闇の深い夜
頭の高い位置で縛った長い髪を揺らしながら、翳は朽ち果てた廊下を歩いた。突き当たった部屋の襖を開けると、姉の蝕が縁側に座っている。
「姉さま、仄が死んだ」
「……御神楽衆か?」
「そうだ」
蝕の目は外へ向けられ、こちらを振り向くこともない。妹の死を悲しんでいるのか。それすらも分からなかった。
「だが、それだけではない。万象神覚を持つ巫女が現れ、仄たちの動きはすべて先読みされて、最終的に屋敷も落とされたらしい」
「万象神覚……」
その言葉には、何か引っかかるものがあったらしい。だが、翳は姉に焦りを感じてほしかった。
「もし、人間のみが会得すると言われる、万象神覚が存在しているのなら、私たちにとっても脅威的だ。人間は弱いが、それなりに知恵を駆使する。そこに万象神覚が加わったとしたら……ここも危ういぞ?」
理解してくれただろうか。実際は助言が欲しかったのだが、黙り込んだ姉は、手にした団扇を仰ぐだけだ。
「……報告はした。私は兵を集めて戦いの準備を始めるからな」
黙ったままの姉を放って、踵を返そうとする翳だが、小さい声に呼び止められる。
「翳、待て」
「……なんだ?」
「人間どもが万象神覚を使うのなら……私たちもそれを使うものを利用すればいい」
翳は眉を寄せる。この女は自分の話を聞いていたのか、と。
「万象神覚は人間のみが会得するものだ。私の配下も、扱えるものはいないぞ。姉さまの下にそんな妖怪がいたか?」
「いや、私の配下にもいない」
からかっているのだろうか。溜め息を吐いて、蝕に問いただす。
「じゃあ、どうするんだ? 万象神覚を使うものなんて、どこにもいないじゃないか」
「どこにもいないなら、呼び出すまでよ。あの世からでもな」
「あの世……? どういうことだ?」
困惑する翳だが、姉は振り返って顔を見せると、そこに妖怪らしい不気味な笑顔を見せた。
「私も一人、知っているのだよ。万象神覚を使う巫女とやらを」
仄かな月明かりに、蝕の笑い声が響く。それは、夜の深い闇に不吉が染みていくようだった。
―― 第二章に続く ――




