運試し
二人の距離が詰まる。境の御神渡は閃光となって、無為の首を狙った。が、無為の反応は速い。身を屈めて斬撃をやり過ごすと同時に、手の平を突き出すと、そこから皮膚を食い破って刃を伸ばした。
「その程度で不意を突けると思うな!」
境は首を傾けると、刃が頬をかすめるが、御神渡を無為の頭に落とす。しかし、無為は低い姿勢のまま横へ飛ぶように回り込むと、今度は膝を突き上げる。ただの膝蹴りではない。驚くべきことに、膝から刃が突き出たのである。
「くそったれが!」
境は後ろに飛んで刃を躱すが、同時に御神渡を振るって、無為の鼻先を斬った。
浅い。普通の人間が相手なら、呼吸に影響を及ぼす嫌な一撃だったが、妖怪の治癒能力は高いもの。既に治癒が進んでいるところを見ると、皮を斬ったのとほとんど変わらないだろう。無為は、警戒する境を笑う。
「さっきまでの勢いはどうした? それとも思い上がりだったと認めたか?」
「笑わせるな。体から刀を出し入れする程度で、よく得意げになれるな」
「実際、お前は俺が恐ろしいだろう?」
「もう一度言う。笑わせるな」
境は御神渡を構え直す。強気な台詞を言い放っていたものの、実際は慎重に無為を観察しなければならなかった。無為の刃は手の平と膝、それ以外にどこから飛び出すのだろうか。
自由に、体のどこからでも出せるのなら、少々厄介だ。さらに言えば、出せる刃が一本とは限らない。境は大きく息を吐いた。
「次は避けられると思うなよ……!」
無為は既に勝ちを確信したような笑みを浮かべて、一気に踏み込んでくる。右の回し蹴りを放ってくるが、同時に左手を境に向けてきた。蹴りは囮。本命は左手か、と後ろに飛んでやり過ごそうとする境だったが、無為の蹴り足から刃が飛び出す。
「ぐっ!!」
肩を裂かれ、思わず呻きながら、境がもう一度距離を取り直すと、無為は足の裏から飛び出た刃を納めながら、得意げな笑みを浮かべた。
「なかなか運の良いやつだな。だが、次も躱せるか?」
強い、と境は認めずにはいられなかった。いつどこから飛び出すか分からない刃。せめて、どこから出てくるのか、先読みできれば勝ち筋は見えてくるのだが……。境は楓の言葉を思い出す。
――私が万象神覚だと言うなら、境も同じだよ。
もし、自分が楓と同じように、万象神覚を持っているのなら、無為が次にどこから刃を出すのか、分かるはずだ。境は深呼吸を繰り返し、自らの感覚を研ぎ澄ます。目を閉じると、楓が凪の神楽を舞っていた。体の中に、何か見えない力が流れ込んできたような感覚に、境は再び目を開いた。
「こいよ、三下。今度は俺が、お前の運を試してやる」
無為はこれまで何度か御神楽衆と戦った経験があった。そのため、境を前にしても何一つ油断はない。自らの能力を駆使し、確実に仕留めることを考えている。これまでの攻防で見せた刃は、手の平、膝、足の裏。境の意識も、この辺りに向けられているだろう。
(だとしたら、次は十分に距離を詰めた上で、これまで使っていない箇所から刃を出すまで)
屋敷の中に、巫女が二人と手練れの剣士が一人。柘榴の見立てでは、大した実力ではないということだが、万が一もある。早めに駆け付け、柘榴を安心させてやりたかった。
「俺の運を試すだと? 強がるなよ、人間」
挑発するが、境は言葉を返してこなかった。変幻自在と言える無為の攻撃に臆して、声も出ないらしい。ならば、そのまま殺してやろう、と無為はゆっくりと距離を詰めた。
(やつの顔に向かって手を突き出す。が、これは囮。やつが躱したところに、腹から刃を出して一刺し。これで終わらせてやる)
十分に距離は詰まった。境から仕掛ける様子はない。
(であれば!)
無為は頭に描いた通り、右手を突き出した。境が躱したところに、合わせて腹から刃を放つ。そのつもりだったが……。
「なに!?」
境は無為の右手を避けなかった。避けるどころか、踏み止まり、刀を振り上げる。それは、無為の右手を二つに引き裂くのだった。
「おのれ!!」
腹から正面に向かって刃を突き出す。だが、境はその刃とすれ違うような形で踏み込むと、手にした刀の切っ先を、無為の腹に押し込むのだった。無為の狙いを先読みしていた。それは、運が良かった、では済ませられるものではない。
「まさか……本当に、万象神覚!?」
その呟きに、境は笑みを浮かべると、御神渡を捻って無為の腹を抉り、強引に引き裂く。その傷は決定的なもので、臓物が零れ落ちるほどの痛手を負わされていた。
「こ、この程度で……」
負けるわけにはいかなかったが、体に力が入らず、無為は膝をつく。ただ、無為は妖怪だ。少し時間があれば再び動けるはず。
「俺は……柘榴のところに向かわねばならんのだ。あの女を……俺は!!」
黒い血を吐きながら、冷たい瞳で歩み寄ってくる境を待つ。向こうは自分にとどめを刺すつもりだろう。
だが、その瞬間こそ、一瞬の隙を見せるはず。無為は呼吸を繰り返しながら、自らを見下ろす境を凝視した。やつが勝ちを確信して刀を振り上げたとき、口の中から刃を出し、心臓を一刺しする。これで逆転だ。
無為はその一瞬に賭けて、意識を集中する。そして、境が刀を振り上げ、その瞬間がきた。




