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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第二章 翳りゆく心
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手紙

 少しの間、剣士たちを休ませることにして、境も縁側で横になる。葛城たちと軍議を行う予定があるため、眠れはしないが、少しでもいいから身体を休ませなければならなかった。



「お茶が入りましたー」


 すると、湯呑を手にした楓が現れた。


「おう」



 境は体を起こして受け取るが、喉の渇きが潤うよりも楓の傍にいられるのが嬉しかった。



「……もう少し近くに座っていいか?」



 二人の間には、一人分の距離があった。境はそれを詰めてしまいたいようだが、楓はどこか意地悪な笑みを浮かべる。



「私は良いけど……怖い人がこっちを見ているよー?」



 楓の視線を追ってみると、そこには紬の姿があった。何を怒っているのか、境を睨み付けているではないか。そして、土を踏み付けるようにして、こちらに寄ると、懐から出した紙切れで境の頭を叩く。



「な、何するんだよ!」


「これ!」



 それは手紙のようだった。しかも、二通ある。



「一つは孔雀威(くじゃくい)さん。もう一つは要(かなめ)ちゃんから」


「か、要からか! どっちだ!?」



 妹からの手紙と聞いて、境は前のめりになる。しかし、紬が一通を差し出してやると、境は奪い取るように受け取ってから、すぐ懐に入れてしまった。



「読まないの? あんなに嬉しそうだったのに」


 その行為に疑問を持った楓に訊ねられると、境は仏頂面のまま、黙り込んでしまう。


「あーあ、要ちゃんも可哀想だなぁ」



 そんな境に対し、なぜか紬が煽るように言う。



「一生懸命書いた文(ふみ)が、お兄ちゃんに読んでもらえないなんて。境なんてすぐ死ぬかもしれないのに。ねぇ、楓さん」


「そうだよー。せっかくなんだから、すぐ読んだら?」



 楓に言われると無碍にはできないらしい。境は観念したように手紙を取り出し、広げるのだが……。


「なんて? なんて書いてあるの??」


 目を輝かせるような楓に聞かれるが、境は短く答えた。



「読めねえ……」


「えっ?」


「紬、読め!」



 放り出すように紬の方へ手紙を渡す境。これには、紬は呆れたように溜め息を吐く。



「いつも文(ふみ)を受け取ったら、すぐに読めって私に押し付けてくるんですよ。でも、字が読めないこと、楓さんに知られたくなくて隠そうとしたんです」


「えー、字が読めないくらい、別にいいじゃん。私もそこまで読めないよ?」



 楓は宥めるように背を撫でてやっても、境は仏頂面のまま紬に言う。



「早く読めよ」


「はいはい。えーっと……勉強は順調。この前も、大人が解けない算術の問題を要ちゃんだけが解いたらしいよ。明倫院(めいりいん)に登院できるくらいの知識だって、老師からお墨付きをもらったって!」



 あからさまに柔和な表情の境を見て、楓も嬉しそうな笑顔を浮かべるが、手紙はこれで終わりではない。



「えーっと、これもすべて兄さまのおかげです。討者(うちもの)としての仕事は危険ですが、どうかご無事に。そして、要の幸せは明倫院の登院ではなく、兄さまの帰る姿を目にすることです。それを忘れないでください、だって!」


「うわー、境ってお兄ちゃんなんだねー! えらいえらーい!」



 楓が犬を愛でるように頭を撫でるが、境はされるがまま、少しだけ頬を赤らめた。



「ほら、読めなくても自分で見てみなよ」



 二人のじゃれ合いを遮るように、紬が手紙を渡してきたので、境は言われた通り目を通してみる。ほとんど読めないが、妹が平和な土地で勉強をしていると思うだけでも、頬が綻ぶのだった。そんな幸せを噛み締める境だったが、紬がどうも暗い笑みを浮かべていることに気付いてしまう。



「なんだよ?」


「境、文(ふみ)はもう一つあるって忘れてない?」


「げっ」



 境の顔が青ざめる。妖怪に対しても、肉食獣のように振る舞う境にしては珍しいと言えるだろう。



「孔雀威さん……なんか言ってたのか?」



 紬は頷く。



「応援はさらに寄こすことも可能。ただし、これ以上必要ならば、境、紬の両名はさらなる鍛錬が必要だと判断する。抜かることないように。以上」



 境と紬が青い顔で笑い出すため、楓は首を傾げた。


「孔雀威さんって……何者なの?」


 青い顔のまま、境は小さい声で答える。



「御神楽衆(うち)の副頭だ。下手に逆らったら、死ぬしかない、おっかない人だ」


「境にもおっかない人がいるんだね。えーっと、孔雀威さんだっけ?」


「あまりその名前を口にするな。逃げ出したくなる……。紬!」



 境と紬は顔を合わせると、深く頷き合った。



「分かっているよ、境。孔雀威さんに殺されないためにも……必死でやろう」


「ああ。識の野郎が逃げ込んだ妖怪の里がどんなもんか知らねえが……楓もいる。絶対に俺たちだけでやり遂げるぞ」



 二人は覚悟と誓いを交わすように拳を合わせる。それを見た楓は言うのだった。



「二人とも仲が良いんだねぇ」

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