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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第三章 蝕まれる世界
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螺旋

 社の前では、凄まじい戦いが繰り広げられていた。すべての力を集結した玄天狐党は、御神楽衆の剣士たちを近付けまいと奮起し、その奥で指示を出すのは若き妖怪の帳(とばり)である。



「帳!」


「識さま!!」



 帳が識の姿を認めると、彼を守るよう妖怪たちに指示を出した。どうにか御神楽衆の手が届かないところまで識を連れ出す帳だが、大量に流れる血に気付いたらしい。



「その傷……大丈夫なのですか?」


「今はまだ大丈夫だ。あと一太刀……それだけの力は残してある」


「一太刀、ですか」



 その意味をどう捉えたのか。帳の目に複雑な感情が揺らぐようだった。



「それよりも、生き残った玄天狐党の妖怪たちに、散り散りになって逃げるよう指示を出してほしい」


「私たちは……負けたのですか?」



 識は小さく頷く。



「ここに留まって戦うより、全員が別々の方向に逃げた方が生き延びるはずだ。頼んだぞ」


「識さま、どこへ!?」



 呼び止められても、識は止まらなかった。自分には時間がないのだ、と。



「蝕さま!」


 社の中へ入り、奥の部屋まで進む。この朽ち果てた廊下まで、争いに声は届いていた。


「待っていたぞ、識」



 襖を開けると、これまでと同じように蝕は中庭を眺めていた。



「ありがとうございます。最後に……私の一太刀を受けてください」


「よかろう。だが……」



 蝕が振り向く。その表情はとても穏やかなものだった。



「お前はここまでやり切って、納得したか?」



 その問いに、識は答えない。蝕はそんな識の心に触れて、かき乱すように、問いを重ねた。



「仄を斬り、翳を斬っても、どこか暗い気持ちが付きまとったのではないだろうか。これで本当に報われたのだろうか。意味があるのだろうか。そんな想いに苛まれたのではないか?」


「……命乞いと受け取るべきでしょうか?」



 蝕は小さく笑う。



「そうじゃない。お前の行く先を案じているだけだ。私を斬った後、お前はどこへ行く? 歩むべき道は見えているのか? その先に目指す執着点はあるのか?」



 何もない。それは蝕の言う通りなのかもしれない。



「それだけ深い傷を負って、お前はこの復讐に価値を見出せたか?」



 確かに身も心も擦り切れて、今にも崩れ去ってしまいそうだ。何度も傷を負って、心が汚された。もうやめてしまいたい、と何度思っただろう。それでも、ここまで進むしかなかった。



「蝕さまの言う通り……私は何も見いだせていません。この先も、どうするべきか、何も見えていない」



 その空虚な答えを憐れむように、蝕は微笑みを見せた。だが、識は認めるわけにはいかなかった。ここで立ち止まるわけには。目指すべき、その場所を諦めるわけには……。



「しかし、それは貴方を斬ってから考えさせてもらいます」


「ほう、暗闇の中を歩き続ける道を選ぶか」


「ええ。復讐を決めたときから、私にはその道しか残されていなかった」


「分かっていながら進むというのなら、私に言うことはない。さぁ、斬れ」



 蝕は再び中庭の方を向いて、無防備な背中を晒す。



(これで……終わるのか)



 識は最後の力を振り絞るようにして、刀を振り上げる。かける言葉もなく、刃を下ろせば、蝕の首は中庭に転がった。呆気ない最後。識の体から力が抜けるようだった。



「……私も死ぬのか」



 帳の指示によって、妖怪たちは逃げたのだろう。御神楽衆の声が屋敷の方へ近付いているようだった。逃げ場はない。ひとたび囲まれてしまえば、抵抗する力も残されていなかった。目を閉じると、あらゆる感覚が薄れていく。



(やっと、楽になるのか)


 死を受け入れる。終わりを受け入れようとした。だが……。


「識」



 だれが、名前を呼んだ。柊だろうか。いや、楓かもしれない。


 目を開くと、そこには首のない蝕の体があった。首を失って自然に倒れたと思われるその体だが、識は違和感を覚える。



(何かがおかしい。でも、何が……)



 識は万象神覚を使って、その違和感の正体を探る。すると、自らの目が何かに誘導されたかのように、蝕の手を見た。



(指先が……?)



 識は気付く。蝕の人差し指が不自然に伸びていた。いや、何かを指し示しているのかもしれない。識がその方向を見てみると、中庭を囲う塀に一つの扉があった。この社の外につながっているのだろう。



「私に生きろと言うのか?」



 もちろん、蝕が答えを返すことはない。識はどうにか立ち上がり、その扉の方へ体を引きずるようにして移動する。



「いたぞ、識だ!」



 扉の前で、御神楽衆が踏み込んできた。識はすぐに外へ出て、扉を閉める。



「こんなところに滝が……」



 扉の向こうは小道が伸びて、その先に滝が流れ落ちていた。そこに何があると言うのか。識はただ蝕が指し示した方向へ真っ直ぐ歩くしかない。



「しかし、これ以上……体が」



 自分が歩いた道は、血の跡が続いている。もし、隠れる場所があったとしても、御神楽衆の目を誤魔化すことできないだろう。やっと滝の目の前に移動したが、御神楽衆がすぐ背後まで迫っていた。



「覚悟しろ、識!」



 敵は五人。どうにか刀を構えるが、たった一撃でも受ける自信はなかった。



(この先に期待できるものはない。無様に死ぬしか……道を開くことすら、許されず!!)



 しかし、道を見つけたとしても、そこも茨が敷かれているようなもの。それを十分に知っていた。だとしたら、ここで死んだとしても……。



「死ねえ!」



 先頭の剣士が斬りかかってくる。一瞬、死という選択を決断しかけた識だったが、ほとんど反射的に父が残した刀で、それを受けた。



(なんと生き汚いことか……)



 自分を笑いたくなる。が、次の瞬間、体が揺らめく。どうやら、本当に最後の力を使ったらしい。体も支えきれず、識は流れ落ちる滝に沿うようにして、落下するのだった。



(やはり、ここまでだったか)



 これが自分の器なのだ。識はそう自分に言い聞かせ、目を閉じる。そして、水面に落ちる衝撃を知る前に、彼は意識を失うのだった。

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