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紬の特技

 月光を反射して輝く女妖怪の爪が、楓に向かって振り下ろされた。悲鳴を上げる楓。だが、彼女の血は一滴たりとも流れることはなかった。



「あ、ありがとう」


「良いから、離れてください!」



 紬が彼女を突き飛ばし、死の切っ先から守ったのである。ここで、やっと古守が立ち上がるが、まだ痛みに表情は引きつり、あの鋭利な爪を弾いて、楓を守れる状態ではなさそうだ。



「もおぉぉぉ!! 私は巫女なんだからね!!」



 急に叫ぶ紬。一瞬だけ、そちらに意識を向ける女妖怪だったが、古守の方へ距離を詰めた。動きの鈍い古守の刀を払い、肘を打ち込んで彼を退けると、再び楓に向かって爪を振り上げる。しかし……。



「こんにゃろおぉぉぉーーー!!」



 紬の気合いの叫びが広がった直後、女妖怪が吹き飛ぶ。凄まじい衝撃に、女妖怪は地に体を打ち付け、何があったのかと混乱しながら、それを見上げた。



「巫女だと思って、なめんなよ!!」



 そう叫ぶのは、もちろん紬である。そう、彼女は巫女でありながら、妖怪を殴り飛ばしたのだ。



「な、なぜ巫女が……」



 驚く女妖怪に、紬はむしゃくしゃした様子で怒鳴りつける。



「知らないわよ! 昔から、凪の神楽よりこっちの方が得意なんだから!!」



 紬は苛立ちながら、拳に鉄の塊を握り込む。どうやら、拳鍔と言われる拳を鉄で覆って、打撃力を増加させる武器のようだ。ただ、女妖怪は不意を突かれたものの、紬を脅威と感じたわけではないらしい。まずは紬の排除に専念しようと決めたようだった。



「これ以上はやらせん!」



 しかし、そんな女妖怪を襲う刀の一撃。完全に呼吸を取り戻した古守によるものだ。それでも、女妖怪は戦い続けるつもりのようだが……。



「しまった!!」



 彼女は気付いた。夜風と共に流れる紙垂の音に、自らの動きが鈍り始めていることを。



「おのれ……」



 怒りを吐き捨てる女妖怪の視線の先には、凪の神楽を舞う楓の姿が。彼女が舞えば舞うほど、女妖怪は体が岩のように重くなるらしかった。



「消え去れ!」



 古守の刀が女妖怪を追いつめる。どうやら、彼女は古守の剣を捌くだけで精一杯のようだ。それを見た紬は気付く。



「……今なら!」



 彼女は走り出すと、林の中で蹲ったままの杠葉の方へ駆け出した。



「な、何を!!」



 急に接近してきた紬に驚きを見せる杠葉。だが、紬は杠葉の腹を容赦なく殴りつけた。



「ぐうっ!!」



 呻きながら丸まった杠葉を紬は担ぎ上げる。



「境! 目的は果たした! 退こう!」



 しかし、識がそうはさせてくれなかった。刀を振るって境を退かせると、紬の方へ駆け出す。



「ど、どうして!?」



 紬は動揺する。楓による凪の神楽は、女妖怪の動きを完全に鈍らせた。効果は絶大であるはずが、識は自由に動いてみせるのだ。



「だとしても、簡単にやらせねえよ!」



 境は識の背中を捉える。楓の舞いが効いていないわけではない。わずかだが、識の動きは悪くなっているのだ。距離を詰め。境の御神渡が識を斬り裂いたと思われた。が、彼は寸前で振り返りつつ、境の斬撃を打ち払うのだった。



「紬! 楓たちと先に行け!」



 境の指示に頷いた紬は、楓たちを連れて、森の向こうへ走り去る。仲間を追わせまい、と識を威嚇するように睨み付ける境。死ぬ気で時間を稼ぐつもりだが、識も女妖怪も戦意らしいものを見せようとしない。


 だとしたら、と境は慎重に下がりながら、やがて背を向けて走るのだった。仲間たちに追いつくと、紬が真っ先に駆け寄ってきた。



「よかった。境、大丈夫??」


「ああ、何ともない。向こうも追ってくる様子はなかった」


「杠葉を奪われているのに?」



 境は振り返って、先程の戦いが行われた方向を見る。やはり、識が追ってくる様子はないが、どこか嫌な予感があった。



「あいつは妙だ。楓があれだけ近くで凪の神楽を舞っていても、当たり前のように動いていた」



 凪の神楽は距離が近ければ近いほど動きが鈍る。実際、女妖怪は距離が近かったため、かなり負担を感じていたようなのだが。



「また、戦うことになるよね……」


「だろうな。楓は無事か?」



 付き合いの長い自分よりも、楓を心配する境に、紬は頬を引きつらせる。だが、境は楓の方へ行ってしまった。



「怖くなかったか?」



 境の質問に楓は微笑んだ。



「平気だったよー」



 楓は自然な笑顔を見せるが、紬は心の中で首を傾げる。ずっと巫女として戦ってきた紬ですら、識が目の前に現れたときは、震えるほど恐ろしかった。都で楽に生きていていただろう楓は、本当に恐ろしくなかったのだろうか、と。

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