仄討伐戦
藪の中で境と葛城は息を潜めていた。朝霧の向こうには見える屋敷の門がゆっくりと開き、中から妖怪たちの行列が現れる。その先頭には馬に跨る杠葉の姿が。
「全部、相馬さんの言う通りだ」
葛城は小声ではあるが、喜びを抑えきれないようである。静かにしろ、と境に睨まれ、口を閉ざすが、屋敷から妖怪の数が次々と減っていく様は、大きな勝利が近付くようだった。
「よし、そろそろ良いだろう」
妖怪たちの大群が十分に屋敷から離れたと判断してから、境は立ち上がって、後ろを振り向く。そこには、紬や楓、古守はもちろんのこと、大勢の男が控えていた。勝ちを確信したのか、境はわずかに安堵の表情を見せつつ、溜め息を吐く。
「これで孔雀威さんに頭を下げる必要はなくなりそうだな」
「だね」
紬が同意する。
「孔雀威さんに怒られるくらいなら、妖怪に腸を引きずり出された方が楽だよ」
何を思い出したのか暗い笑みを見せる紬に、境が深く頷くと、葛城は大きな疑問を抱えたらしい。
「あの、孔雀威さんとは何者なんです?」
その名前を他人から聞くだけでも恐ろしいのか、境が体を震わせ、紬は背筋を伸ばした。
「御神楽衆の副頭です。まぁ、葛城さんは関わることはないと思うので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そうそう、あの人に出会わない人生の方が幸せだぜ」
そこまで恐ろしい人物なのか、と葛城が聞く前に、境が
男たちの方を見る。屋敷攻めを始めるのだろう。大きく息を吸いながらも、少し抑えた声で言った。
「分かっていると思うが、あの屋敷には月蝕の三姉妹、その末妹である仄が潜んでいる。命を惜しむようじゃあ、仕留めることはできない大妖怪だと思え。だが、安心しろ。こっちには凪の神楽を舞う巫女が二人もいる。妖怪どもは自由に動ける状態ではないから、片っ端からぶった斬ってやればいい。俺が先頭を切って手本を見せてやるから、全員付いてきやがれ」
頷く男たちに、暴力的な笑みを見せ、境は御神渡を引き抜いてから、屋敷の方へ駆け出した。追従する男たちも村を取り戻そうとする闘志にたぎっている。
境が門の前まで駆け寄ると、見張りに出てきた妖怪と鉢合わせるが、次の瞬間には、黒い血潮がまき散らされていた。波のように門へ押し寄せる男たちの背中を見ながら、紬は頷き、楓を見る。
「楓さん、私たちも始めましょうか」
「うん。いつでも行けるよ」
二人は祓串を取り出し、ゆっくりと舞いを始める。紙垂のこすれる音が朝の空気を浄化し、妖怪たちの自由を奪う。そして、舞いが激しくなればなるほど、屋敷内は黒い血で染まっていくのだった。
「舞いが効いている。行け!」
境の鼓舞に村の男たちが雄たけびを上げ、目にした妖怪たちに次々と斬りかかっていく。早速、屋敷の中へ踏み込もうとする境だったが、戸に手をかけたところで動きを止める。
「死ねぇぇぇーーー!!」
戸の向こうから、妖怪が飛び出す。境は事前に察知していたかのように素早く離れると、妖怪が振るった爪を躱してみせた。
「お前、どっかで見たことあるな……」
境を睨み付ける妖怪。それは杠葉を襲撃したとき、護衛としてその場にいた、亜造であった。
「識の言う通り、屋敷で待っていてよかったぜ。てめえの方から現れてくれるとはな!」
識の名を耳にして、わずかに眉を動かす境だったが、すぐに殺意に満ちた笑みを広げる。
「どこで恨みを買ったか忘れちまったが、斬り合うんだったら、早くかかってこいよ。こっちは時間が惜しんだ」
「これから死ぬやつが、時間なんか気にするんじゃねえ!」
亜造は腰に下げていた刀を抜いて、境に襲い掛かる。だが、亜造の刃は空を切るばかりだ。
「どうした。もっと思いっきり踏み込まないと、俺は斬れないぞ?」
挑発する境だが、実際は亜造の踏み込みが浅いわけではない。ただ、境の先読みが正確すぎるだけなのだ。
「ぎゃあああーーー!!」
亜造の悲鳴が上がる。彼は刀を落とした。いや、右腕を落とされてしまったらしい。切り離されてしまった腕を見下ろしながら、じっとりと汗で額を濡らす亜造だったが、境に蹴り飛ばされて、背中から倒れてしまう。そんな彼を見下ろす境は、どこか嬉々としていた。
「これから死ぬにしても時間は気にした方がいいぞ? お前はちゃんと十数えられるか? あ、腕が一本なくなっちまったら、正確に数えられないかもしれないな」
亜造は恐怖のあまり言葉が出てこないようだが、境はそんな彼に無慈悲な一撃を落とす。二つに割れた亜造の顔面は、境の羽織を濡らすことすらなかった。
「さて、あいつは……どこにいる?」
境は振り返る。何気なく見た屋根の上だったが、そこにあった影が、境の視線から逃げるように消えた。
「やっぱり、いるじゃねえか」
確かに見たわけではない。だが、境はあれが識だと確信していた。
「行くぞ! 仄の首を討ち取れ!」
境は村の男たちを先導して、屋敷の中へ突入を試みようとするが、新たに現れた二体の妖怪によって阻まれる。
「簡単には進ませてくれないか」
雑魚は無視して奥に進みたいところだが、村の男たちは戦に慣れているわけではない。凪の神楽によって、妖怪たちの動きが鈍っているとは言え、一対一で勝てるものではないのだ。そのため、境は男たちを支援しながら、できるだけ大人数で屋敷の中へ攻め込む必要がある。
「できれば、識の野郎が出てくるまで力は温存したいところだが……!!」
境は集団による戦いの難しさを感じながら、妖怪を一体叩き斬るが、同時に嫌な予感に撫でつけられた。
「誰かが何かを企んでやがる……」
それが何かは分からない。だが、彼の万象神覚は確実に何者かの奸計を察知するのだった。




