二段構え
後方の憂いを断った境は、より勢いを増して屋敷の奥へ突き進んだ。仄という総大将、もしくは識のどちらかは、必ず斬らなければならない。その集中力は、境の万象神覚を際立たせ、あらゆる妖怪の攻撃をものともしなかった。
「見つけたぞ、狐野郎!!」
そして、仄と思われる少女の妖怪を見つける。が、識が彼女の手を引いて、さらに奥へ消えて行った。どうやら裏口から脱出するつもりらしい。追うためには、足止めとして残された妖怪を一体葬らなければならなかった。
「退け、そいつは俺がやる!」
葛城たちが囲い込みながらも妖怪の対応に手間取っていたので、境は彼らを退かせて前に出る。
「仄さまの元へは行かせんぞ!!」
「黙って死んでろ!」
妖怪は刀を振るうが、その技はあまりに平凡であった。万象神覚によって、より反応力が上がった境は最低限に回避すると同時に、御神渡をがら空きの胴に向かって突き出す。
「ぐはっ」
妖怪は黒い血を吐き出しながら崩れたが、念のため喉を裂いて、倒れたところを後頭部に足裏を叩きつける。骨が砕ける感触があり、識が逃げた方を見る境だったが……。
「大変です!」
部屋に葛城の仲間が入ってきた。
「杠葉が妖怪の大軍を率いて戻ってきました!」
「なんですって!?」
葛城は顔を歪める。
「時間をかけ過ぎたか……」
このまま逃げた仄と識を追えば、杠葉たちに包囲されてしまうかもしれない。逡巡する葛城だが、境の判断は速かった。
「俺があいつらを追う。あんたは仲間たちをまとめて紬たちと逃げてくれ」
「しかし……一人で大丈夫ですか!?」
「今の俺なら……問題ない!」
境は葛城の返事を聞くこともなく飛び出していく。裏口から外へ出ると、山が見え、体が勝手にそちらへ向かって足を進めた。境は走りながら考える。
(仄とかいう妖怪は小柄な女だった。普通に考えれば、そう速く走れないはず。このまま追えば……必ず見つかるはずだ)
境の予想は正しく、途中で識たちの足跡を見つけ、山の上に向かっていることが分かった。
「……今度こそ終わりだ、狐野郎」
そして、ついに境は識の背中を見つける。識はゆっくりと振り返ると、仄を自らの後ろへ隠した。どうやら、逃げるよりも境を斬ることを選んだらしい。女を連れているのなら、賢明な判断と言えるだろう。
「同じ妖怪と、こう何度も斬り合うのは初めてだが……やっと決着だ」
挑発するように、境は御神渡の切っ先を識に向ける。だが、識は静かに刀を構えるだけだった。今更、交わす言葉もあるまい。境も御神渡を構えると同時に、地を蹴った。御神渡の加護によって強化された身体能力は、境と識の距離を一瞬で縮める。
先手は境の袈裟斬りだった。だが、識は境の横手に回ると胴を薙ぐ一線を放ってくる。完璧な見切りのように思われたが、境はそれを予期していた。斬撃とは反対方向へ横跳びしつつ、体を識に向けて、着地と同時に御神渡を突き出す。
「死ね!!」
「ぐっ!!」
黒い血が土の上に飛び散るが、そこには赤が混じっていた。
「……やってくれるじゃねえか!!」
二人の刀は交差していた。いや、同時に互いの脇腹を引き裂いていたのだ。戦いはこれで終わりではない。境が軽く頭を引き、額を識の面にぶつけようとしたが、それは空振りに終わる。
(さすがに二度も同じ手は通じないか……)
一歩退いた位置で再び刀を構える識。次がお互いにとって最後の一手となるかもしれない。境は高まる緊張感を抑えつつ、御神渡を構え直す。静かな時間が流れた。まるで、境と識の対峙は運命だったと思えるような、視線の交差が続く。
それを打ち破ったのは境の方だった。低い構えから、振り上げるような一撃を放とうと、一歩踏み出す。対する識は……。
「なに!?」
だが、次の瞬間、境の万象神覚が別方向から到来する危機を察知した。境の視線は右へ。そこには揺れ動く藪があった。
(もう一体……いる!?)
境の予想通り、藪の中から妖怪が飛び出す。刀を振り上げ、境の頭に向かって落とそうとしていた。
「ふざけるな!!」
境の斬撃は、識から突如現れた妖怪に向けられる。
(違う! それが識の野郎の狙いだ!!)
飛びかかる妖怪を斬りながらも、境は直感で識の攻撃を回避した。頭を傾けると、首筋に冷たい鉄の感触が。皮と肉が裂け、血が流れたが……傷は浅い。
「識!」
反撃を予期して、後ろに飛び退く識。だが、境の一撃は速かった。先程よりも激しく、黒い血が宙に舞う。その向こうで、識が力なくよろめいていた。
「終わりだ!!」
さらに踏み込み、御神渡を振れば識は死ぬ。それが、どんな角度であっても、識を仕留める一撃となっただろう。しかし、境の足が動かなかった。藪から飛び出してきた妖怪が、まだ絶命しておらず、境の足首を掴んだのである。
「くそったれ……!!」
境は足元に御神渡を落とし、妖怪の命を断ったが……目の前には識の姿があった。




