復讐を目論む妖怪
識は、小高い山から樒ヶ里村を一人見下ろしていたが、背中に近付く気配を察知し、ゆっくりと面を持ち上げて顔を覆った。
「柘榴か」
「はい」
狐を模した白い面で隠された顔をわずかに背後へ向けると、そこには質素な着物に身を包んだ女、柘榴の姿があった。彼女は妖怪独自の赤い瞳を伏せながら、膝をついて識に報告する。
「例の屋敷を見張っていた禍猿が斬られました。しかも、一撃で」
「……ふむ。御神楽衆が到着したか」
識は腰に下げた刀の柄に手を置く。
「予定通りだ。今夜、屋敷を襲うぞ」
柘榴が頷くと、識は振り返って、山を降り始める。樒ヶ里村へ向かうが、途中で後ろに付き従う柘榴が言った。
「御神楽衆の他にも、村に入ってきたものがいます」
「人の出入りくらいあるだろう。何を気にする?」
「それが、珍しい乗り物だったもので。馬に車を引かせていました」
「馬車か。都の貴人がこんな村にやってきたのだろうか」
「いえ、恐らくは巫女です。そんな匂いでした」
識たち妖怪の天敵と言える御神楽衆は、基本的に巫女と討者の二人組で動く。御神楽衆がきたのであれば、巫女がいるのは不自然ではないのだが、柘榴がわざわざ報告してくる、ということは……。
「御神楽衆ではない、ということか?」
「分かりません。葛城が呼び寄せたと思われる御神楽衆の二人は屋敷に入りましたが、その巫女は乗り物から出てきていません」
「見ておくか」
山を少し下ると、例の屋敷が見えてきた。まだ距離はあるが、屋敷の周辺を見下ろすには十分だ。
「あれです」
柘榴が言う通り、派手な装飾が施された馬車が止まっている。刀を下げた護衛らしき男も控えているところを見ると、やはり貴人のものと思われたが……。
「……なんだ?」
識は目を凝らす。馬車の小窓は御簾で覆われ、中の人物は見えないが、識は視線を感じた。
「見られている」
その呟きに、柘榴も馬車を凝視するが、やはり人が顔を出した様子はない。識は言う。
「妙な感じがするな。厄介ごとの種にならねばいいが」
「襲撃は後日にしますか?」
「いや、機会を逃しては面白くない。予定通り、今夜だ」
「承知しました。では、準備を進めておきます」
柘榴の姿は既にない。日が暮れ始め、自分も動かなければならない、と狐の面を取る識だったが、それと同時に例の馬車に動きがあった。
「やはり、巫女か」
女が顔を出している。何かを探すように、左右に視線を動かしていた。
「……柊?」
識は女の顔を見て呟く。かつて、自分の傍にいた女の名前を。
「いや、そんなわけがない」
女は既に死んでいるのだから。だが、よく似ていた。その顔立ちをよく見れば、別人であることは間違いない。何よりも、馬車の女は人間とは思えない銀髪をなびかせている。識の記憶にある女は、葦原神國の民らしい、黒い髪を揺らしていたのだから。
(それなのに……似ている)
同じ巫女だから。いや、そんな簡単に説明できない何かが、二人の女を一致させていた。すると、馬車の女がこちらに振り向く。目が合った。
(見えているのか? 人の視力では見えない距離だと思うが……)
しかし、女は確かにこちらを見ている。識は思わず仮面で表情を覆いながら、木の後ろに隠れた。
(なんだあの女は……)
木に隠れても、女の視線に貫かれるような感覚が抜けない。御神楽衆の巫女であれば、何か異質な術を使って、こちらを見ようとしている恐れはある。だが、危険を冒してでも、一度女の姿を見たくて仕方がなかった。
(まさか、人の女に魅了されているのか。私が……?)
そんなわけがない。もう二度と惑わされることはないはずだが……。
(消えた?)
木の影から顔を出してみたが、識が身を隠している間に走り去ったらしく、馬車は消えていた。予定している夜の襲撃……いや、今後の障害にならなければ良いのだが……。
そう思いながらも、識の頭の中から女の視線が消えなかった。




