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柘榴と無為①

 葛城の屋敷から少し離れた藪の中に、柘榴(ざくろ)が潜んでいた。



「なるほど、酒屋の葛城が旗振りだったか」



 隣の無為(むい)が笑みを浮かべながら頷く。



(ほのか)さまに報せて、自分の手柄にするつもりか?」



 柘榴の鋭い視線に、無為は肩をすくめる。



「馬鹿を言うな。俺は仄さまの褒美より、お前の心を欲する男だぞ? 今更そんな裏切りをするか」


「……信じるぞ」


「ああ」



 無為の笑顔に、柘榴は安心を覚えつつある。自分の愛を受けるため、ただ寄り添うように横へ立ってくれる無為に、柘榴は信頼を抱き始めていたのだ。



「識はまだ動かんのか?」


「ああ。杠葉の感謝を得るためにも、しばらく時間を置いて焦らすつもりらしい」


「ふむ……。それにしても、識は杠葉に近付いて、何をするつもりなのだ?」


「それは……」



 柘榴は考える。識は玄天狐党(げんてんことう)の中で、地位を得たいと言っていた。いつか大妖怪として名を馳せるため、と。


 しかし、本当にそれだけだろうか、と柘榴は疑いつつある。あの識が地位と名誉のために、これだけ策を巡らして、月蝕の三姉妹に近付くだろうか。思い悩むように目を伏せる柘榴に、無為は言った。



「余計なことを言った」



 そして、優しく頬を撫でる。



「今は巫女殺しに集中しよう。思い悩むのは、そのあとだ」


「き、気安く触るな」



 無為の手を払う。が、無為の笑顔は優しく、頬に残った温もりも嫌なものではなかった。そんな無為が屋敷の方に目を向ける。



「では、行くぞ!」


「ああ!」



 柘榴と無為が立ち上がると、後ろに控えていた下級妖怪たちも立ち上がる。彼らは無為が使役する野狐と呼ばれる妖怪で、玄天狐党に属するなかでも、多くを占めている存在だ。


 そんな野狐たちが葛城の屋敷を囲うように動き出す。数は三十ほどだろう。葛城たちは、屋敷が狙われているなど知る由もない。巫女殺しは成功したも同然だと柘榴は思っていた。



「妖怪だ! 本当に妖怪がきたぞー!!」



 しかし、屋敷から聞こえる人間の声は、柘榴たちの襲撃を察知しているようだった。屋敷から矢の雨が振り、野狐たちが倒れていく。



「な、なぜ……!!」



 柘榴は驚愕しつつ、識と巫女の会話を思い出した。



「これが万象神覚ということなのか!!」



 忌々しい巫女の顔を浮かべながら吐き捨てると、横の無為も神妙な面持ちで言った。



「万象神覚だって? 人間どもの中で流行っている戯言ではなかったのか?」



 柘榴もそう思っていた。戦や妖怪たちの暗い影に怯える人間たちが、自らこそ全能の生物と錯覚するために広まった噂話。


 しかし、こうして先回りされたことを思うと、あの巫女がそれであると認めなければならなかった。だからこそ、識もあの巫女にこだわる。そう思うと、怒りが沸き立つ。



「絶対に……殺す!」



 屋敷の方へ向かおうとする柘榴だったが、体が異様に重たかった。



「凪の神楽……!!」



 これだけの重さは、あの巫女の仕業に違いない。恐らくは屋敷の奥で舞っているのだろう。距離があるため、先日に比べれば体は動くが、近付けば効果はさらに強くなる。こんな体で、境とかいう討者(うちもの)とやり合えるだろうか。



「柘榴、お前は屋敷の裏に回って、巫女だけを狙え」



 無為の手が肩に置かれる。それだけで、少しだけ落ち着きを取り戻せた。



「お前は?」


「討者がいるのだろう? それは俺が引き付けるから、お前は好きなようにやれ」


「……無為。あの巫女を殺したら、改めて礼を言わせろ」



 不利な状況である。どちらかが命を落としてもおかしくはないが、だからこそ、柘榴は無為に約束したかった。そんな緊張感があっても、無為はいつものように笑った。



「抱かせてくれれば、それでいい」


「調子に乗るな」



 そう言って無為の胸を叩く柘榴だが、いつもと違って嫌悪感はない。ただ拳から感じた無為の胸の厚さに頬を赤らめるのであった。



「では、正面は俺に任せろ。討者を殺したら、俺も屋敷の奥へ行く」


「分かった。頼んだぞ」



 二人は別れる。柘榴は屋敷の横へ回りながら、正面で野狐たちを相手にする討者の姿を見た。確か境と言ったが……。柘榴は不安を押し込み、巫女の姿を探した。

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