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闇夜の襲撃

 駆け出す境を前に、杠葉が叫んだ。



亜造(あぞう)無頼(ぶらい)! 曲者だ!」



 先程まで杠葉が従えていた二人の妖怪が、異常を察して振り返る。が、少しばかり遅かった。境はあらかじめ、杠葉ではなく、護衛の妖怪たちに向かって駆けていたのである。



「悪いな!」



 境は御神渡を鞘から抜きつつ、そのまま妖怪を斬りつける。急に現れた境に、驚きの表情を浮かべる妖怪たちだが、一方の肩口に御神渡が吸い込まれ、滑らかに肉を裂いて反対側の横腹まで一息に抜ける。黒い血がまき散らしながら、再び月光を浴びる御神渡りは、その切れ味を主張するように輝いた。



「無頼!!」



 相棒が一瞬で躯となり、声を上げる妖怪……亜造は境を睨み付けつつ、距離を取り、その肉体を変化させた。顔の中心が突き出し、獣の口吻が現れたかと思うと、狐のような金色の毛に覆われる。筋肉も異様な隆起を見せ、境よりも一回り大きくなったように見えた。どうやら、玄天狐党に古くから属している妖怪らしい。



「人間、よくも無頼を!」


「安心しろ。すぐにあの世で一緒に仕事できるぜ」



 どっちが妖怪なのか。そう問いたくなるほど、凶暴な笑みを見せる境に、思わず亜造は一歩下がった。が、その瞬間に境が踏み込み、横一文字の閃光が煌めく。



「ぎゃあああ!!」


「おっと、悪かったな。すぐ、と言ったが嘘になっちまったみたいだ。今度こそ、すぐ殺してやる」



 腹を裂かれた亜造は膝を付き、血に塗れた笑みを見せる境を見上げた。境がさらなる一撃のため、御神渡の切っ先を夜空へ掲げるが……後方から悲鳴が。



「紬!?」



 振り返ると、紬たちの前に新たな影が。狐の面をかぶった男。識だった。



「楓さまに近付くな!」



 突如現れた識に刀を振るったのは、楓の横に控えていた古守であった。しかし、識はわずかに身を退いて古守の一撃を躱すと、軽く爪先を突き出す、まるで、小石を蹴り飛ばすような動作だったが、それは的確に古守の鳩尾に突き刺さり、彼は呻きながら膝をついてしまった。



「識、てめえ!!」



 境は叫ぶ。が、識は二人の巫女の間でゆっくりと刀を抜くと、視線を楓の方に。



「ちくしょう!」



 境は加速するが、いかんせん距離がある。識の実力であれば、境が戻る前に楓を斬ることは容易いはず。いや、楓と紬を斬っても時間が余るだろう。



「こっちを向け、識!!」



 一縷の望みにかけ、境は叫ぶ。少しでも自分に意識を向けさせれば、時間を稼げるかもしれない。その間に、境は距離を詰めるつもりだったが、識は刀を手にしたまま、楓を見つめるばかりだ。


 駄目なのか。境が一瞬先に訪れるだろう心の痛みに、ぐっと歯を食いしばったが……境がこちらを見ると、ドンッと地を蹴って向かってきた。



「くそったれが!!」



 御神渡と識の刀がぶつかり合い、甲高い音が響く。



「よくやったぞ、識!」



 背後で細い男の声が。どうやら杠葉が自分の無事を喜び、つい叫んだようだ。



「私が去るまで時間を稼ぐのだぞ!」


「行かせるかよ!」



 境は刀を合わせながらも、何とか肩をぶつけて識を退かせると同時に、懐から鉛玉を取り出す。手の中に収まる程度の大きさの鉛玉。それを杠葉に向かって投げると、見事に彼の背を捉えた。



「ひいぃぃぃっ!」



 ガツンッと鈍い音の後、杠葉が(うずくま)る。だが、その隙に識が刀を振るった。喉を狙うような銀の煌めきが、境の目の前を過ぎ去る。



「なめるな!」



 境は反撃に御神渡の切っ先を突き出す。識を貫こうと連続で突きを放つが、一度目は払われ、二度目は躱され、三度目は叩き落された。それでも一歩踏み込みながら、胴を狙って御神渡を横に振るが、手応えはない。



「なに!?」



 識は跳躍し、御神渡の一撃を飛び越えると、空中から蹴りを放ってきた。身を低くして躱す境は、着地する識の足を狙って再び御神渡を振る。だが、鋼がぶつかり合う音が響くだけで、それは届かなかった。



「境、もう一人くるよ! 敵がくる!」



 楓の声。振り向く余裕はないが、識の動きが鈍ったような気がした。そして、彼は聞こえるか聞こえないかという程度の声で呟く。



柘榴(ざくろ)め……」



 何があったのか、と楓たちの方を見ると、女の姿をした妖怪が。そして、右手に異常なほど長い爪を光らせているではないか。せっかく識をこちらに引き付けたというのに。古守は立ち上がろうとするが、まだ頼れそうにない。境は仕方なく叫んだ。



「紬! 楓を守れ!!」



 それを聞いた紬が不満げに叫び返す。



「守れって……私、巫女なんですけど!!」



 巫女はあくまで舞いを踊るもの。そんな彼女らを守る存在が討者(うちもの)なのだ。もちろん、紬の不満はそれだけではないのだが、爪を振り上げる女妖怪を前に、紬の選択肢は限られてしまうのだった。

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