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境と楓②

「貴人に保護されているとは聞いていたが……」



 その経緯を聞いて境は、気を落とす。楓と貴人がどういった関係か、正確に把握したわけではないが、他の男に囲われていると思うと、静かな嫉妬心が揺らぐのだ。ただ、なぜ出会ったばかりの女に、ここまで惹かれているのか、自分でも理解できない。



「がっかりした?」


「うん」


「えー?? はっきり言うんだねぇ」



 楓は笑顔を見せるものの、少なからず消沈したようだ。男に飼われる汚れた女。そう認識されたと思ったに違いない。ただ、境は拗ねた子供のように言う。



「できるなら、俺の女にしたかった」


「……ふーん、本当に素直なんだねぇ」



 これには楓も不意を突かれたようだ。どこか、気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。



「でも、境は紬ちゃんがいるでしょう?」



 紬の名を出すと、今度は境があからさまに顔を歪めた。飯の中に虫でも混じっていたような表情である。



「あいつは、そういうのじゃない」


「へぇ。じゃあ、どういうの? ううん。どうして、境が御神楽衆に入ったのか。そこから教えてよ」



 境は拗ねたように目を反らすが、どこかで観念しているのか、その過去を語り始める。



「俺も似たようなもんだ。親の顔は知らない。気付いたときから、妹の手を引いて荒野をさ迷っていた」



 親は彼らを捨てたのか。それとも盗賊に殺されたのか。自分の生まれについて境は何も知らなかった。



「恵んでもらったり、盗みを働いたり、何とか生き延びていたけど、子ども二人じゃあ、どうにもならない。三日三晩食べない日が続いて、行き場もなくて倒れていたら、妖怪に目を付けられたんだ」



 三十年前の乱から、葦原神國(あしはらのみくに)は非常に貧しくなった。行き場を失った子供が妖怪に食われてしまうことも珍しくないほどに。



「この世は、何一つ救いはない。必死に生きようとした結末が、これなのかって……絶望したよ」


「でも生き延びた?」


「そう、師匠に助けられたんだ。で、その人が御神楽衆だったから、そのまま拾われて、討者(うちもの)として鍛えられた。紬も似たようなものだ。俺と同時期に拾われたから、何かと一緒に働くようになり、気付いた組まされていた」


「なるほどねぇ。でも、群れに馴染めない獣みたいな境が、どうして御神楽衆で人と一緒に暮らして行こうと思えたのかな?」


「誰が獣だ……」



 眉間にシワを寄せる境だが、楓はすぐに理解したようだ。



「あー、妹さんかぁ」


「そうだ。妹……(たまき)を食べさせることはもちろんだが、金を貯めて、明倫院(めいりいん)に入れてやるつもりだったんだ」


「へえぇぇぇ! 立派だね、明倫院なんて」



 明倫院は、葦原神國(あしはらのみくに)で最も格式の高い学びの場である。しかし、その学費は高く、貴族や武士の子でもなければ、とても登院できるものではない。



「ああ、あいつは頭がいいからな。明倫院で勉強させて、(まつりごと)に関わる仕事に就けば、一生食うことに困ることもない。ちょうど今回の依頼をきっちりこなせば、登院させるだけの金は出せる。だから……」



 拳を握る境の頭には、狐の仮面を被る妖怪の姿が。やつがいなければ、確実に金が入るはずなのだが……。



「それは勝たないといけないね」


「でも、あんたがいたら勝てる。そんな気がする」


「どうだろうねぇ。あの識って妖怪は……本当に強そうだったから」



 楓はゆっくりと腰を上げると、座ったままの境に微笑みを向けた。



「私に何ができるか分からないけど……境が勝てるよう凪の神楽を舞うよ」


「……ああ、頼む」



 境はもっと楓を知りたかった。いや、もう少しこうして話していたかったのだが、彼女は屋敷の方へ歩き出してしまう。もう行くのか、と境が引き止めようとしたとき、彼を呼ぶ声があった。



「境!」



 紬であった。



「何していたの? 残ったお米で、おにぎり拵えてくれるって葛城さんが言っていたよ」


「いらねえよ」



 いつも腹を空かしている境が、飯の話を突っぱねる。不審に思った紬は辺りを見回し、屋敷の中へ消えていく楓の背を見つけたようだった。



「あっそ! じゃあ、境の分はいらないって葛城さんに言っちゃうから!」


「あ、いや……ちょっと待て!」



 急ぎ足で屋敷の中へ戻ってしまう紬を引き止めるが、境は夜食にありつくことはできなかった。ただ、境は満足している。楓と話せたのだから。



 そして、翌日。ついに相馬から報せがあるのだった。

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