境と楓①
相馬が葛城の屋敷を訪れてから、数日が経過していた。長閑な村の景色を眺めながら、境は呟く。
「しかし、静かなものだなぁ……」
あれから、相馬の報せはなく、境はただ村を見回るだけの日々を過ごしている。目立たれては困る、と葛城に言われているため、昼間は屋敷から出られず、夜になって妖怪が現れていないか見回るが、何事も起こらないようだった。
「今日も異常なし、と」
夜の見回りを終えて屋敷に戻る境だったが、紙垂がこすれる音が聞こえた。すると、庭の前で凪の神楽を舞う楓を見つける。御神楽衆の境にとって、凪の神楽など珍しいものではない。しかし、楓の舞いに関しては、時を忘れてただ眺め続けてしまうのだった。
「おかえりなさーい」
舞いを止めた楓が振り返る。邪魔にならないよう、闇に紛れて見守っていたつもりが、気付いていたらしい。
「こっちきて、一緒に座ろうよ」
縁側に腰を下ろした楓が、隣を二度叩く。なぜ、自分はこの女を恐れているのだろう、と。初めて妖怪と戦ったときより、楓の隣に座ることの方が、妙な緊張感があったのだ。
「境は仕事熱心だねぇ。毎日見回っているんでしょう?」
「暇なんだ。体を動かしていないと……落ち着かない」
「なるほどねー。私はのんびりしたい方だから、境みたいな人は偉いと思っちゃうけど」
「でも、先程は鍛錬として舞っていたのではないか?」
楓は首を横に振る。
「別にそういうのじゃないよー。何となく、舞えば境に会えるかも、って思っただけ」
意外な答えに言葉を失う境。彼の戸惑う顔を見て、楓は笑うのだった。悔しいが、怒りとは違う感情に境はより混乱してしまう。
「お前、変な女だ。やっぱり、万象神覚だからか?」
「違うってー。それに、万象神覚って言ったら、境だって同じでしょ?」
押し黙る境に、楓はさらに体を寄せた。
「ときどき、見えないものが見える。分からないはずのものが分かってしまう。これが、万象神覚なんじゃないかって。そう思うことあるんじゃないかな?」
楓の言う通りだった。境は敵の動きを先読みすることがある。人の感情も、明確ではないが、ぼんやりと理解できて、嘘を見破ることもあった。
「境は間違っていない。私が万象神覚だと言うなら、境も同じだよ」
楓に瞳の中を覗き込まれる。いや、違う。心を覗き込まれるような気がした。
「そんなに嫌なら自分から話しちゃえばいいんじゃない?」
やはり、心情を読むような楓の発言に、境は素直になれなかった。
「分かった! じゃあ、私の方から話してあげる。どうして、御神楽衆でもない私が巫女をやっているのか、気になっているんでしょう?」
「……誤魔化しても無駄なんだろ?」
楓が気になって仕方なかった。しかし、女に気安い男と思われるのは癪である。気持ちを隠していたつもりだが、万象神覚の楓に対しては、無駄な強がりだったようだ。
「やっぱり正直だね、境は。誰かさんとは大違い」
「誰かって誰だ?」
「そこも気になる?」
「ああ、気になるね。男か?」
「どうでしょー?」
おかしそうに笑う楓に、境は腕を組んで恥じる気持ちを抑え込む。もう自分から聞きはしない。そう意地を決め込んだつもりが、楓は自らについて語り始めた。
「お母さんがね、占い師だったんだ。朝廷お抱えの占い師なんかじゃないよ? 店も構えられず、都の隅でひっそりとやっている、胡散臭い貧乏な占い師」
都に数多くいる占い師の中にも、食べていける人間とそうでない人間の差は激しい。聞くところによると、楓の親は食べるので精一杯だったのだろう。
「そう、お父さんの顔は知らない。お母さんも占いで稼ぐしか知らない人だったからね、本当に貧しかった。でもね、運がいいことに男の人に拾ってもらったの。しかも、貴族だよ」
貴族が気に入った平民の女を拾う。聞かないわけでもない話だ。
「お母さんは占い師としても、女としても、えらく気に入られてね。そこからは贅沢三昧だったんだけど……まぁ、少し遅かったんだ」
「死んだのか?」
楓は頷く。
「お母さんがいなくなったら捨てられるんじゃないかって、不安だった。けど、お母さんと私の顔はよく似ていたからねー。捨てられる前に、女として成長していたおかげで、何とか助かったって感じ」
境の中でさまざまな想像が巡る。だが、楓はそれについて言及しなかった。
「で、運が良かったと思えたことが、もう一つだけあります」
「万象神覚か」
「そう。私は公家様が出世できるよう、占ってあげていた。そしたら、お母さんのときより、何もかも上手く行ったんだよ。そこからは、私も我がまま言い放題。こうやって無茶して旅に出ても、怒られたりしなくなったんだよね」




