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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第一章 仄かな想い
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闇の深い夜

 頭の高い位置で縛った長い髪を揺らしながら、翳(かげり)は朽ち果てた廊下を歩いた。突き当たった部屋の襖を開けると、姉の蝕(しょく)が縁側に座っている。



「姉さま、仄が死んだ」


「……御神楽衆か?」


「そうだ」



 蝕の目は外へ向けられ、こちらを振り向くこともない。妹の死を悲しんでいるのか。それすらも分からなかった。



「だが、それだけではない。万象神覚を持つ巫女が現れ、仄たちの動きはすべて先読みされて、最終的に屋敷も落とされたらしい」


「万象神覚……」



 その言葉には、何か引っかかるものがあったらしい。だが、翳は姉に焦りを感じてほしかった。



「もし、人間のみが会得すると言われる、万象神覚が存在しているのなら、私たちにとっても脅威的だ。人間は弱いが、それなりに知恵を駆使する。そこに万象神覚が加わったとしたら……ここも危ういぞ?」



 理解してくれただろうか。実際は助言が欲しかったのだが、黙り込んだ姉は、手にした団扇を仰ぐだけだ。



「……報告はした。私は兵を集めて戦いの準備を始めるからな」



 黙ったままの姉を放って、踵を返そうとする翳だが、小さい声に呼び止められる。



「翳、待て」


「……なんだ?」


「人間どもが万象神覚を使うのなら……私たちもそれを使うものを利用すればいい」



 翳は眉を寄せる。この女は自分の話を聞いていたのか、と。



「万象神覚は人間のみが会得するものだ。私の配下も、扱えるものはいないぞ。姉さまの下にそんな妖怪がいたか?」


「いや、私の配下にもいない」



 からかっているのだろうか。溜め息を吐いて、蝕に問いただす。



「じゃあ、どうするんだ? 万象神覚を使うものなんて、どこにもいないじゃないか」


「どこにもいないなら、呼び出すまでよ。あの世からでもな」


「あの世……? どういうことだ?」



 困惑する翳だが、姉は振り返って顔を見せると、そこに妖怪らしい不気味な笑顔を見せた。



「私も一人、知っているのだよ。万象神覚を使う巫女とやらを」



 仄かな月明かりに、蝕の笑い声が響く。それは、夜の深い闇に不吉が染みていくようだった。




 ―― 第二章に続く ――

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