



 その妖怪は仲間たちに呼びかける。



「先手を打たれたが、あくまで敵は人間。恐れることはない。何よりも、この猛煌(もうこう)がいるのだ。御神楽衆と言えど、一人ずつ捻り潰してやるわ。このようにな!」



 猛煌と名乗った巨漢の妖怪は、宣言した通り、目の前で腕を失い慌てている剣士の首を跳ねた。軽く腕を振るったようだが、紙でも千切るように首を落としたところを見ると、その怪力は恐ろしいものである。これには境が前に出るしかなかった。



「あの独活(うど)の大木は俺がやる! お前らは他を斬れ!」



 人間側も、妖怪側も、対峙する二人の間に入る必要ないと判断したのか、誰もが境と猛煌を避けて、斬り合いを始める。猛煌はその巨躯から、境を見下ろして言った。



「貴様、この猛煌を前に独活の大木とは……恐れ知らずだな」



 その威圧感は、並みの討者(うちもの)なら恐れおののき、たじろぐところかもしれないが、境は鼻で笑ってみせる。



「恐れ知らず? こんな小さな村すら夜襲で落とせない、無能な妖怪のどこを恐れるって言うんだ?」



 黙る猛煌に、境は首を傾げた。



「返事がないってことは……もしかして、言葉も喋れない下級妖怪なのか? 悪かったな、無能なんて難しい言葉を使って」



 これには猛煌も苛立ちを覚えたようだ。さらに威圧的な視線で境を見る。



「御神渡(おみわたり)とかいう刀を持っているからって、調子に乗るなよ。俺はこれまで討者を九人は斬ってきた。貴様でちょうど十人目だ」


「わざわざ斬るたびに数えていたのか? 俺はもう斬った妖怪の数なんて覚えていねえよ」



 ここに紬がいれば「あんたは数え方を知らないだけでしょ」と言われるところだが、猛煌には効果的な挑発だったらしい。



「自信があるようだが、俺の武を前にどれだけ立っていられるか……見せてもらおう!」


「お前こそ、俺を前に何度命乞いするのか、聞かせてもらうぜ!」



 先に踏み込みを見せたのは、猛煌だった。その巨漢からは信じられない速さで距離を詰めると、彼だからこそ扱えるだろう大形の戦斧を振るう。まるで、旋風が吹くような一撃は、境を巻き込み、切り刻むかと思われたが、彼は既に猛煌の背後へ回っていた。



「遅いんだよ!」



 境が突き出した御神渡は、猛煌の背中を一刺しするかと思われた。しかし、猛煌はまたも巨漢に似合わぬ速さで振り返りつつ、境の一撃を弾いてみせる。これには、境も驚いたのか、距離を取って猛煌の出方を窺った。猛煌は余裕の笑みを見せる。



「確かに、先程の俺は遅かったようだ。もう少しだけ、お前に合わせてやるとしよう」


「ふんっ、あとで言い訳を聞くのは面倒だ。最初から全力でかかってこいよ」


「では、そうしよう」



 その声は、境の背後からであった。大木すらも薙ぎ倒してしまいそうな、戦斧の一撃。だが、境は振り返りもせず、それを飛び越えると、体の回転に斬撃を乗せて、猛煌の胸板を裂いた。黒い血を静かに流しながら、猛煌は小さく息を漏らす。



「やるな」


「お前は大したことないみたいだけどな」



 猛煌の表情が変わる。だが、二人が斬り合っている間に、戦況は大きく傾いていた。

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