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柘榴と無為②

 屋敷の裏へ回る柘榴は、体の重みが増していくのを感じていた。だが、逆を言えば確実に巫女の居場所に近付いていることになる。柘榴は銀髪の巫女を引き裂く瞬間を想像して、自然と笑みをこぼした。



「男たちの後ろに隠れて、優雅に舞うだけの女が!」



 自分は識のために戦い続けてきた。女としても尽くしてきたつもりである。しかし、大事にされている実感はなかった。それが、急に現れた女に積み重ねてきたものが壊されようとしている。



「いや……違う。あの女のせいで、識さまは思い出しつつあるのだ。柊とかいう女のことを」



 柘榴は柊について、詳しいことは知らない。聞いたこともない。だが、彼が眠っている間、譫言(うわごと)のように、その名を呼んだところは何度も見たことがある。彼の記憶に深く刻まれた何か。自分と過ごすことで、それは薄れていくはずだと思っていたのに……。



「いつまでも消えない女の影。その上にあの女は座ろうとしている。許せるものか!」



 もし、柊という存在を取り込むように、あの女が識に近付いたとしたら。そう、柊と言う存在を消してしまうのではなく、取り込んだとしたら。自分のような女はすぐに捨てられてしまうのだろう。


 現に、この瞬間も識は自分より、あの女を守ろうとしている。いや、抱こうとしている。そんなことが許されるわけがなかった。



「ここか……」



 屋敷の裏は雨戸によって閉ざされていた。柘榴は慎重に戸を開け、気配を消しながら中へ侵入するつもりだったが……。



「ぐはあっ!!」



 雨戸に手をかけた途端、中から刃が飛び出し、柘榴の胸に突き刺さる。あと少し場所が違ったら、心臓が貫かれていたところだ。



「こそこそと!」



 雨戸に爪を突き刺す。裏にいる人間を仕留めるつもりだったが、手応えはなかった。同時に、胸に突き刺さった刀が引き抜かれて、敵が遠のく気配が。傷は深いが、妖怪である柘榴にとっては致命傷というほどではない。しかし、なぜ自分が裏から攻めてくると分かったのか。



「万象神覚……」



 信じられないが、そういった力で予測されていたとしか思えない。柘榴は雨戸を叩き破り、強引に中へ入ると、剣士が一人、待ち構えていた。先日、杠葉が(さら)われた際に対峙した男だろう。どうやら、この男が自分の胸を突いたようだが、それよりも……。



「見つけたぞ、銀髪の巫女!」



 男の後ろでは巫女が祓串を振りながら、凪の神楽を舞っている。その効果によって、確かに体は重いが、一人や二人を葬る程度なら十分に動けるはずだ。



「はっ!」



 剣士の男が、刀を振るった。柘榴は軽く身を反らして躱すと、長い爪を備える右手を突き出すが、剣士も経験があるらしい。柘榴の右手側に踏み込むように爪の一撃を躱すと、低い姿勢から刀を振り上げた。それは柘榴の脇腹を斬り裂くが、大した一撃ではない。柘榴は血をまき散らしながら、右腕を剣士の頭に叩きつける。



「ぐうっ!」



 妖怪の怪力で頭を叩かれ、かなりの衝撃を受けたのだろう。剣士は床に倒れ込む。



「腕はあるようだが、妖怪相手の戦いは未熟だったようだな」



 あの夜は引けを取った瞬間もあったが、戦い方によっては、柘榴の敵ではない。ただ、これ以上は邪魔にならないよう、始末する必要はある。爪の一突きで終わらせようと、手を引いた……そのときだった。



「はあっ!!」



 後方から激しい衝撃があり、今度は柘榴が床に倒れた。



「な、なにが……??」



 自分の身に何が起こったのか。背中に痛みを感じながら体を起こして振り返ると……もう一人の巫女が立っていた。



「ここは境に任されているんだから、好き勝手にさせないわよ!」



 その巫女は剣鍔を握り込み、かなりの強打を放ったらしい。骨に異常を感じた。さらに、強い嘔吐感があって血を吐き出し、何度か咳き込んだ後、顔を上げると銀髪の巫女がこちらを見ている。しかも、笑っていた。自分を嘲るように。



「この程度で……私を止められると思うな!」



 柘榴は立ち上がる。が、左右から剣士と巫女が襲い掛かってきた。一方は刀。もう一方は鉄の拳。だが、柘榴は重たい体に命令を出す。刀は爪を絡めて防ぎ、巫女の拳は左腕で顔面を守った。腕に強い衝撃。これも骨が折れたかもしれない。


 だが、巫女の判断は速かった。最初の一撃を防がれたと分かると、瞬時に左の拳を柘榴の腹部に向かって放ったのである。



「ごはっ!!」



 凄まじい一撃に吐血する柘榴だが、巫女の左腕を掴むと、離すまいと自分の方に引き寄せる。



「捕まえたぞ!」


 そして、巫女の肩に噛み付く。


「うあっ!!」



 牙が食い込む感触。だが、反対側の剣士が柘榴の爪を払ってから、次の一撃を放とうとした。柘榴は巫女の肩を食いちぎるように傷を広げた後、突き出された刀を躱して、距離を取る。上手く行った、と柘榴は笑みを零した。



「な、なにこれ……」



 巫女が呟き、膝を付く。肩に噛み付いたとき、毒を入れてやったのだ。柘榴が生成する毒は強いものではないが、人の行動を制限する程度の力はある。実際、巫女は顔を青くして、立ち上がろうとする力はないようだった。



「これ以上、やらせるか!」



 剣士の方が踏み込んでくる。状況が不利に傾きつつあることを察知し、勝負をかけてきたらしい。しかし、この男の弱点は分かっている。柘榴はあえて刀の一撃を体で受け止め、剣士の腕を掴んで動きを止める。動揺する剣士に頭突きを叩き込むと、さらに腕を手刀で叩いて、刀を手離させた。



「残念だったな」



 柘榴は腹に食い込んだ刀を抜くと、屋敷の外へ放り出し、剣士を蹴り飛ばす。残るは銀髪の巫女だけだった。



「少し手間取ったが……やっとお前を引き裂ける」



 妖怪らしい凶悪な笑みを見せる柘榴だが、銀髪の巫女は恐怖に震えるようではなかった。むしろ、笑っているように見える。



「何がおかしい?」


「私を殺したら、貴方は一番大切なものを失うよ。それでいいのかな?」


「自分は万象神覚を持っていると言いたいのか? ふざけるな、私の生き方をお前に決められてたまるか。楽に殺しはしない。笑っていられると思うなよ!」



 凄みを効かせる柘榴だが、巫女は笑みを絶やさない。



「恐怖しろ、と言っているのだ。まだ分からないのか?」


「私は怖くない。だって、守られているから」



 癪に障る言葉ばかり重ねる。だが、これだけではない。



「それに――」



 巫女は笑みを浮かべながらも、どこか同情するような色を見せて言うのだった。



「貴方は大切なものを既に一つ失っている。孤独に恐怖するのは、貴方の方だよ。可哀想だけどね」



 柘榴の表情が凍り付く。これがただの人間の言葉であれば、戯言(たわごと)として引き裂いてやるだけだ。しかし、相手は万象神覚。いや、万象神覚というものが本当に存在するなら、巫女の言うことに柘榴が心当たりがあった。そして、何者かが部屋に近付く足音が聞こえてくる。



「おお、無事だったか」



 あの討者の男が顔を出す。そして、その手には……切断された無為(むい)の首があった。

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