失われた夢
境から拷問の成果を聞いた葛城は腕を組んで息を吐いた。
「困りましたね。せっかく杠葉を捕らえたというのに、何も聞き出せないとは」
「もう少し痛めつければ、何か出てくるかもしれない。気長にやろうぜ」
関心があるとは思えない境の表情に、葛城はただ苦笑いを浮かべる。そこから、葛城たちは話し合いを続けるが、やはり結論は出なかった。
「あの、いいですか?」
そんな中、紬が手を挙げた。
「尋問は厳しく当たった後は、甘く接してやるのが常套手段です。次は私が杠葉から話を聞いてもよろしいでしょうか?」
悪くない提案だったが、誰もが葛城の顔色を窺うように彼を見た。
「……分かりました。ただ、お願いがあります。貴方一人で接するのは危険だ。誰かを近くに控えさせた方がいい」
「なぜですか?」
「杠葉は女を惑わす性質があります。月蝕の三姉妹から、そういった妖術を授けられたと噂があるほどですから」
理由を聞いた紬は、むしろ自信を覗かせた。
「それなら安心してください。私も御神楽衆なので、その辺りの修行も積んでいます。もちろん、境を傍に置いておくので」
「分かりました」
しばらく時間を置いてから、紬は杠葉がいる座敷牢を訪れる。付き添う境は気配を完全に消して、沈黙を決め込むようだった。
「杠葉さん、食事を持ってきました。私が食べさせますので、口を開けられますか?」
「むっ、先程の女子か?」
「口、開けられます?」
素直に口を開く杠葉。食べさせながら、なかなか度胸のある男だ、と紬は思う。十分に咀嚼し、飲み込んだかと思うと、杠葉は声の調子を変えた。
「貴方のお顔が見たい。どうか目隠しを取ってくれないか」
「良いですけど、邪視で惑わすつもりですか? 私には効きませんからね」
図星だったのか、杠葉は言葉を詰まらせた後、食事を運べと口を開くのだった。
「本当に何も知らないんですか? 次はもっと酷い目に遭わされますよ?」
「もし、何か知っていても、とても喋ることはできませんよ。仄さまに殺される」
「しかし、御神楽衆は必ず貴方を守ります。であれば、話してもらっても……」
杠葉は答えることなく、ただ食事を口に運んでやる時間が続いた。そんな彼を観察し、紬は思う。これは、ただ黙っているだけではない。彼なりに、仄という妖怪を守る理由があるのではないか、と。
「もしかして、仄という妖怪を愛しているのですか?」
「まさか! あんな恐ろしい妖怪を……!!」
反射的に言葉を返し、身震いする杠葉。かなり仄を恐れているらしい。
「では、どうして? 我々に協力してくれた方が、貴方にとっても利があるはずですが」
「…………」
「聞かせてください。誰にも言いませんから」
まるで、優しい姉のような紬の声に、杠葉も揺らぐものがあったのか、少し考えたようだった。
「私は……三味線を弾きたいだけなんです」
「三味線を?」
どうやら、かなり心が弱っているらしい。杠葉は本音らしいことを話し始めた。
「私は若いころから三味線に打ち込んでいました。何をやっても興味を持てない私が、唯一寝食の時間すら忘れて没頭できたもの。それが三味線でした。しかし、誰も耳を傾けてはくれず、明日の飯すらままならない生活をずっと続けていたのです」
なるほど、女を惑わす美貌を持つ杠葉も、実力がものを言う世界では、満足に食べていけなかったらしい。紬は黙って続きを促す。
「私の心は打ち砕かれた。私が思う美しい音は、誰にも認めてもらえないのだと思うと、私という存在を否定されている気がして……。命を絶つことすら考えたが……あの三姉妹に出会ったのです」
この男の核心に触れている。紬はそう思いながら、耳を傾けた。
「やつらに授かった妖術を使えば、誰もが私の三味線を夢中に聞いた。幸せだった。ずっと願っていたことが叶ったのだから」
「しかし、それは……」
本当の意味で、三味線を聞いてもらったと言えるのだろうか。そんな紬の質問を杠葉は遮る。
「良いのだ。例え、かりそめであっても、私の三味線を女たちが聞いてくれる。それだけで、私は幸せなのだよ」
紬はかける言葉が見つからず、ただ食事を杠葉の口に運び続けた。与え終わり、紬は腰を上げるが、もう一度だけ杠葉に提案してみる。
「杠葉さんの気持ちは分かりました。でも……妖術を使って人を従わせるだけでは、いつか虚しさが訪れると思います。その前に……やり直してはいかがでしょうか? 私もできる限りのことは、手伝わせてもらいますから」
彼を人として立ち直させるために、最も真っ当と言える方法だ、と紬は思った。しかし、杠葉の返事は早い。
「嫌だ」
短いが、強い意志が感じられた。
「あの頃には戻りたくない。私は仄さまに飼われて、村の男たちに恨まれても、三味線を弾いて生きていられるのなら……それで良いのだ」
それから、杠葉から情報を引き出せないまま日が経ち、葛城の屋敷に妖怪たちが攻めてくるのだった。




