運命の出会い②
境は識のすぐ傍らまで踏み込んだ。だが、識が腰に下げる刀は鞘に収まったまま。取った。境はそう思った。
「死ね、あやかし!」
鈍い煌めきが識の腹を撫でる。黒い血が吹き出すと思われたが、闇夜の景色は変わらなかった。識は直前に後方へ飛んでいたのである。ふわり、と舞うように飛んだ識だったが、着地と同時に踏み込みつつ刀を返す。それは、境の首筋に吸い込まれるようだった。
「やるじゃねえか」
識の斬撃を御神渡で防ぐ境は笑みを浮かべている。それは、あと少しで命を落とすところだったのに、歓喜に溢れているようだった。
「そうじゃないと、面白くないよな!!」
境は刀を押し込み、識を後退させると、低い姿勢から腿を狙った一撃を振るう。普通の相手であれば、気付かぬ間に足が切断されているような鋭い一撃。しかし、識の動きも速い。瞬時に境の横へ回ると刀を振り下ろした。
「……なるほどな。こんな八州の僻地で人狩りしているような妖怪に、てめえみたいな野郎が混じっているとは思いもしなかったぜ」
識の一撃を躱したものの、境の袖は裂け、わずかに見える肌から血が流れていた。それでも、余裕と言える笑みを見せる境だが、識の顔は狐の面に覆われているため、表情は分からない。境の顔から笑みが消え、再び銀の光が交差すると思われたが……。
「紬、舞え!!」
「えっ、急に??」
振り返りながら、突然指示を出してきた境に、紬は困惑しながらも背に納めていた祓串を取り出す。紬がそれを振るうと紙垂が触れ合う音が流れた。神気を震わせるような音に、邪な空気が払われるようだったが、紬は境の意図を理解する。
「まだいたの!?」
長屋の上を移動し、こちらに向かってくる三体の禍猿。先程、境が斬ったやつらと同種らしい。紬は祓串を振るいながら、凪の神楽を舞う。彼女の体が円を描き、紙垂の音で空気が変わると、長屋の上を移動する妖怪たちの動きが鈍った。
「悪いな、狐野郎。早々にお前を斬って、向こうの相手をしないとならねえんだ」
凪の神楽によって、識の動きも鈍っているはず。ならば、早々に決着は付くだろうと境は思っていたが、識に動揺した様子はない。
こいつは普通ではない。境は警戒心を高めつつ、識の喉を裂くつもりで御神渡を振るった。が、識は最小限の動きでそれをやり過ごすと、刀を突き出してきた。
「てめぇ、どうなってやがる」
境は切っ先を御神渡で払いながら後退する。凪の神楽によって、妖怪は自由に動けないはずが、識の反応は少しも翳りがない。
境は迷う。背を向けて、先に長屋の上を移動する禍猿を斬るか。それとも識の相手を続けるか……。
だが、境に選択権はなかった。識が無言のまま、斬りかかってきたのである。その間に、長屋の上を移動する禍猿たちは、ゆっくりとではあるが、着実に紬たちの方へ近付いていた。
「境、早くこっちを!」
「分かってる!」
紬の声に応えはするものの、識の刀はより鋭さを増すようだった。だが、境も押されてばかりではない。識の斬撃を潜り抜けつつ、刀を振る上げると、確かな手応えがあった。胸板から血を流す識。その色は確かに黒い。
(妖怪に間違いはない。なのに、なぜ紬の舞いが効かないんだ?)
疑問に思う境に、識の剣気が押し寄せてくるが、葛城が助けを求めるように叫ぶ声を聞こえてくる。時間はかけられなかった。死を恐れず、さらに一歩強く踏み込むしかない。覚悟を決める境だったが……。
「……なんだ?」
またも空気が変わったと思うと、紬とは別の方向から紙垂の音が。別の巫女が凪の神楽を舞っている。境は音が聞こえた方を見ると、そこには日暮れ前に見た、あの巫女がいた。銀髪を揺らしながら、凪の神楽を舞う。それは、どれだけの神気を放つのか、長屋の上を移動する禍猿たちは完全に動きを止めていた。
美しい。巫女たちが舞う凪の神楽を何度も見てきた境だが、その女の動きに目を奪われ、思考が止まった。それは、目の前の識も同じだったらしい。しかも、彼は自らの感覚に違和感があったのか、手の平を確かめるように見つめた。
(舞いが効いてる!?)
境はその瞬間を逃さない。今までよりも鋭い斬撃を識に向かって放つ。しかし、識は鈍っているはずの体で即座に反応し、首元がわずかに裂かれながらも、一歩退いて致命傷を避けてみせるのだった。
「あの巫女は……何者だ」
初めて識が言葉を口にする。従えている妖怪たちを完全に沈黙させ、自らに影響を与えた舞いに脅威を覚えたのだろうか。しかし、境は短く答える。
「知るか」
実際に、境は知らないのだ。識は小さく息を吐くと、血を払ってから刀を鞘に納める
「まぁ、いい。こちらの目的は果たした」
後ろから明かりに照らされ、葛城が何やら騒いでいるようだ。何が起こっているのか、と境が振り返ると、守るべき屋敷に火が上がっていた。
「もう一匹いたのか!!」
どうやら、識も長屋の上にいた禍猿も陽動でしかなく、本命が屋敷に入り込んで火を放ったらしい。こうなったら、何としてでも識を斬ってやろうと視線を戻す境だったが……そこには誰もいなかった。




