手紙
少しの間、剣士たちを休ませることにして、境も縁側で横になる。葛城たちと軍議を行う予定があるため、眠れはしないが、少しでもいいから身体を休ませなければならなかった。
「お茶が入りましたー」
すると、湯呑を手にした楓が現れた。
「おう」
境は体を起こして受け取るが、喉の渇きが潤うよりも楓の傍にいられるのが嬉しかった。
「……もう少し近くに座っていいか?」
二人の間には、一人分の距離があった。境はそれを詰めてしまいたいようだが、楓はどこか意地悪な笑みを浮かべる。
「私は良いけど……怖い人がこっちを見ているよー?」
楓の視線を追ってみると、そこには紬の姿があった。何を怒っているのか、境を睨み付けているではないか。そして、土を踏み付けるようにして、こちらに寄ると、懐から出した紙切れで境の頭を叩く。
「な、何するんだよ!」
「これ!」
それは手紙のようだった。しかも、二通ある。
「一つは孔雀威さん。もう一つは要ちゃんから」
「か、要からか! どっちだ!?」
妹からの手紙と聞いて、境は前のめりになる。しかし、紬が一通を差し出してやると、境は奪い取るように受け取ってから、すぐ懐に入れてしまった。
「読まないの? あんなに嬉しそうだったのに」
その行為に疑問を持った楓に訊ねられると、境は仏頂面のまま、黙り込んでしまう。
「あーあ、要ちゃんも可哀想だなぁ」
そんな境に対し、なぜか紬が煽るように言う。
「一生懸命書いた文が、お兄ちゃんに読んでもらえないなんて。境なんてすぐ死ぬかもしれないのに。ねぇ、楓さん」
「そうだよー。せっかくなんだから、すぐ読んだら?」
楓に言われると無碍にはできないらしい。境は観念したように手紙を取り出し、広げるのだが……。
「なんて? なんて書いてあるの??」
目を輝かせるような楓に聞かれるが、境は短く答えた。
「読めねえ……」
「えっ?」
「紬、読め!」
放り出すように紬の方へ手紙を渡す境。これには、紬は呆れたように溜め息を吐く。
「いつも文を受け取ったら、すぐに読めって私に押し付けてくるんですよ。でも、字が読めないこと、楓さんに知られたくなくて隠そうとしたんです」
「えー、字が読めないくらい、別にいいじゃん。私もそこまで読めないよ?」
楓は宥めるように背を撫でてやっても、境は仏頂面のまま紬に言う。
「早く読めよ」
「はいはい。えーっと……勉強は順調。この前も、大人が解けない算術の問題を要ちゃんだけが解いたらしいよ。明倫院に登院できるくらいの知識だって、老師からお墨付きをもらったって!」
あからさまに柔和な表情の境を見て、楓も嬉しそうな笑顔を浮かべるが、手紙はこれで終わりではない。
「えーっと、これもすべて兄さまのおかげです。討者としての仕事は危険ですが、どうかご無事に。そして、要の幸せは明倫院の登院ではなく、兄さまの帰る姿を目にすることです。それを忘れないでください、だって!」
「うわー、境ってお兄ちゃんなんだねー! えらいえらーい!」
楓が犬を愛でるように頭を撫でるが、境はされるがまま、少しだけ頬を赤らめた。
「ほら、読めなくても自分で見てみなよ」
二人のじゃれ合いを遮るように、紬が手紙を渡してきたので、境は言われた通り目を通してみる。ほとんど読めないが、妹が平和な土地で勉強をしていると思うだけでも、頬が綻ぶのだった。そんな幸せを噛み締める境だったが、紬がどうも暗い笑みを浮かべていることに気付いてしまう。
「なんだよ?」
「境、文はもう一つあるって忘れてない?」
「げっ」
境の顔が青ざめる。妖怪に対しても、肉食獣のように振る舞う境にしては珍しいと言えるだろう。
「孔雀威さん……なんか言ってたのか?」
紬は頷く。
「応援はさらに寄こすことも可能。ただし、これ以上必要ならば、境、紬の両名はさらなる鍛錬が必要だと判断する。抜かることないように。以上」
境と紬が青い顔で笑い出すため、楓は首を傾げた。
「孔雀威さんって……何者なの?」
青い顔のまま、境は小さい声で答える。
「御神楽衆の副頭だ。下手に逆らったら、死ぬしかない、おっかない人だ」
「境にもおっかない人がいるんだね。えーっと、孔雀威さんだっけ?」
「あまりその名前を口にするな。逃げ出したくなる……。紬!」
境と紬は顔を合わせると、深く頷き合った。
「分かっているよ、境。孔雀威さんに殺されないためにも……必死でやろう」
「ああ。識の野郎が逃げ込んだ妖怪の里がどんなもんか知らねえが……楓もいる。絶対に俺たちだけでやり遂げるぞ」
二人は覚悟と誓いを交わすように拳を合わせる。それを見た楓は言うのだった。
「二人とも仲が良いんだねぇ」




