無情
「これで……三体目!」
古守は倒れた妖怪に、とどめの刃を落とす。断末魔が響き、古守の剣の冴えが光るが、疲弊も見えつつあった。
「古守さん、大丈夫??」
舞いながら声をかける楓に頷いてみせる古守だが、紬から見ても彼の限界は近いようだ。古守は剣士としては優秀だが、御神楽衆のような妖怪退治の専門家ではない。凪の神楽を止めようと、紬たちを狙って現れた妖怪を、たった一人で三体も倒しただけで驚異的と言えるだろう。
「向こうは向こうで苦戦しているはず。お二人は舞いに集中してください」
古守の言葉に紬は頷く。ここは彼を信じて舞うしかない。しかし、また塀を超える妖怪の姿が見え、紬は叫んだ。
「また妖怪が来る! 古守さん!」
「承知!」
前に出る古守だが、草木を分けてこちらへ突き進む妖怪の顔に気付いたようだった。
「やつは……この前の!!」
「柘榴だ!」
紬も思わず叫ぶ。体に包帯を巻きつけた柘榴が、歓喜の笑みを広げながら、こちらに駆けてくるのだ。
「私一人で……やらなくては!!」
古守は刀を構えるが、前回の敗北が頭を過るようだった。しかし、相手は手負いだ。きっと、撃ち負けることはない、と期待する紬だったが……。
「くっ!」
「あははははっ!!」
刃のように伸びた柘榴の爪は、古守の剣を後退させる。舞いは効いているはずだが、上級妖怪であろう柘榴は、古守よりも上手らしい。それでも、古守は柘榴が見せた一瞬の隙を見逃さなかった。
「そこだ!」
閃光のような一突きが柘榴の胸に突き刺さる。がっ、と黒い血を吐き出す彼女だが、その顔に広がる笑みは消えない。
「言っただろう、その戦い方では、妖怪には勝てないと!」
柘榴は古守の刀を掴む。相手が人間ならば決着は付いていた。その感覚が抜け切らない古守は、自分の失敗に気付いて刀を引こうとするが、柘榴の力はそれを許さない。
「はあっ!!」
それどころか、柘榴は古守の刀をへし折ると、その鋭い爪を振るうのだった。赤い血が凪の神楽を彩り、古守が崩れる。
「古守さん!!」
思わず叫ぶ紬だが、楓は顔色一つ変えることなく、舞い続けていた。その異常性に瞳を揺らしながらも、紬は柘榴を見据えて、懐から取り出した剣鍔を握り込む。自分は妖怪退治の専門家なのだ。必死にそう言い聞かせ、拳を構えて柘榴と向き合った。
「か、楓さん。この妖怪は私が倒します。だから、舞いの方は任せます!!」
背後の楓がどんな反応を見せたかは分からない。それを気にしていたら、次は自分が引き裂かれてしまうだろう。固唾を飲みながら、柘榴の動きを見据えるが、彼女は歪んだ笑みを顔いっぱいに広げるのだった。
「殺してやる。殺してやるぞ……銀髪の巫女!!」
高い笑い声を上げながら、一歩ずつ詰め寄る柘榴の顔は、狂気に塗れている。何が彼女をそうさせるのか分からないが……激しい憎悪と歓喜が溢れ出し、止められないようだった。柘榴は言う。
「識さまを惑わす化物が! 八つ裂きにしてやるわ」
化物。その言葉に違和感を覚えるべきだったのだろう。なぜなら、妖怪である柘榴が、人間である楓を指して言ったのだから。
しかし、紬は自然と受け入れてしまった。自分は柘榴と同じなのだ、と。男であれば誰であろうが一口で食い尽くしてしまいそうな楓の存在。決して、攻撃的ではないはずが、そんな圧倒的な暴食を思わせる楓は、化物という言葉が的確であるように思えてしまったのだ。
(わ、私……そんなことを考えていたの?)
人として、御神楽衆の巫女として、人間と妖怪の区別は明確に判断すべきなのに。そんな紬の揺らぎを柘榴は見逃さなかった。跳ね上がる柘榴の足先が、紬の横腹を押し潰す。ぐっと息が詰まりながらも、右の拳を突き出し、柘榴の顔面を捉えようとするが……。
「邪魔だ!」
手応えがない、と危機を感じたときは既に遅い。後頭部に重たい衝撃があり、紬は顔から地に倒れ込んでしまうのだった。視界が歪む。体に力が入らない。
ここで、楓が殺されてしまったら……力を取り戻した妖怪たちに境が殺されてしまうのだ。
立て。立つんだ。しかし、体は言うことを聞いてくれなかった。
「舞いを止めろ、女!」
柘榴の声が聞こえる。
「そして、認めろ! 自分は色目で男を騙す醜い女だと!」
しかし、楓は何も言わない。なんでもいい。逃げてくれ。そう願う紬だが、楓が立ち去る気配はなかった。
「……もういい」
柘榴の喜色に満ちた笑みも消え、ただの怒りだけが残ったようだ。
「死ね!」
歪む紬の視界が血に染まる。耳を打つ女の悲鳴。楓が……殺されたのだ。恐らく、自分も殺されるのだろう。そう思うと、紬の意識は遠退いていく。
だから、彼女は認識できなかった。目の前に広がる血は黒く、すぐ傍で事切れようとする女が呟いた最期の一言も。
「識さま……どうして」
そして、狐の面が一瞬だけ視界の中を過ぎ去るのだった。




