識の懸念
識が葛城の屋敷を訪ねると、男たちが忙しなく駆け回っていた。先日の件で出た妖怪たちの骸がまだ片付いていないらしい。
「ああ、相馬さん!」
葛城がこちらに気付き、手を挙げた。
「大変だったみたいですね」
「ええ、危うく命を落とすところでした」
葛城は微笑みを浮かべるが、まさか命を奪われると恐れた男が目の前にいるとは思っていないだろう。呆れるような気持ちの識だったが、葛城は何を感じ取ったのか、険しい顔を見せた。
「相馬さんがここを訪れるとは……何かあったのか?」
識は頷く。
「できるだけ早く耳に入れたいことがあって」
「分かった。中で聞こう」
識は人々が動き回る中、屋敷に向かうが、その途中で巫女装束の姿を見る。
「みなさーん、一休みしましょう! お茶が入りました!」
男たちに叫ぶのは御神楽衆の巫女である。楓の姿はないようだ。そして、境という討者の姿も。
「あ、どうも」
巫女がこちらに気付き、頭を下げてきたので、識も同じように返す。御神楽衆の巫女も、相馬という人物の正体に気付くどころか、好意的に見ているようだ。そして、屋敷の中で葛城と向かい合い、識は妖怪たちの動きを伝える。
「もう間もなく、妖怪たちがここを攻め入ると思われます」
「やはり、そうか……」
葛城は額をおさえる。どうやら、そういった展開も想像していたようだ。
「こんなことになるなら、杠葉は逃がすべきではなかったか」
識は頷く。
「その杠葉が妖怪たちを率いて、ここを攻めるつもりのようです」
「杠葉が??」
葛城は驚いたようだが、すぐに取るべき行動を考えたようだ。
「では、早々に引き払うべきだろうか。長く住んだ家を捨てなければならないとは……」
頭を抱える葛城に、識は笑顔を見せる。葛城は察したらしい。
「その顔、朗報もあるのですか?」
「はい。仄の居場所が……分かりました」
「おお!!」
葛城が腰を浮かす。それほどまでに、この瞬間を待ちわびていたのだ。葛城が出した地図に、識は指をさす。
「この辺りです。妖術によって巧みに隠されていますが、ここに屋敷があると知って進めば、容易に辿り着けます」
「なるほど、そんな仕掛けが」
唸る葛城に、識は続けて提案する。
「それで、話はここからなのですが……仄の屋敷を攻めるのは、このときこそだと私は思うのです」
「……どういうことですか??」
どうやら、葛城は逃げることに思考が傾いていたらしい。だから勝てないのだ、と識は心の中で呟く。
「杠葉が妖怪たちを率いて、この屋敷を攻めてくる。その間、仄の屋敷は手薄になるはず」
「そうか。向こうは自分たちが敵を追いつめていると慢心している」
「はい。その隙を狙えば戦力の差も埋められるでしょう」
葛城は目を伏せ、大きく呼吸した。再び識を見る瞳には、これまでの苦労が滲み出ている。
「やっと……この日がきたのですね。貴方も大変だったでしょう」
「いえ、私は妖怪たちに媚びを売っていただけだ。矢面に立つ貴方に比べれば」
「そんなことはない。貴方がいなければ、この日はやってこなかったのだから」
識は微笑んで見せる。まるで、友を労うように。
「しかし、まだ安心してはいけない。あくまで、仄を倒す機会を得ただけです。その後ろにいる翳と蝕を倒すまで、この村は解放されません」
「その通りですね。いえ、それでも……仄を倒したとしたら、大きな一歩です。村の男たちに勢いも付く」
村の男たちか、と識は彼らを憐れむ。彼らは妖怪に支配され、餌場にされている村を解放することだけが目的ではない。彼らの妻や想い人である女たちが、杠葉の妖術に惑わされていることに、強い憤りを感じているのだ。
この葛城もそうである。最初は妖怪たちが人を食わぬよう、見回りを強化すればいいと言う考えだったが、歳の離れた若い妻が杠葉の屋敷に通うようになってから、妖怪たちを排除するのだと立ち上がったのだから。
「では、杠葉が動く日時が分かったら、早急に文を出します。それまでに、屋敷を片付けておくと良いでしょう」
「ええ、よろしくお願いします」
葛城は屋敷の外まで識を見送った。改めて挨拶を交わして屋敷から去ろうとする識だったが、働く男たちの中に、今度こそ楓の姿を見つける。
楓もこちらに気付き、数秒の間、見つめ合った。男たちに茶を注いでやっていたようだが、その手を止め、立ち上がるものだから、自分に声をかけてくるのかもしれない、と識は身構えた。しかし、楓は屋敷の中へ消えていく。
(私は何を考えているのだ)
識は自らを叱責し、今度こそ屋敷から離れようとした。なだらかな斜面に作られた道を下っていると、前方からこちらへ歩いてくる者が。間違いない、境という男だ。
「……おう、あんたか」
どうやら、識を相馬という男として記憶していたらしい。それでも、敵意を向けられるのではないか、と反射的に警戒する識だが、境は笑顔で接してきた。
「もしかして……あんたがやってきたってことは、妖怪どもを追い出す算段が付いたってことか?」
「ええ、そうなのです。よく分かりましたね」
そう言いながら、識は脅威を感じる。勘がいい、と。楓はこの男も万象神覚を持つと言っていた。また、無為という凄腕の妖怪が殺されている。前回、自分と斬り合ったときは何とか優位に進められたが、次はどうだろうか。いや、もしこの男の万象神覚がさらに成長していたら……。
「妖怪どもをぶった斬れると思うと張り合いが出るな。あんたも同じか?」
「いえ、私は」
否定するが、境は「嘘を言うな」と笑った。
「あんたから血の匂いがする。妖怪どもを殺したくて仕方ないって顔だぜ」




