要撃
「妖怪だ! 本当に妖怪がきたぞー!!」
屋根の上に潜んでいた仲間の声を聞き、葛城は驚いたようだった。葛城は楓を見るが、柔らかい微笑みを返される。そこに神秘的なものを感じたのか、葛城は気圧されたように体をわずかにのけ反らせていた。
「これが万象神覚……。本当に存在しているとは思いもしませんでした」
「そんな大層なものではありませんよ」
楓は立ち上がると、帯を締め直し、背中に刺した祓串を手にした。
「では、私は舞います」
祓串を振ると、紙垂のこすれる音が。それを耳にした境は、どこか胸の中で炎が灯るような感覚を覚えた。
「じゃあ、俺は妖怪どもを斬る。紬!」
「なに??」
「お前はここで楓を守っていろ」
その指示に、眉を寄せる紬。
「そこは、一緒に凪の神楽を舞え、でしょ?? 私、巫女なんだけど」
「舞いは楓だけで十分だ。裏から敵が攻めてくることもあるだろうから、杠葉を奪われないよう気を付けろ」
「はいはい……」
紬は諦めたように溜め息を吐いたあと、目に力を込めながら立ち上がると、拳鍔を握り込んで、楓の前に立った。
「私がいる限り、楓さんの舞いが止むことはありません!」
「ああ、頼りにしているぞ」
境の笑みに紬は不本意ながらも、やる気が出たようである。次に、境は部屋の隅に控える古守を見ると、彼は一切を承知したといった様子で頷いた。
御神渡を握り、部屋を出ようとする境だが、最後に振り返って楓を見る。彼女は舞いながら微笑みを浮かべた。どんなを顔すべきか、境は分からぬまま、背を向けるのだった。
「さて、やるか!」
屋敷を出ると、迫る下級妖怪たちの姿が。狐のような姿を見るところ、野狐と言われる種類だろう。
「大した数じゃねえな」
境は地を蹴って、屋敷に一番近付いていた野狐を叩き斬る。力任せに見える一撃は、野狐を両断して、黒い血で庭を濡らした。
「次!」
すぐさま次の標的へ向かうと、今度は御神渡を横に振って、別の野狐の腹を裂く。境は倒れた野狐の首に御神渡を突き刺しつつ、左手で頭を首から引きちぎると、屋敷に向かって走る別の敵へ投げつける。かと思えば、反対方向を走る敵へ飛びかかる境。
「屋敷に入れると思うなよ!」
野狐の背後に迫ると、右足を切断する。さらに、野狐が倒れ込んだところを蹴り飛ばす。思考力の低い下級妖怪たちだが、圧倒的な境の力に怯んだようだった。
「どうした? 怖いなら逃げろよ。……逃がしはしないがな!」
楓の舞いも手伝ってか、下級妖怪たちは境に傷一つ付けることもない。まだ十ほど残っているが、境は一人で全員斬れるだろうと考えていた。
「識のやつ、いつ出てくるつもりだ?」
周囲を警戒する境。これで妖怪たちの襲撃が終わりとは考えられなかった。同時に、境は妙な感覚を覚える。敵が近付いている。そんな予感があったのだ。飛びかかってくる野狐たちを薙ぎ払いながら、境は背後に接近する本当の敵を察知する。
「なめるな!」
振り返りながら、御神渡による一閃を放つ。手応えはない。が、背後に迫っていた敵を後退させるに至った。
「勘のいいやつだ」
その妖怪は言う。
「まさか、貴様も万象神覚の持ち主ではあるまいな」
境は鼻で笑い、御神渡に付着する黒い血を払った。
「雑魚ばかりだと思ったが、少しは手応えのありそうなやつが出てきたじゃないか。お前も識の手下か?」
御神渡の切っ先を向けられた妖怪は、識の名前に不快感を現すように目を細めた。
「この俺を識なんかの手下と間違えるとは……何でも見通すと言う万象神覚ではなさそうだ」
「じゃあ、何者だ? どうせすぐ忘れるだろうが、名前を聞いてやってもいいぞ」
妖怪は不敵な笑みを浮かべる。
「俺は無為。貴様は御神楽衆の討者だろう」
「ああ、そうだ。名前は覚えなくていいぞ。今から死ぬ野郎に、名乗るほど無駄なこともないからな」
「人間が……思い上がるなよ!」
境はこれ以上、会話の必要はないと、御神渡を構える。
「俺が思い上がっているのか、お前が取るに足らない三下なのか。すぐ分からせてやる」
「面白い。貴様の首を柘榴に献上してやるとするか」
二人は同時に地を蹴った。




