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軋轢

 夜が明けて、境と紬は葛城の案内で村を回った。村の状況を知ると同時に、道や地形を把握するためである。楓たちも誘ってみたが、彼女は自分がいると目立ってしまうから、と断られてしまった。


 二人も目立たないよう汚れた着物をまとっているが、それでも風景に溶け込めていないのかもしれない。ただ、人々はこちらを気にした様子はない。そんな村の人々を観察しながら、(つむぎ)は呟いた。



「長閑ですね。争いとは無縁に見えますが……」



 紬が抱いた印象通り、妖怪に支配されているとは思えないほど、村は平和である。商いに精を出す男女も数多く見られ、誰もが不満なく生活しているようだが、紬には違和感があった。



「でも、なんでしょう。活気がない、というか」



 隣の(きょう)は、それまで仕方なく一緒に歩いている、といった態度だったが、紬の一言で視線を右へ左へ動かす。



「確かに……笑っているやつがいねえ。どいつもこいつも、つまらなそうだ」



 これも村を支配している妖怪のせいなのだろうか。葛城が答えた。



「すべては……杠葉がやってきてから始まりました」


「杠葉? 確か村長の名前でしたよね。普通の人間なんでしょう?」



 紬の質問に葛城は苦笑いを浮かべる。



「しかし、この村の女たちは、彼に魅了されているのです」


「魅了?」


「はい。杠葉の弾く三味線を聞いてから、彼に陶酔するようになってしまった」



 それだけなら、杠葉の三味線の腕が素晴らしい、というだけの話ではないのだろうか。葛城は説明を続ける。



「夜になると、女たちは杠葉の屋敷へ赴き、三味線を聞く。最初は、それだけの話だと思っていたのですが、女たちに変化が現れ始めたのです」



 変化。紬も境も黙って、その変化が如何なるものか、耳を傾けた。だが、葛城は躊躇うように、なかなか説明を再開しようとしない。



「あの、葛城さん?」


「……ああ、すみません」



 葛城は再び苦笑を浮かべた後、変化について、今度こそ説明する。



「村の女たちは、やたらと男たちを杠葉と比較するようになったのです。杠葉さまは美しい。それに比べて夫は。杠葉さまは才がある。それに比べて夫は。杠葉さまはお優しい。それに比べて夫は……といった調子に」


「なんだよ、馬鹿にされるだけで、怒る男はいなかったのか?」


「もちろん、最初はどこも喧嘩ばかりでしたよ。でも、次第に男たちも気付いたのです。彼女たちの目が正気ではないことに……」



 紬は目を細めて不快感を露わにする。



「三味線の音色に狂わされている。そういうことですか」



 葛城は頷く。



「おそらく、妖怪が杠葉に何かしらの妖術を授けたのでしょうね。杠葉から村長の地位を奪うにも、女たちが支持してしまうばかりに、上手く行きません」



 どれだけの試行錯誤が繰り返されたのだろうか。葛城の目には、深い怒りと疲労が見られた。



「だから、誰もが女に逆らうことはやめました。惑わされている彼女たちと争っても、無駄だと考えたのです。しかし、それはそれで問題があった」



 大きな溜め息を挟んで、葛城は続ける。



「女たちは次々に杠葉へ貢物を送り、村の財がどんどん失われました。男たちがどれだけ働いても、すべては杠葉のもとへ行ってしまう。私たちの徒労感と言えば、なかなか言い表せるものではありませんよ」


「……お察しします」



 そう言いながら、紬はこの村に巣食う歪な構造に慄く。女が男たちから吸い取り、それが杠葉のもとへ。そして、杠葉が手にしたものの多くは、妖怪たちに流れているのだろう。そう思うと、ここで生きる男たちに同情せずにはいられない。紬の憐れむ視線に気付いたのか、葛城は取り繕うように笑顔を見せた。



「だからこそ、貴方たち御神楽衆の力をお借りしてでも、この村をどうにかしなければ、と思ったわけです。お願いです。どうか、この村をお救いください」


「もちろんです! 全力を尽くします!」



 紬の返事に葛城は頷き、歩みを進めた。その背中を見て、紬は気付く。この戦いの先頭に立つ葛城も、村の男たちと同じ思いを抱いているに違いない、と。


 そう言えば、昨日の夜も屋敷で彼の細君らしき女性を見ることはなかった。もちろん、独り身ということも考えられるが……。境は何を感じているのだろうか、と彼の姿を探す。境は紬とはまったくの逆方向を見ていた。ここまで歩いてきた、往来を眺めているではないか。



「境、どうしたの?」


「いや……杠葉って野郎も、惨めなやつだな、って」



 それから、村を一回りして葛城の屋敷に戻る。やはり、葛城の妻と思われる女性の姿はなく、それについて語る者もいなかったため、紬もそれについて考えることはやめた。

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