楓の詰問
少し時間は遡る。識は闇の中から、縁側で風にあたる楓を眺めていた。
「やっぱり来たんだね」
こちらの姿は見えていないはずだが、楓は確信して声をかけてくる。警戒する識だが、彼女は続けて言う。
「大丈夫だよ。古守さんには一人にしてほしいってお願いしたし、境は表にいる。すぐに駆け付けるようなことはないから」
躊躇いはあったものの、識は月光の下に身を晒した。面を外しながら楓に問う。
「私が来ると……万象神覚で察知したのか?」
「だから、そんなに便利じゃないって」
楓が笑うが、だとしたら、なぜここに来ると分かったのか。識からしてみると先読みされるのは面白くなかった。そんな彼の不満を和らげるように楓は付け加える。
「昼間、私と話したそうにしていたから、もしかしたら来るんじゃないかなって。そう思っただけだよ」
だが、その答えは逆に識の感情を刺激する。自分は言いたいことを口にできない、子どものような目をしていたのか、と。
「余計なことを言っちゃったみたいだねぇ」
誤魔化すように笑う楓だが、識は頑なに口を閉ざしている。それこそ、子どものように。
「でも、こんなところに居ていいのかなぁ? もう少しで大一番なんでしょ?」
こちらの身を案じるような楓の発言に、識は大きく息を吐き、気持ちを切り替える。
「だからこそ、会いに来た。君の万象神覚で、この戦いの結末を見てほしい。私は……勝てるのか?」
またも、そんな便利なものではない、と笑われると思ったが、楓は見えないものを見るように、目を閉じた。しばらくの沈黙は、視点を未来に移動させるためだろうか。やがて、楓は目を開く。
「さっき、境は力を得たよ。今まで以上に強い力を」
「……この短時間で?」
楓は頷く。
「私が成長を後押ししたの。今までよりも、境の剣は冴えわたる。識も勝てないかもしれないね」
「……そんなことができるのか」
「相手によっては、かなぁ」
識は一歩進み、楓との距離を詰めた。
「私はどうだ? 君の力で、私の万象神覚を強くできるのか?」
「やってみないと分からないよ」
「やってくれ」
さらに踏み出す識だったが、楓は目を逸らして、溜め息を吐く。
「識は力が欲しくて私のところにきたのかな?」
「……違う」
「未来を占ってほしかったから?」
「違う」
「じゃあ、なに?」
「……ただ顔を見ておきたかった。それでは駄目か?」
見つめられ、識はどんな顔をすべきか分からなかったが、ついに溜め息を吐かれてしまった。
「まぁ、いいよ。もう少し言い方ってものがあると思うけど、許してあげる」
安堵する識だったが、楓の追及は続いた。
「でも、それだけじゃあ納得はできないかなぁ。許せるけど納得はできない。だって、どうして識は私を気にするの? 本当なら、殺しておくべきでしょ?」
答えに困る識に、楓は責めるように目を細めた。
「実際、森の中で私の前に現れたときは……殺すべきだと思っていたよね?」
それは、楓が境たちを連れて、杠葉を捕らえた夜のことだ。確かに、識は楓を殺しておくべきだと考えたのである。
「でも、殺さなかった。私に何かを重ねて躊躇ったから。それは……過去の自分? それとも他の誰か?」
まるで、追いつめられるようだ。話すつもりはなかったが、目の前の女から信頼を得たいために、口が勝手に動いてしまう。
「昔、君と同じように、万象神覚を持つ巫女に会ったことがある」
「好きだった?」
黙る識に、楓は目を細めた。
「知らない人の代わりにされても、迷惑なだけなんだけどなぁ」
どうやら、完全に機嫌を損ねてしまったようだ。
「誰かが誰かの代わりになることはない。君の代わりだって、どこにもいない」
「……ふーん」
この女は自分に何を言わせようとしているのだろう。従う必要はないのに、識は楓の顔色を窺っている。そんな彼を楓は睨み付けた。
「でも、似ているから殺せなかったってことでしょ? 私は識の悲しみに触れたから、助けてあげたいと思ったよ。だけど、識は私を見ていない。結局、その人を見ているだけなんだね」
「だから……違うと言っているだろう」
楓は溜め息を吐く。
「違う違うって……みんな私の前ではそう言う。だけど、私が嘘だと思ったら、それは嘘なんだよ。本当だって証明したいなら、言葉を使わないで伝えてみせてよ」
「私はそれほど万象神覚を使いこなせていない」
「……」
今度は楓が黙り込んでしまった。意思の疎通を遮断されてしまったのだろうか。これだけ、他人に気持ちを乱されたのはいつぶりだろうか。つい苦笑いを浮かべると、それを咎めるように楓の鋭い視線に一瞥されるが、結局は目を逸らされてしまった。
たぶん、楓は自分の心を見透かして遊んでいる。わざと怒ったふりをして、困らせようとしているのだ。柊も同じだったから、よく分かる。
視線を落とす識だったが、その頭には柊と過ごした日々が思い起こされるのだった。




