流動
識は杠葉に屋敷攻めの采配をすべて任せ、自分は仄の傍から動かなかった。と言っても、信頼を得るためにも、一度外に出たふりをして、屋根の上で境たちが攻め入るのを待っていたのである。
「予定通り、きたか……」
境を先頭に人間が仄の屋敷へなだれ込んでくる。凪の神楽が効いているのだろう。数でも勝る人間たちが次々と妖怪を倒して行く。境の体力を削るため、亜造という妖怪を差し向けたが、思いのほか、簡単に葬られてしまった。
「あの男、確かに強くなっているようだな」
境を強くした楓が憎らしく感じるが、彼女の涙を思い出すと、自然と口元が緩んだ。そんな矛盾した感情は、まるで自分の綻びのようで、識は気を引き締めるが……境がこちらに振り向く。
「万象神覚……」
明らかに鋭くなっている。識は屋根から降りて、仄がいる屋敷の奥へ向かうが、妖怪たちは慌てふためいていた。
「とにかく正面の入口を固めろ!」
「いや、裏に回られたらどうする!」
焦りの感情が飛び交う。奇襲はもちろんだが、ここ数年は支配するばかりで、攻められたことがなかったせいか、余計に対応できないらしい。識は笑みを抑えながら、仄がいる部屋の襖を開いた。
「無礼だぞ!」
護衛の妖怪に止められるが、識は冷静に室内の守りがどれだけ残っているのか数える。五人。ここは凪の神楽の効力も、それほど届いていない。さすがの識も、この数を一人で相手するのは困難だった。
「外の様子を知らないのか? 仄さまに伝えなければならないことがある」
識の一言に、護衛は奥にいる仄の指示を仰ぐが、彼女は手にした扇子で、中に入れるよう促した。
「識、お前は葛城の屋敷を攻めるために出たのではなかったか?」
当然の質問が投げかけられる。
「途中で嫌な予感がありまして、仄さまに危険があってはならないと戻ってきました」
「ほう。で、外の騒ぎはどうだ?」
「人間どもが攻めてきました。圧倒的な数と巫女の力で押されつつあります。このままでは、御神楽衆がここに踏み入るかと」
護衛たちは顔を見合わせる。人間にそんな力はない。そう見下す気持ちは半分。もう半分は、それが現実となった場合、どうするべきか、という迷いのようだった。
(趣味ばかりで付き人を決めるからこうなる……)
識は心の中で呟く。どうやら、仄の護衛は顔ばかりで選ばれているため、誰も実力に自信はないようだ。だが、当の仄は焦っているわけではないらしい。むしろ、笑顔を浮かべて識に問う。
「識、私はそんなことは聞いていない。この騒ぎを納められるかどうか。それだけだ」
「私の従う実力者を三名ほどお貸しください。御神楽衆を討ってみせましょう」
「……いいだろう」
仄は顎で護衛たちに指示を出すと、三人の男が前に出る。壁のように佇む男たちの隙間から、仄の笑顔を見せた。
「私はお前が戻ってくるまで、ここを一歩も動きはしない。だから、やってみせろ」
「承知した」
識は頭を下げてから、三人の男たちを引き連れて部屋を出た。
「君たちには正面の守りを固めてもらいたい。私は裏に回ろうとするやつらを確実に蹴散らす」
護衛たちは素直に識の指示に従い、外へ出ていく。これで境の体力を少しでも削れるならば……と考えながら、屋敷の横手に出ようとする識だったが、妙な感覚に襲われる。
「……柘榴?」
なぜ、柘榴が頭に浮かんだのか分からない。彼女は万全ではないため、与えられた部屋で休んでいるはず。識は早足で柘榴がいる部屋へ向かいながら考える。
戦況は少しの要因で傾く不安定なもの。一歩でも間違えれば、人間たちが必要以上に踏み入って、仄を逃がすこともある。柘榴のことを気にしている余裕はないのだが……。
「どこへ行った」
床に臥せているはずの柘榴は……やはりいなかった。彼女の行方を想像すると同時に、識の頭に女の声が響く。
(助けて……!!)
楓の声だ。彼女が万象神覚を通して、自分に助けを求めている。識は屋敷の外へ飛び出す。だが、この瞬間に境と接触するわけにはいかない。塀を超えて回り道を選ぶしかないようだが……。
「い、いたぞ!」
「狐の面……識か!」
その声に振り返ると、人間の男が三人ほど。どうやら、屋敷の裏へ回ろうとしていたところ、識と鉢合わせしたらしい。
「お、お前のせいで娘が妖怪に攫われたんだ!」
「俺の妻だって……!!」
「しっかり囲めばやれるはずだ!!」
威嚇して追い払いたいところだが、向こうは強い意思を持って、挑もうとしている。識は小さく舌打ちしつつ、刀を抜いた。
「時間がない。手加減してやれんぞ」
識の踏み込みに、男たちは面を食らうのだった。




