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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第一章 仄かな想い
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ここではないどこかへ

 識は柘榴を斬った。自分でも驚くほど、躊躇いなく。



「識さま……どうして」



 問われるが、答えはない。識の一撃は柘榴の肩口から入り、心臓も裂いていた。それでも、柘榴は涙を流しながら訴える。



「私は、貴方様の体の一部! すべてを捧げて仕えてきたつもりです! それがこの始末。なぜ! なぜ!?」



 柘榴が左手で土を掴みながら、識の方へ前進しようと体を引っ張る。その力に耐えられなかったのか、皮一枚でつながっていた下半身が千切れてしまう。それを後ろに残しながらも、柘榴は残った半身だけで少しずつ識の方へ詰め寄るのだった。



「どうして……! そこまで、この女が大事ですか?? 会って間もない、人間の女が!!」



 体のほとんどを失った柘榴の命は尽きかけているはず。だが、その訴えは、これまでいないほど激しかった。



「だって……私と貴方様が一つの体として過ごした日々は、この女のものに比べたら永遠に等しいものだったはず。それなのに、これだけ簡単に斬り捨てられるものか!?」



 柘榴は吐血する。湧き水のような勢いで、黒い血を流しながらも、識を睨み付けた。



「昔の女に……似ているからか?」



 黙って柘榴の様子を見ていた楓の視線が、こちらに向けられた気がした。返答を見定めるように。だが、識は黙って柘榴を見下ろす。



「そんなことで私を殺すなら……なぜ抱いたのですか? 貴方は私を――っ!?」



 手を伸ばした柘榴の言葉が途切れた。識の刀が、彼女の頭を二つに引き裂いたのである。断末魔もなく、柘榴が力を失うと、残った二人を包むのは、朝の森に漂う静かな空気のみ。屋敷の中から漏れる、激しい戦の音は、どこか遠い国で行われていると錯覚するほどだった。



「殺しちゃったんだね……」



 憐れむ目で柘榴を見下ろす楓に、識は何も言葉が出なかった。



「彼女、貴方を大事に思っていた。……貴方だって、彼女を大事に思っていたんじゃないの?」


「……よく、支えてくれた」


「じゃあ、どうして斬ったの?」



 やはり、識は答えられない。楓を守りたかった。そんな簡単な言葉で、識の心を表せるだろうか。仮にそれを伝えたとしても、彼女は柊の代わりでしかないと言うに違いない。



「私は……私の万象神覚に従ったまでだ」


「そう」



 出任せだ、と否定されると思っていたが、楓は短い言葉と共に、受け入れたようだった。



「識は……」



 唐突に、楓が真っ直ぐ識を見た。どこか今までと違う彼女の瞳に、たじろぎそうになるが、同じように真っ直ぐ見返す。そうしなければ、彼女は今言わんとすることを、引っ込めてしまう気がしたのだ。それが功を奏したのか、彼女は心の内を明かすように言うのだった。



「私と一緒に、この世界の理(ことわり)を抜ける覚悟はある?」



 楓の言葉は……いつか柊が口にしたものと同じだった。だが、柊はそれを目指さなかった、と聞いている。だとしたら、楓はどこへ向かおうとしているのか。困惑する識に、楓は重ねて言った。



「私は一緒に来てくれる人を求めている。今分かった。どこまでも、一緒に来てくれる人。世界の果てまで一緒に来てくれる人が、ここにいる気がして、都を飛び出したんだ」



 ゆっくりと楓は手を持ち上げると、それを識に差し出した。



「一緒に行こう。今すぐ……何もかも捨てて」



 この手を取ったら……何が起こると言うのだろうか。識は何一つ分からなかった。


 だが、少なくとも気持ちはある。この手を取ってしまいたい、という気持ちが。


 手を取れば、この女と何もかも一つになれるのだろうか。それは甘美な誘惑と言えるかもしれないが、識は躊躇いを見せずにはいられなかった。


 楓の誘いを受けられない理由は、偏(ひとえ)に己の復讐心を満たすためである。識の躊躇いは楓に伝わったのだろうか。彼女は目を細め、手を引いた。



「ごめんね、無理を言って」



 楓は誤魔化すように微笑む。識の知る彼女は、いつも人を揶揄うように笑うが、このときは寂しさを誤魔化すように笑ったのだ。そんな彼女を識は独りにしたくはなかった。



「……いや、突然のことで驚いただけだ」



 そう、もう少し状況が変われば、その覚悟を持てたかもしれない。例えば、月蝕の三姉妹を全員討った後なら。



「私には、やることがある」



 識は楓が言わんとしていることを理解できたわけではないが、復讐が終われば、彼女にすべてを委ねるのも悪くはないのでは、という考えが浮かびつつあった。それを正直に言えば、彼女は受け入れてくれるだろうか。待ってくれるだろうか。



「だが、それが終われば……」



 一緒に行こう。どこまでも。そう伝えようとした、そのときだった――。



「楓、離れろ!!」



 その声に識は振り返ると、視界の中に迫る銀の輝きを見た。瞬時に屈むと、頭上で空を裂く気配が。すぐ横に突き刺さる刀。どうやら、識を狙って投げつけられたものらしい。



「きたか……」



 識は呟き、刀を構える。そこに駆け付けるのは……境であった。



「それ以上、楓に近付いてみろ。ふざけた面と一緒に頭を叩き斬ってやる」



 先程投げつけた刀は、どこかで拾ったものらしい。境は手にしていた御神渡を構えるのだった。

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