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杠葉の迷い

 識たちは無事に杠葉の屋敷に到着する。目隠しを取ってやると、眩しいと騒ぐ杠葉(ゆずりは)だったが、目が慣れると識を責め出すのだった。



「なぜあの場にいるものたちを皆殺しにしなかった!? お前たちは妖怪なのだろう! それくらいは簡単にできたはずだ!!」



 柘榴(ざくろ)が睨み付けると、杠葉は小さく悲鳴を上げる。だが、柘榴の本心としては杠葉を否定したわけではなかった。



「杠葉殿、そう言わないでほしい」



 識が落ち着いた声で宥める。



「見ての通り、柘榴が酷くやられるような相手だったのだ。こちらの苦労も分かってほしいところです」



 杠葉は柘榴の有り様を目にして、悲惨な戦いを想像したのか、口元を抑えながら顔を歪めた。識は続ける。



「だが、杠葉殿の言うことも一理ある。やつらは自分たちの正体を知られたとなっては、全力でここを攻めてくるだろう。そのときは、さらに戦力を集めているかもしれない。今の屋敷の警備では不十分かもしれないな」


「……ど、どうすればいい?」



 識は考え込むように、指先で顎に触れるが、結論はすぐに出る。いや、既にあった答えを口にするのだった。



(ほのか)さまに会わせてはもらえないだろうか」



 誰も仄の居場所は知らない。だが、杠葉本人を通せば、仄につながるはずだ。識は言う。



「戦力になる妖怪をお借りできるよう、交渉させてもらいたい」


「仄さまに……!!」



 杠葉はあからさまに嫌な顔を見せる。



「何か問題でも?」


「知っているだろう。月蝕の三姉妹は余程のことがなければ、人前には出てこない。だから、妖怪を借りるにしても私を通して要望を伝えた方がいい」


「いや、駄目だ」


「なぜ!?」



 よほど仄を紹介したくないのか、杠葉の目には力が入っていた。そんな彼に識は冷静に答える。



(いくさ)に関する話は心得のある者が話さなければ、正確に伝わるものも伝わるまい。それとも、杠葉殿は今のこの戦局を正しく説明できるものか?」


「むう……」



 押し黙る杠葉に、識は質問を重ねる。



「いつも、どうやって仄さまにお会いしているのか、教えていただきたい」


「私から仄さまの屋敷へ出向くことは禁じられている。必ず仄さまから文が届き、指定された場所に行けば、千里眼殿が案内してくれていたが……」


「その千里眼殿も死んだ」


「死んだ!?」



 識は頷く。



御神楽衆(おかぐらしゅう)に斬られました。だから、仄さまも困っているのかもしれません」



 杠葉は悩んだ挙句、ついに決意したようだった。



「……分かった。貴様を連れて、仄さまの屋敷を訪れてみよう」


「助かります」


「しかし!」



 杠葉は識に顔を寄せると、血走った目を見せた。



「屋敷で見聞きしたものは、他言無用だ」


「ええ、もちろんです」



 今更何を言うのか、といった調子で識は頷いたが、杠葉は納得できないらしい。



「そうではない。私と仄さまの関係……というより、仄さまの私に対する扱いに関しては、絶対に誰にも言わないでくれ!」



 杠葉は必死に懇願してくるが、識にはその意図が理解できなかった。それから、識たちは杠葉の案内で仄の屋敷へ向かう。そこは村の外にあるようだった。といっても、村からそう離れていない森の中である。どうやら、妖術によって意識しなければ、仄の屋敷へ向かえないよう、方向感覚を狂わせている仕掛けがあるようだ。次のことを考え、識はその道のりをしっかりと記憶した。



「杠葉、ここに部外者を連れてくるとは、どういうつもりだ!」



 森の奥に突然現れる屋敷。その門番たちは杠葉の顔を見るなり問い詰めてきた。



「非常事態なのです。どうか仄さまに杠葉がきたとお伝えください」



 二人いる門番たちは目を細めて不満を露わにするが、一方が舌打ちを鳴らし、指示を出した。すると、もう一方が屋敷の奥へ引っ込んでいく。どうやら、話を通しに行ったらしい。だが、残った門番は杠葉を睨み付けてきた。



「ふん、仄さまに気に入られてなければ、お前みたいな人間は、とっくに殺していたぜ。色男に生まれてよかったな」


「あ、ああ。親に感謝しているよ。顔も知らんがな」



 そんな会話が交わされているうちに、もう一方の門番が戻ってきた。



「仄さまは何と言っていた?」


「すぐに通すように、と」



 門番たちは呆れたように息を吐いてから、中に入るよう促したが、識と柘榴を一瞥する。



「おい、お前たち。どこぞの妖怪か知らんが、仄さまの前で余計なことをするなよ」


「もちろんだ」



 識は短く答えた。屋敷の奥へ進み、大広間につながるだろう襖に突き当たると、杠葉は膝を付き、深々と頭を下げた。同じように頭を下げろ、と杠葉は表情だけで指示を出してきたので、識も柘榴も膝を付く。



「仄さま、杠葉です。本日は至急お伝えしたいことがあり、参りました」


「おお、蓮よ。連絡が付かなかったゆえ、心配していたぞ。入れ。さぁ、入れ」



 その声に、識は低頭したまま笑みを浮かべる。ついに、月蝕の三姉妹に接触できるのだ、と。

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