進撃
日が昇ると同時に、御神楽衆は境を先頭に山を登り始めた。朝の空気は冷たく、彼の呼吸に清々しさを含ませる。これから戦いが始まるなど、想像もできないような静けさだが、境は血の匂いを嗅ぎ付けたかのように、笑みを浮かべた。
「くるぞ!」
誰もが妖怪の気配など感じていなかったが、境の声に従って抜刀し、その瞬間を待つ。緊張感が流れてくる山の上を剣士たちは目を見張るようにして待ち構えていると、妖怪たちが土砂崩れのように降りてきた。
「行くぞ! 押し返せ!!」
誰よりも先に境が飛び出す。そして、先頭を走る妖怪を叩き斬った。
「どいつもこいつも雑魚ばかりだ! 思うがままに戦え!!」
境の周りを妖怪たちが囲む。どうやら、討者である境を倒せば、戦況は変わると理解しているらしい。慎重に詰め寄り、確実に致命的な一撃を与えようとする妖怪たちだが、境は余裕を見せていた。
「今まで逃げ回るだけの能無しどもが、急に息巻いてどうしたんだよ」
威圧するような睥睨に、妖怪たちに緊張感が走る。境もそれを感じたのだろう。さらに、彼らの気持ちを刺激するような言葉を加える。
「お前たち妖怪は、何やっても最後は駄目なんだよ。必死にやったって、内臓まき散らして喚きながら死ぬだけのくせに、調子に乗るんじゃねえぞ!」
その言葉に触発されたのか、妖怪の一人が叫びながら、踏み込んできた。刀を振り上げ、境の頭に落とすつもりらしいが、それはあまりに不用意で雑な動きでしかない。境は冷静に妖怪が振り上げた腕に、御神渡をなぞらせた。
朝の光ごと斬り裂くような一撃に、刀を握った妖怪の腕が地に落ちる。黒い血が吹き出し、雨のように降り注ぐ中、境は次の獲物に向かって、踏み出し、さらなる一撃を放った。が、それは相手の刀によって防がれてしまう。
「いい気になってんじゃねえぞ!!」
しかし、境は相手の刀を弾き、御神渡を突き出せば、それは敵の喉を貫いた。
(こんな雑魚を一発で仕留められないなんて……!!)
境は間合いを取り直しながら、これまでの戦いとは違うものだと改めて理解する。
(やっぱり、凪の神楽がない戦いは厳しい……。他のやつらはもっと強い抵抗を感じているだろう)
周辺を見渡すと、誰もが妖怪を前に苦戦し、山の上を目指す動きはできていないようだ。
(だとしたら、俺が一匹でも多く、やるしかない!)
横手に回り込んできた妖怪に向かって、境は肩を突き出すように接近する。顎に肩をぶつけて怯ませたあと、鳩尾に肘を突き出して退がらせ、御神渡で仕留めれば、すぐに次へ距離を詰めた。
「この程度で、俺を止められると思うな!!」
境を取り囲んだ妖怪たちを斬り終えると、今度は苦戦する仲間の方へ向かう。
「手こずってんじゃねえぞ!」
仲間と鍔迫り合いする妖怪の背中を斬ると、さらにその傍で繰り広げられる戦いの中に飛び込む。
「見ろ、大したことはねえ!」
自分の足元に横たわる妖怪の亡骸を指さしながら境は叫ぶ。
「躊躇わず斬りかかれ! 木の枝を切るより容易い雑魚どもだ!」
そして、境自身は上を目指す。
(雑魚どもに構いすぎると、俺が疲弊してしまう。そしたら、識の野郎とやり合う前に、疲れ切って動けなくなっちまうぞ)
とは言え、仲間を見捨てて一人で前へ出れば、今度は自分が取り囲まれてしまうだろう。仲間が前進できるよう、妖怪たちを斬りながら、境は縦横無尽に戦場を駆け回った。
「上へ進むぞ! 走れ!!」
敵を蹴散らして、境たちは山を登るが、またも妖怪たちがそれを阻もうとした。
(くそ、思ったより数が多い! どれだけの力を残していたんだ。こうなったら……)
そこから、境の動きが変わった。これまでは、力強く妖怪たちを斬り付けていたが、相手の動きに合わせ、後の先を取って最小限の力で仕留めるような戦術を取ったのだ。これは万象神覚を使いこなす境だからこそ成せる技であり、さすがの妖怪たちも恐れる強さだった。
「なんだ、あいつは……」
「触ることすらできねぇ」
「人間じゃねえぞ!!」
妖怪たちによる動揺の声が上がるが、それもすぐに静かになる。境が斬ったか、境に翻弄されているうちに剣士たちによって斬られるのか。そのどちらかである。これにより、御神楽衆は勢いづき、山の中腹辺りまで進むのだった。
「良いぞ! 敵の勢いは止まった。このまま山頂まで一気に行くぞ!」
「おう!!」
途中、矢の雨が降って、御神楽衆の足は止められたが、境だけは違った。降り注ぐ矢の中を平然と走り抜け、弓を持つ妖怪たちを斬ってみせる。
まさに、敵なしと言える境の前では、妖怪たちも逃げ出すしかなかった。山頂は近い。だが、境は戦場の空気が変わったことに気付く。
(……あいつが出てきやがった!!)
多くの妖怪に紛れ、識が山を降りてくる。どうやら、ここで決着を付けるつもりのようだ。境は他に目をくれることなく、識へ向かって駆けた。
「よくもその顔……俺の前に晒せたものだな」
これまで、何度も見てきた狐を模した面は、その顔を覆ってはいない。素顔の識と剣を手にして向き合うことは初めてだった。だが、識は言葉を交わすつもりはないらしく、ただ刀を構える。そちらがその気なら、と境も御神渡を静かに構えた。
相手の出方を窺い、剣先を動かしながら、ゆっくりと距離を詰める。先に仕掛けたのは、識の方だった。低い位置から振り上げる一撃。境は身を反らしてやり過ごし、識の腕を狙って御神渡を突き出す。対する識は、境の横手に飛び込むように踏み出し、そこから刀を横一文字に振るった。
「ちっ!!」
それは境の腹をなぞった。決して深くはないが、境にしてみると恐るべき一撃である。
(先読みはできていた……しかし、俺が思った以上に、こいつの剣が速かったんだ)
境の万象神覚が楓によって、より強い力を得たことで、ここ何度かの斬り合いは、相手が識だったとしても優位に進められたが、今回は勝手が違う。ここでも、凪の神楽がない影響が出ているのだろう。
(だとしても……!!)
境が再び距離を詰めたが、識が退がっていく。逃げた、わけではないのだろう。境が辺りを見回すと、多くの妖怪が倒れていた。どうやら、立て直すつもりらしい。
「追うぞ!」
それから、疑うほどに妖怪たちの攻撃はなかった。
(もう底をついたのか? それとも……)
だが、静かな時間は続く。目的である社も、その姿を現すだろう頃、境は再び識の気配を感じた。
(もうすぐ報告にあった社のはずだが……やつはいないのか? だとしたら……)
境は識の狙いを汲み取り、すぐに剣士たちに指示を出す。
「この先、本丸を前にしてやつらの抵抗は、さらに激しくなるだろう。だが、社はお前たちだけで落とせ。できるな?」
剣士たちは少し動揺を見せたが、覚悟は決まっているのだろう。おう、と声を返した。
「よし、行け!」
境は剣士たちを行かせた後、まったくの別方向へ移動するが、その気配は次第に確かなものとなった。
「見つけたぞ、識!」
そして、ついに識の姿を見出すのだった。




