追跡
その日も、いつもの夜と変わらないと思われた。しかし、夜の闇が一層に深くなった時刻に、葛城の屋敷を訪れるものがある。
「葛城さん!」
戸が強く叩かれ、葛城が顔を出すと、取次役の男が息を切らして待っていた。
「動きがあったか?」
「ああ。相馬さんが急ぐように、って!!」
「分かった。境殿、紬殿!」
ついにきた出番に境は獣を思わせる笑みを浮かべて屋敷を出る。
「やっと妖怪どもをぶった斬れるのか。どこだ? 早く案内しろ!」
「境、斬り込みに行くわけじゃないんだよ。敵の居場所を突き止めるだけなんだから、落ち着いて」
準備はできているようだ。葛城は二人に頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします」
「任せてください!」
握った両方の拳を見せて、やる気を訴える紬だったが……。
「私たちも行きます」
その声を聞いて、紬は熱が冷めるような思いを抱きながら振り返った。
「楓さん……」
楓とその後ろに控える古守の姿が。紬は手を振って、二人の同行を拒否しようとした。
「駄目です。楓さんは貴人に保護された巫女なんですから、御神楽衆の仕事を手伝わせるなんて」
「手伝うつもりはないから大丈夫だよー」
呑気な答えに、紬は思わず不快感を顔に出してしまう。
「だったら、邪魔です。ここで大人しくしていてください!」
「邪魔にならないよう気を付けるからさ。お願いだよ、一緒に行かせてくれないかなー?」
この女に何を言っても駄目だ、と紬は背後で黙っている古守の方を見た。
「古守さん、いいんですか??」
「私は、諦めていますので」
「えええ……」
言葉を失う紬だったが、そこに追い打ちがあった。
「紬、時間がないんだ。邪魔しないと言っているんだから勝手にさせればいいだろう」
境が面倒だと言わんばかりに、二人の同行を許したのである。確かに時間はなく、ここで言い争っている場合ではない。だが、それだけではない、と紬は思った。境は楓を連れて行きたいのだ、と。
「決まったのなら早く。こっちです!」
取次役に急かされ、紬は押し黙るしかなかった。結局、四人で取次役の後を追うことになる。紬は拗ねて口を利かないが、境は機嫌を取るつもりはないらしく、ただ取次役の男に聞く。
「相馬って男は?」
「相馬さんは杠葉の屋敷から出れないから来ないよ。俺たちがちゃんと杠葉のいるところに届けるから安心してくれ」
「俺たち?」
どこに向かうか分からない杠葉のもとに境たちを案内することは困難だ。そのため、複数の取次役が引き継ぎながら、境たちを杠葉の居場所へ送り届けるらしい。
「後は任せたぞ」
取次役が交代する。話によると、杠葉の屋敷から少し離れた林の中らしい。もう一度、取次役を交代したところで、ついに杠葉を尾行する男に追いついた。
「あそこだ」
「よくやった。後は俺たちに任せろ」
境は灯りを持って林の奥へ進む男の背中を確認し、取次役たちを帰らせる。
「なかなかの色男みたいだねー」
杠葉を見た楓が呟くと、境が振り返って彼女を見る。目を合わせ、何やら不満そうな境の背中を紬が小突いた。
「余所見しない!」
そこから、息を潜めて追跡を続けたが、間もなくして杠葉から護衛の妖怪たちが離れた。一人で森の中を進むと思われたが、彼の前に人影が現れる。布で両目を覆った小柄な老人であった。
「妖怪、だな……」
境の呟きに、紬は頷く。
「もしかしたら、杠葉も直前まで仄の居場所を知らされていないのかもね」
護衛も退かせた後で、仄の居場所に誘導するのだろう。そんな強い緊張感の中、小声で何やら話し合う杠葉と目隠しの妖怪を見張るが……。
「変な感じがする」
楓が呟く。吐き気を覚えたように口元を抑え、顔色も悪いようだ。
「大丈夫ですか??」
心配した紬が彼女の背に手を置くが、楓は体に雷が走ったかのように震えた。
「視られている。あの妖怪、こっちを視ている!」
紬は杠葉と妖怪の方を見る。どうやら、目隠しの妖怪がこちらを見ているようだ。目隠しのため、こちらを見えるわけがないが、見えているらしい。
「千里眼持ちか!」
境が忌々しげに呟くと同時に身を隠していた林から飛び出し、一気に杠葉たちの方へ駆ける。
「境、どうするつもり!?」
「やつらに見つかった! 予定を変更して、ここで杠葉を捕らえるぞ!!」
千里眼は目を閉じていたとしても、はるか遠くに離れたモノが見える。あの目隠しの妖怪は、杠葉の後を付けるモノがいないか、千里眼で確認していたようだ。護衛を呼び戻される前に、杠葉を捕らえるしかない。それが境の判断だった。




