運命
御神楽衆が山に入る直前、識はこの戦をどのように進めるべきか考えていた。そして、一つの結論に辿り着き、それを帳に伝えた。
「私と一緒に山を降りる妖怪は最小限で良い。悪いが指示役は君に任せる」
「どういうことですか!?」
帳は驚きを隠せないようだが、それも仕方がないだろう。この状況では、識がいつ自暴自棄になってもおかしくないからだ。しかし、識の判断はあくまで冷静である。
「敵に玄天狐党の力は残りわずかだと思わせて、山頂までおびき出す。しかし、こちらはその手前に戦力を集め、一気に迎え撃つのだ」
「では、最初からここを動かないつもりですが?」
「いや」
識は否定する。
「それなりの数で山を降りて抵抗を見せる。そうしなければ、多くの戦力を持って待ち構えている、と読まれてしまうかもしれないからな。できるだけ、こちらが疲弊していると思わせ、最後の最後で戦力を集中させて一息に押し返すのだ」
「なるほど」
帳は素直に感心しているようだった。だが、識の狙いはそれだけではない。
「もう一つ理由がある」
「聞かせてください」
「やつらには、凪の神楽を舞う巫女がいない。だとすると、主な戦力は討者の男だけだ。この男の突破力は確かに凄まじい。もし、これが先頭に立ち、一点突破でここを狙うようなことがあれば、蝕さまが討たれる恐れは十分にある」
「そこまで恐ろしい存在なのですか……」
識は頷いた。
「だからこそ、この男は私が引き付ける。逆を言えば、この男さえいなければ、御神楽衆は恐るるに足らないと言って良いだろう」
「分かりました」
こうして、識は多くの戦力を帳に預けた。少数を率いて山を降りるが、識は彼らに自らの狙いを告げる。
「つまり、君たちは囮だ。その命を捧げることで、敵の油断を誘う……厳しい役目だ。だから、ここで逃げ出したとしても、私は責めたりはしない。覚悟を決めるかどうか、聞かせてくれ」
妖怪たちは誰一人として逃げ出すことはなかった。一人が代表するように、前へ出て言う。
「識殿……。いえ、朔月さま。私たちは、玄天狐党の未来は貴方が背負ってくださる、と考えています。一人でも多くの同志が生き延びて、玄天狐党の立て直しに尽力してくれると言うのなら、この命も惜しみません」
どうやら、この妖怪は古くから玄天狐党に属しているのだろう。蒼月に対する忠誠も強かったに違いない。見渡せば、識に従う妖怪の多くが、歳を重ねた妖怪に見えた。もしかしたら、識の正体を知った帳が、そのような配置を心掛けたのだろうか。
「ありがとう」
そのあと、玄天狐党を必ず立て直す、と付け加えることもできたはずだ。その一言だけで、彼らの使命感はさらに強くなるだろう。それを分かっていながらも、識は小さな嘘を吐けなかった。
「よし、仕掛けるぞ!」
何人かの仲間を犠牲にして、御神楽衆を引き付けたところで、識も動いた。境が真っ先にこちらを察知して、迫ってくる。
(きたか……!!)
境の力は変わりなく、圧倒的だった。あらゆる斬撃が躱される。そう思わせるほどの回避力を見せた、が……。
「ちっ!!」
識の一撃が、境の腹を裂いた。
(当たった……!!)
距離を取りながら、識は確かな手応えを感じる。
(やつの動きが鈍ったわけではない。俺の体がいつもより軽い。いや、普段通りの軽さ、と言うべきか)
ここ最近は、常に凪の神楽の影響の中で戦っていた。識は半妖であるため、凪の神楽の影響を受けにくいが、まったく変化がないわけではない。そのため、凪の神楽がない環境では、わずかではあるが調子が上がり、本来の力を出せているのだ。
(ならば、ここで決着を付けるべきか? いや……邪魔が入っては困る)
識はあえて退くことを選ぶ。多くの仲間が倒れ、このままでは御神楽衆に取り囲まれることも考えられたからだ。
「よく生き残ってくれた」
識は一緒に戦った妖怪たちに声をかける。
「君たちは帳と合流して、蝕さまをお守りしろ」
「しかし、我々は朔月さまと共に……!!」
共に戦う。そう主張する妖怪たちに、識は微笑んで見せた。
「十分だよ。むしろ、私は君たちにつらい戦いを強いて、やりたいようにやるつもりなのだ。気遣う必要はない」
「朔月さま……」
「頼む、私のわがままを聞いてくれないか」
「本当に……貴方は蒼月さまにそっくりですね」
彼らは納得したのか、社の方へ向かった。識は社から離れた場所へ移動すると、木に背中を預けて、少しだけ体を休めることにした。
「さて……これが最後となりそうだな」
識の万象神覚は、境の接近を告げる。境も識の意図を察して、一人で向かっているようだ。どういう感情が込み上げてきたのか、自分でも分からないが、識は口元に笑みを浮かべた。
(楓……。私は勝てるだろうか?)
戦いの前に、識は万象神覚を通して、楓との会話を試みる。目を閉じて、耳を澄ませるが、ただ木々の揺れる音が聞こえるばかり。楓はいつになっても、識に語り掛けてくれることはなかった。
「……一人でやるしかない、か」
境がすぐそこまで迫っている。識は体を預けていた樹木から離れて、近付く気配の方へ視線を向けた。
「見つけたぞ、識!」
そして、境が現れる。ここで、識と境が向き合うことは、きっと最初から決まっていたのだろう。
そう、二人は殺し合う運命。
何度巡り合っても、それがどんな形でも、必ず殺し合う。そんな運命が行き着く場所を、識は目の当たりにするような気がしていた。




