別れの日がいつか
目覚めた境は盛大に吐いた。体の中に何もかもなくなってしまうのでは、と思うほど、多くを吐いて、やっと収まる。その間、楓はずっと背中を撫でてくれたが、大した意味はなく、まだ吐き気は消えなかった。
「……大丈夫?」
「すまん」
「いやー、私が無理やり見せたものだから」
境が見たもの、ひとつひとつは彼にとって大した刺激ではなかったかもしれない。だが、その情報量が莫大過ぎたため、彼の意識が耐えられず、強烈な酔いを起こしたようだ。
「お前も、あれを見たのか?」
「うん。あれは……たぶんだけど、誰でも頭の中に持っている。もしくは、繋がれるものだけど、そこに至れるかどうかは人によるんだろうね」
「じゃあ、お前も誰かに頭を開かれたのか?」
首を横に振る楓。
「私はある日突然。凄くびっくりした。でも、境ほど苦しくはなかったよ。たぶん、自然に開かれたから、大丈夫だったんだと思う」
「そういうものか……」
体が酷く疲れていた。が、立ち上がってみると、何だか体が軽い気がした。
「お前みたいに見えるのか?」
「どうだろうねー」
境は目を閉じて、これから起こることを想像してみた。しかし、何も分からない。
「駄目だ。分からん」
「慣れてきたら、そのうち見えてくるかもね」
ささくれたような意識が少しずつ整うような気配はある。そしたら、識に勝てるのだろうか。
「あ、こんなところにいたー!!」
風に吹かれていると、紬の声が聞こえた。振り返ると、彼女が手を振っている。
「二人して、いつまで休んでいるの? 葛城さんから聞いている? 明日の朝には、ここを出なきゃならないんだって」
「そんなの、村の男たちに任せればいいだろ。お前も休んでおけよ」
「駄目だよ、みんな忙しいんだから!」
紬は境の手を取ろうとする。が、楓によって自らの手を取られて、驚いたようだった。
「お手伝いは私たちでやろう。境は疲れているみたいだから、休ませてあげないとね」
「え? でも……」
楓は戸惑う紬の手を引っ張り、屋敷の方へ戻っていく。一人になった境は、草の上で大の字に倒れた。
いつかこの世界は滅びる。だけど、それが何だと言うのだ。明日という日を無事に乗り切れるかも分からないのに、なぜそんなに先のことのため、自分を犠牲にしなければならないのか。
夜になっても、境は妙な感覚が抜けなかった。境はまた外に出て風にあたっていると、紬が顔を出した。
「境、どうしたの?」
「……別に、なんでもない」
言葉で説明できるものではない。だが、そんな境の態度は紬を不安にさせたようだ。
「でも、変だよ。ご飯だってあまり食べなかったし」
黙る境だが、紬は立ち去ろうとしなかった。
「楓さんと……何かあった?」
「何もない。余計な心配するな」
短く答える境だが、紬はその背後まで近付くと、彼の袖を掴む。
「だって、最近の境を見ていると……不安になるよ」
「大丈夫だ。俺は死にはしない」
「そうじゃない。境は死なないよ。誰にも負けないって、私は信じているから。でも、そうじゃないんだ」
「じゃあ、なんだよ」
「どこかに行ってしまう。そんな気がするんだ」
境は否定できなかった。自分がどこかに消えるとしたら……そう考えて浮かぶ未来は、楓の手を取って、旅立つ姿だ。でも、どこへ行くというのだろう。たぶん、楓と一緒なら……この体すら必要ないのかもしれない。一瞬、頭に浮かぶ楓の姿に何かが重なった。
「あいつが……いる」
「ちょっと! どこ行くの!?」
紬を振り払い、境は屋敷の中へ戻る。引き止める紬を無視して、廊下を突き進み、奥の部屋の襖を開けた。
「楓!」
すると、縁側に座る楓の姿が。振り返る彼女は首を傾げる。
「どうしたの?」
「……ここに誰かいなかったか?」
「誰も」
気のせいか、と境は頭を抑える。まだ頭の中が変だ。仄とかいう妖怪の屋敷を攻める前に、収まるものだろうか。
「急に押し入って、すまなかった」
「大丈夫だよー。境は頭痛、治った?」
境は曖昧に笑って、部屋を出た。そんな彼を見て、紬は目を細める。
「やっぱり……変だよ」
朝が来て、葛城の屋敷を引き払う一同だったが、相馬から文が届く。決戦は明日の早朝。準備の時間は、それほどなかった。




