脱落
葛城の声を合図にしたように、御神楽衆の剣士が五人、部屋の中になだれ込んで、相馬を取り囲んだ。
「御神楽衆の方々、その男が識だ! 殺してくれ! すぐに!!」
葛城が主張するが、その目は気が狂っているようにしか見えないほど揺れている。剣士たちも刀の柄を握っているが、判断を仰ぐように境を見たため、彼は「待て」と手の平で合図を送った。
「葛城、どういうことだ?」
境は冷静に葛城に確認すると、彼は血走った目のまま説明する。
「見たのですよ、識が面を取ったとき……この男の顔があったのです! だから、御神楽衆の剣士たちを説得して、どうにかこの男を取り囲むようお願いしました。この狭い部屋なら逃げられることもない。さぁ、すぐに殺しましょう! 貴方だって、識が憎いでしょう!!」
それは間違いない。が、御神楽衆は裏切者でもない限り、人は殺さない。怪しい、というだけで、すぐに斬りかかるわけにはいかないのだ。
「何か誤解があるようです」
当の相馬は落ち着いた調子で主張する。
「葛城さんが妻を亡くしたとは知りませんでしたが……どうやら、心が参っているようだ。何がきっかけか分からないが、彼こそ錯乱してしまっているのでしょう」
「ふざけるな!」
今度は葛城が叫ぶ。
「助けるふりをして、ずっと我々を利用していたのだろう! 何が目的か知らんが……妻の命を奪ったことは絶対に許さないぞ!! 境殿、やつをすぐに斬ってください!!」
それでも境は動かない。これには、葛城も限界を迎えたのか、ついに自らの腰に下げた刀を抜いた。
「待て!」
境が立ち上がり、葛城を制止する。
「思いついたぜ。こいつが識かどうか……確かめる方法が」
誰もが境の方に視線を向ける。
「相馬、絶対に動くなよ。俺はあんたを信じたいと思っている……。が、識だったら、必ず斬らなければならねえ!」
相馬は動じることなく、小さく息を吐いた。
「それで、確かめる方法とは……なんでしょうか?」
そんなものはない。相馬はこの騒ぎに呆れているようだったが、境も御神渡に手をかけてから、その方法を言った。
「腹を見せろ」
「……腹?」
相馬はその発言を疑うように眉を寄せるが、境は本気である。
「昨日、識の腹を斬ってやった。いくら妖怪が治りが早いと言っても、あの深さなら一日で傷が綺麗さっぱり消えるってわけにはいかねえ。まだ、腹に傷痕が残っているはずだぜ!」
確かに、誰も識の素顔を知らないが、この方法であれば判断が付く。相馬の動向に、視線が集まるが、彼はやや目を伏せた状態で、少しも動こうとしなかった。その沈黙は、自らが識であると認めたようなもの。境も御神渡を抜くため、手に力を入れるのだったが……。
「うっ……!!」
「紬?」
呻き声に振り返ると、紬が口元を押さえながら、よろよろと後退っていた。そして、急に背を向けると、丸まりながら苦しげにえずき始める。何かあったのか、と目を凝らすと、彼女の足元に音を立てて落ちる嘔吐物が。
「どうした!?」
突然のことに混乱する境だったが、相馬が低い笑い声をあげ始めた。得意げに。嘲るように。
「てめえ、紬に何をしやがった!」
「ははっ! 彼女が吐くのも無理はない、と思っただけだよ」
やはり、この男が識なのだ。確信する境だが、そのあとに相馬が口にした事実は……もっと驚くべきものだった。
「彼女はつい先ほど、妖怪の子種を仕込まれたんだ。御神楽衆の巫女ならば、身の毛もよだつような体験だったろうな!」
「まさか、お前が……」
絶句する境。その瞬間を狙っていたかのように、相馬が……いや、識が懐に手を入れた。何か武器を持っている。境の万象神覚がいち早く察知するが、識もそれを悟ったようだ。懐から取り出した武器を境ではなく、自らを挟むように立っていた剣士に向けて投げつける。
「ぐっ!!」
「がはっ!!」
識が放った武器は、苦無と呼ばれる小さな刃だった。それが両側に立っていた剣士の喉元に突き刺さると、識は素早く立ち上がり、背後に向かって回し蹴りを放つ。
鋭い一撃は、そこに立っていた剣士の側頭部を弾き飛ばすが、識の動きは止まらない。首に苦無が刺さって倒れかけた剣士の腕を掴むと、手にある刀を奪い取りつつ、その体を境に向かって突き飛ばした。
「野郎!」
動きが封じられた境の隣で、葛城が感情のまま踏み出した。
「識、お前だけは!!」
刀を振り上げる葛城の喉に突き刺さる苦無。剣士の死体を振り払い、識に斬りかかろうとする境だが、その目前に刃が飛んできた。識が刀を投げつけたのだ。紙一重で刀を打ち払う境だったが、識は部屋を飛び出している。残った御神楽衆の剣士も後を追って部屋を出ようとするが、境が叫んだ。
「……追うな!」
ここで識を追っても、無駄に命を落とすだけ。そう判断したのだ。それよりも……。
境は振り返って、紬の様子を見るが、彼女は蹲って、吐き続けていた。もう何度目になるのだろう。足元の嘔吐物は、さらに広がっている。
少し視線を動かせば、葛城の死体が転がっている。また、識にやられたのだ。
「……くそったれが!!」
壁に拳を叩き付けるが、境の怒りは収まりそうにない。だが、識に逃げられたからには、込み上げる感情を吐き出すしか手段はなかった。
「絶対に殺してやる……。殺してやるぞ!!」
その晩、紬は自らの手首を切る。命に別状はなかったものの、とても戦える精神状態ではないと判断された。




