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識の目覚め

「それで、識はなぜ妖怪に追われている?」


「……」


「それも話せないのか」



 柊は呆れたように息を吐くが、どこか楽しむように笑顔を浮かべた。が、彼女は何かを察したかのように目を細めると、その言葉を呟く。



玄天狐党(げんてんことう)か……」


「なぜ、分かった?」



 そこにつながる会話はなかったはず。先程の妖怪たちも、その名を出していないはずだ。しかし、柊は平然と言う。



「何となくだ。最近、八州(やしま)の玄天狐党に妙な動きがある、と耳にしたせいかもな」



 噂は広まっているのか、と識が考え込んでいると、柊は立ち上がった。



「私は行く。森を出るまでだったら、連れて行ってやらんでもないが、どうする?」


「一緒に行く。いや、お前が行くところ、どこまでも付いていく」


「どこまでも……となると、迷惑だな」


「だとしても、一緒に行く。お前に俺の子を孕ませなくてはならないからな」


「それ、次言ったら拳骨百回だぞ」



 二人の旅が始まり、三日目のこと。火を挟み、夜を過ごしていると、妙な気配を察知する。識が柊を見ると、彼女は既に気付いていたのか、小さく頷いてから刀を手にした。すると、闇の中から提灯を手にした男が一人。その後ろにも、男と女がいた。



「柊、やっと見つけたぞ。大人しく帰れ」



 男二人が刀を抜くと、柊を挟むように間合いを詰めてくる。一人が前に出る素振りを見せ、もう一人が本命の一撃を放ってきた。



「ちっ!」



 柊は男二人の剣を捌いてみせたが、少しずつ押されている。どうやら柊は、妖怪の相手よりも人間の方が苦手らしい。だが、彼らは識の存在に気を払っていなかった。



「そいつに手を出すな!」



 識は一方の男に飛びかかる。突然背に乗られ、男は驚いて振り落とそうとしたが、既に遅い。識は首筋に噛み付き、一気に食い破った。血を吹き出しながら、男は絶命する。



「この子供、妖怪だ! 凪の神楽を!」



 生きている方の男が、付き添いの女に指示を出したが、意味はなかった。識はもう一方の男へ飛びかかる。だが、男も鍛錬を積んだ討者(うちもの)なのだろう。識に上手く対応する。



「私を忘れたのか?」



 男は識の牙を凌いだが、それは柊に背を向けた、ということ。彼女の一刺しによって、彼は崩れてしまった。



「同じ巫女を斬りたくない。都に帰るのだな」



 生き残った女はそそくさと立ち去り、二人きりになると、柊は識を見た。



「識、お前は半妖なのか?」



 頷くと、柊は納得したようだが、識も疑問があった。



「柊こそ、誰に追われているのだ?」


「……まぁ、私と一緒にいるのなら、いずれ知ることか」



 自分の事情は話さないくせに、他人のことを知りたがる識に呆れながらも柊は襲撃者の正体を明かした。



「朝廷だよ」



 聞いたところによると、柊は特別な巫女で、朝廷は出て行ってしまった彼女をどうしても連れ戻したく、常に刺客を放っているそうだ。



「同じ追われる身。一緒に旅するのも面白いかもな」



 柊の微笑みに、識は安堵を覚えた。妖怪も人間も、彼を仲間としなかったが、初めて自分を受け入れる者が現れたのだ、と。それから、二人の旅が続き、識も背丈が伸びて、柊と並べば目線は同じくらいになった。



「識、川だ。身を清めるとしよう」


「じゃあ、俺は向こうで待っている」


「なんだ、一緒に入らないのか? 少し前は堂々と俺の子を孕めとか言っていたくせに」


「や、やめてくれ」



 成長した彼は慎ましさを覚えたものの、柊に対する感情はより強いものとなっていた。そんな中、柊が熱を出す。



「いつまでも水を浴びるからだぞ」



 火の傍で顔を赤くして横になる柊は、とても動けそうになかった。



「ほら、食べられるか?」



 粥を口元に運んでやると、柊は咀嚼しながらも低く笑う。



「まさか、識に面倒を見てもらうとはな。案外、悪くないものだ」


「俺もあと少しすれば大人だ。これくらいできる」


「だとしたら、大人になれば、もっと面倒を見てもらえる、ということか。楽しみだな」



 識は嬉しかった。大人になっても、柊は傍にいてくれる。だとしたら、粥を口に運んでやるくらい、何度だって。だが、柊の目が鋭く何かを見つめた。



「……どうした?」


「追っ手だ。逃げよう」



 柊は時折、勘の良さを見せるが、今回もそれらしい。そのおかげで何度も危険を免れたが……。



「その体では無理だ。俺が蹴散らす。相手は何人だ?」


「……お前には無理だ。かなりの手練れが迫っている」


「無理でもやるしかない!」



 識は柊の刀を取る。



「待て!」



 この期に及んで、まだ引き止めようとする柊に、識は苛立った。そこまで自分は頼りないのか、と。だが、彼女は識を頼りなく見ていたわけではない。



「せめて、私の力を受け取ってから行け」


「柊の力?」



 柊は弱々しく立ち上がり、識の肩に縋りつくと、耳元で囁く。



「そう、万象神覚だ」



 その瞬間、識の視界が暗転する。再び光を得たと思えば、赤い瞳がこちらを見つめていた。目の前に誰かが立っているわけではない。識の視界は、その光景に支配されてしまったのである。何度か瞬きを繰り返す赤い瞳。異様な感覚に吐き気を覚えたころ、元の景色が帰ってきた。目の前には柊の姿が。彼女は頬を赤く染めたまま、頷くのだった。



「頼んだぞ、識」



 識は頷き返し、木々の向こうを見る。敵がどこにいるのか、なぜか分かった。

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