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「失礼します」



 杠葉を先頭に、広間の中へ入った。そこには数名の妖怪が控えていたが、どれも顔立ちのいい男ばかりである。そこからも(ほのか)の趣味が窺えた。



「おお、蓮よ。ここ数日、何をしていた!?」



 そして、奥から軽快な足音が近付いてきた。どうやら、杠葉との再会が待ちきれなかったらしい。



「ほら、こっちに来い。いつものように、私を膝の上に乗せるのだ」


「ほ、仄さま。客がいるのです。そのようなことは」


「いいから、早う!」



 低頭したままの識には状況が分からなかったが、恐らく杠葉は仄に奥へ引っ張られているだろう。



「やはり蓮の膝の上が一番だ。他の男とは座り心地が違うわ。それとも、今すぐまぐわうか?」


「あの、仄さま……。今日は重要なお話があってきたのです。どうか、聞いていただけないでしょうか」


「はぁ? つまらんのう。私を待たせておいて、何の話があると言うのだ」


「まずは客を紹介させてください!」



 仄の視線がこちらに向けられる気配があり、識の緊張感も高まる。



「くだらん話であれば、殺すぞ? 顔を上げよ」



 識と柘榴(ざくろ)が同時に顔を上げる。すると、広間の奥で杠葉の膝の上に乗る仄の姿が。


 それは、少女の姿であった。

 十三か十四といった外見だが、実際の年齢は識と変わらないはずだ。


 柘榴は、そんな仄の姿を見て呟きを漏らす。杠葉はあのような幼子を……と。



「おお?」



 しかし、仄の方はこちらに興味を持ったらしい。



「そこの狐の面! なかなか良い男の匂いがするぞ。面を取って顔を見せてみろ」



 柘榴が横目で識を窺う。下手な答えを返せば殺されかねない。何を言うか心配しているのだろう。だが、識の答えは決まっている。



「申し訳ございません。以前、妖怪に呪いをかけられ、面の下は醜く歪められたもので。仄さまに見せられるような姿ではありません」


「むぅ……。残念だのう。見栄えによっては、私の傍においてやっても良かったのだが」



 溜め息を吐く仄だったが、後ろの杠葉が不満げに眉を寄せた。



「仄さまはこの私がいれば十分でしょう。あのような血の匂いが濃い男に寄ってはなりません」


「なんだ、蓮。嫉妬か? 可愛いのう」



 仄は杠葉に顔を寄せると、その頬に舌を這わせた。杠葉は少し身を反らしたものの、表情を歪めながら受け入れる。どうやら、仄に飼われることは嫌でも、その位置は誰にも渡したくないらしい。



「で、話とはなんじゃ? 面の男、話せ」


「ありがとうございます。早速ですが、仄さまは御神楽衆をご存じでしょうか?」



 妖怪であれば知らぬ者はいない。そんな質問ではあったが、仄は首を傾げた。



「聞いたことあるのう。姉上たちがたまに話している、人間たちの集まりだったか。確か妙な術を使って妖怪(私たち)に刃向かうとか」


「さすがでございます。月蝕の三姉妹の末妹は、広い知見をお持ちだと噂に聞いていましたが、本当だったのですね」


「ほう! やはり、そういった噂があるのか。困ったものだのう。私としては姉上たちの影で奥ゆかしく過ごしていたいものなのだが」


「優れた存在は自然と世に知られてしまうものです」


「ぐふふっ。識と言ったか。なかなか分かっているではないか」



 満面の笑みを浮かべる仄の後ろで、杠葉はやはり不満を顔に浮かべていた。



「識! 早く本題に入れ!」



 識は頭を下げ、改めて話を始める。



「先日、月蝕の三姉妹殿が納める樒ヶ里村(しきみがさとむら)に、その御神楽衆がやってきました。三姉妹殿による統治を奪わんとするためです。偶然、それを察知した私はやつらと刃を交わすことになりました」



 そこから、識は自分と御神楽衆の戦いについて話す。自分がいかに役立つのか、遠回しに伝えるために。



「そして、何とか人間どもの拠点から杠葉殿を救出したのですが、御神楽衆の力を借りた人間どもが攻勢に出る前に、備えが必要になるだろう、と私は考えました」


「なるほど、兵を借りたい。識はそう言いたいのだな?」


「察していただき、ありがとうございます」



 頭を下げる識に、仄は高笑いを浴びせると、杠葉の方に振り返った。



「なかなか有能な男ではないか。いつ知り合ったのだ?」


「数年前、たまたま拾っただけです」


「もっと早う紹介すれば、色々と使えたはず。惜しいことをしたわ」


「こんな男などいなくとも、仄さまの傍には私がいたでしょう」



 上機嫌に笑う仄。



「妬くな。可愛いやつめ」



 悪戯な少女の笑みを浮かべながら、仄は識に言った。



「いいだろう。お前に兵を貸してやる。……と言ってやりたいところだが」



 話が付いた、と思われたが、仄はこの状況を楽しむように、思わぬ方法に舵を切った。



「確かに識の実力に興味はあるが……このままでは私の男が妬いてしまって仕方がない」



 愛でるように杠葉の頬を撫でまわす仄。だが、杠葉は心外だと顔を歪めるが、彼女の話はこれで終わりではない。



「敵の屋敷攻めは蓮にやらせる。できるか?」


「ほ、本気でございますか?」


「おうよ。私はお前の面目を立たせてやろうと言っているのだ。兵ならいくらでも貸してやる。村を治めるものとして、逆らう者共を蹴散らしてみせよ」



 杠葉はもちろん戦の経験などない。兵を動かすなど、想像もできないだろう。しかし、仄の命に背くわけにもいかなかった。



「……分かりました。この杠葉が反逆者たちを葬ってみせます」


「うむ、よう言った。では、識よ。お前は蓮に協力せよ」



 識が頭を下げると、仄は満足したように頷いた。



「だが、識よ。私はお前を気に入ったぞ。被る面も狐というところが気に入った。まるで、玄天狐党に対する忠誠心のようではないか」


「その通りでございます」



 識は頭を下げたまま言う。玄天狐党はもともと狐の大妖怪である、蒼月(そうげつ)が率いた妖怪の集団である。ゆえに、その多くは狐の妖怪であった。ただ、それも月蝕の三姉妹がまとめるようになってからは、その比率も変わりつつあるのだが……。



「さて。用が終わったのなら、私らはもういいかの」



 と仄は立ち上がる。これ以上、話すことはないと判断したのか、少女の笑顔を浮かべて杠葉の背後に回ると、その肩を抱いた。



「この男を抱いてやらんとならん。識、私がお前を気に入ってしまったせいで、先程から妬いて疼きを抑えられないようだからのう」


「ほ、仄さま! 私は決して……!!」



 反論する杠葉に、唇を押し付け言葉を塞ぐ仄だが、その生々しい行為に、柘榴はやや頬を引きつらせたようだった。杠葉から離した口元を拭ってから仄は言う。



「では、識よ……。また会おう。貴様の成果によっては、面の下がいかに醜かろうと、抱いてやってもよいのだぞ?」



 笑いながら、仄は杠葉の手を引き、奥の部屋へ消えていった。広間に充満していた緊張がやや薄れるが、残された妖怪たちの視線は、識に厳しいようだった。

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