急行
境はつい先ほど仕留めた、無為という妖怪の首を放り投げる。それは女妖怪の足元に転がり、黒い血が点々と畳に付着した。
「う、嘘だ……」
動揺する女妖怪は一歩、二歩と下がる。
「おいおい、どこへ行くんだ」
境は笑いながら、屋敷の外に逃げ出そうとする女妖怪へ迫っていく。そして、そんな彼女の恐怖を煽るように言うのだった。
「かなり暴れてくれたみたいだな。お前たちは理不尽に命を貪られる恐怖ってものを知らないから困る。少し教えてやらないとな」
「う……うあああぁぁぁ!!」
女妖怪は、逃げるか立ち向かうか、という選択に葛藤したようだったが、迷いを振り切り、境に向かって飛び出したようだった。真っ直ぐ境に向かって突進する女妖怪だが……。
「ぎゃああああ!!」
屋敷に響き渡る悲鳴。そして、黒い血潮が壁を染めた。境に向かって突き出された女妖怪の右腕は真っ二つに裂け、彼女は圧倒的な力の差を知ったらしい。血が流れる腕を抑え付けながら、畳の上に座り込んだ。
そんな彼女を容赦なく蹴り飛ばし、倒れたところを踏み付ける境は、とても人とは思えない禍々しい笑みを浮かべる。
「確か、こいつは識の横にいた女妖怪だったな。柘榴と言ったか? あいつについて、色々と喋ってもらおうか」
「だ、誰が……ぎゃっ!!」
女妖怪、柘榴が悲鳴を上げたのは、二つに裂けた腕を踏み付けられたからだ。
「喋りたくないなら喋らなくていい。俺は妖怪が痛みを訴えながら、泣き叫ぶ声が大好きなんだ。それを聞かせてくれるだけで、十分なんだ……よっと!!」
今度は柘榴の肩に御神渡を突き刺し、かき混ぜるように傷口を繰り返し抉る。絶叫する柘榴に、楓は目を伏せたが、紬の方は違った。
「境、もうやめて。楓さんも……びっくりしているから」
その言葉に境は楓を一瞥するが、すぐに柘榴を見下ろして笑った。
「おい、柘榴。感謝しろよ。あいつがいなければ、もっと痛い目に遭うところだったんだ。楓が優しくて、本当によかったな」
「あ、あんな女なんかに……!!」
屈辱に顔を歪める柘榴。だが、直後にその表情は潰れる。境の右足が彼女の顔面を踏み抜いたのだ。
「感謝しろ、って言ったんだよ」
「境!」
紬に制止され、不満そうに足を引く境。柘榴の鼻は折れて、歯も砕けたようだ。いかに妖怪と言え、ここまで体を破壊されては、簡単に修復はできないだろう。だが、境の表情が曇り始める。
「……あいつが、くる」
「どうしたの?」
紬が顔を覗き込んできたが、境は古守の方を見た。
「おい、動けるか? その妖怪に捕縛霊紋を貼り付けて、縄で縛っておけ。それから、念のため腹に刀も突き刺しておくんだぞ」
「わ、分かった」
古守が混乱しつつも、緊急事態なのだろうと察して頷くと、境は部屋を出て行ってしまう。
「どうしちゃったんだろう……?」
紬が呟くと、楓は柘榴の方を見て呟くのだった。
「助けに来てくれて、よかったね……」
境は屋敷の廊下を駆け抜け、再び外に出る。そこには、野狐たちの骸と首を失った無為の体が晒され、戦いは終えたと判断した葛城たちが片づけを始めていた。
「葛城、ここは危険だ! 逃げろ!
「どうしたというのです??」
楓の万象神覚によって、圧倒的に有利な形で勝負を終えたと思っていた葛城は、完全に油断していた。
「いいから、逃げろ!!」
再びの警告。しかし、既に遅い。風が吹いた。そう思ったら、葛城の横で妖怪の骸を運んでいた男の首が落ちる。
「えっ?」
足元に落ちた仲間の首を見て、何があったのかと振り返る葛城の目に、白い狐の面が映り込む。
「し、識……!!」
これまでにないほど、識を近付けてしまった葛城は、恐怖のあまり思考が止まってしまう。その一瞬で、識は葛城を斬ることだってできた。しかし……。
「やらせるかよ!」
遅れて駆け付けた境が、識に斬りかかる。識はふわりと後ろに飛んで躱すと、ゆっくりと刀を構えた。そこで、誰もが識が現れたと理解し、あるものは林の中に、あるものは屋敷に、と散り散りになって逃げ出す。
「葛城、あんたは屋敷に! あいつを逃がすなよ!!」
境の声に、思考を取り戻す葛城。あいつとは誰だ、と迷ったが、すぐに杠葉のことだと理解して、屋敷の方へ駆けた。それを横目で見送った境は、識を睨み付ける。
「さて、そろそろお前とは決着を付けたいところだと思っていたんだ」
屋敷の中で、凪の神楽を舞う楓の気配を感じた。だとすれば、識を倒せる。境はそう信じて御神渡を構えるのだった。




