紬①
紬が境に出会ったとき、二人は十にも満たない歳だった。御神楽衆の見習いを育てる鍛錬場で初めて出会うのだが、師に手を引かれた境は、地面を睨み付けるばかりで。一切こちらを見ることはなかった。
「私が貴方と組む巫女だよ。紬って言うの」
「……」
「よろしくね?」
声をかけても返事はなく、やはりこちらを見てくれることもない。こんな反応は初めてだったため、紬が首を傾げると、見守っていた孔雀威が教えてくれた。
「酷い暮らしを続けていたせいで、心を閉ざしてしまっているらしくてね。組むとしたら、面倒見のいい女が良い。だから、紬に任せたいと思ったんだ。歳もお前の方が上だろうし、良くしてやってくれよ」
紬も御神楽衆に拾われるまでは、商人の家で良いように使われていた。ただ、商売を手伝っていたせいか、愛想はよく、気配りもできたため、境みたいな子供を任せられたのだろう。紬は孔雀威に力強く頷いた。
「はい! この子が一人前になるよう、しっかり面倒見ます!」
「うん、お前ならできる。いや、お前にしかできないだろう。任せたよ」
孔雀威にそんなことを言われるのも初めてだった。自分に任せてもらえる。それは、評価されて、信じられている、ということだ。紬は全力で答えようと思った。しかし、境は一筋縄ではいかなかった。
「境、どこ行ったのー??」
訓練の時間になっても境が姿を見せないことは、毎日のようだった。その度に紬が探さなければならなかったが、その日は養生所の裏に彼の姿を見つける。
「訓練、嫌なの?」
隣に座って聞いてみるが、彼は反応を見せなかった。
「早く行かないと孔雀威さんに怒られるよ? 行こう!」
やはり、反応はない。困った紬だが、少しでも彼の気持ちを理解してやりたかった。
「じゃあ……今日は私も休んじゃおうかなぁ」
そんなことをすれば、どうなるか分かっていたが、紬は彼の傍から離れず、ただ時間を過ごす。その間、境は一度も口を開かなかったが、紬は一方的に喋り続けた。御神楽衆に拾われる前のこと。最近つらかった訓練のこと。巫女見習いたちの共同生活についてなど。そうしているうちに時間は過ぎて、二人はついに孔雀威に見つかってしまった。
「二人とも、皆が汗水流しているというのに、良いご身分だね」
「ご、ごめんなさい……!!」
謝る紬だが、孔雀威は口元だけに笑みを浮かべて言うのだった。
「どちらか一人が罰を受けることにしよう。どっちが悪いのか、二人で決めると良い」
紬は境を一瞥するが、彼は黙って地面を睨み付けているだけ。ただ、明らかに恐怖を感じているようだった。
「私が……今日は休んでしまおうって言いました。なので、私の方が悪いです」
そういうと、孔雀威が表情を変えずに頷いた。
「泣いて謝っても許さないけど、本当に紬の方が悪いってことで良いんだね?」
「はい! 私が悪いです!」
「そうか。じゃあ、こっちに尻を向けなさい」
そこから孔雀威は容赦なく尻を叩いた。それでも十分痛かったのに、途中からはしゃもじを使って叩かれた。孔雀威は宣言した通り、泣いて謝っても手を止めず、延々と紬の尻を叩き付け、日が暮れても二人を屋敷に入れることはなく、外に放置するのだった。
「……痛いよう」
泣き疲れて意識が朦朧とする紬だったが、尻が痛くて眠れない。そんな彼女を前にしても、境は黙って地面を睨み続けるだけだったが……次の日、彼はしっかりと訓練に出るのだった。
「おい、口なし!」
「喋ってみろよ!」
しかし、訓練に出た境は歳の近い子供たちに、揶揄われてばかりだった。小突かれても黙ったままの境は、時に殴られることもある。いつかやり返すだろう、と思って遠くから眺めていても、境はされるがままで、いつも紬が途中で割って入らなければならなかった。
「やめなさいよ!」
腕っぷしは昔から自慢があったため、討者を目指す子供であっても、紬は恐れることがない。
「うわ、暴力巫女!」
「小孔雀威だ! 逃げるぞ!!」
逃げ出す子供たちの背中を見ながら、紬は溜め息を吐く。
「あの子たち、孔雀威さんが地獄耳って知らないのかな??」
たぶん、後で酷い目に遭うだろう、と同情しつつ境を見るが、彼は地面に情けなく倒れたまま動かなかった。
「大丈夫?」
手を貸しても立ち上がろうとしない。さすがの紬も、どうしていいのか分からなかった。そんな中、男女一組で、山の中で三日過ごすという過酷な訓練に挑むことになる。もちろん、紬は境と組まされ、獣が徘徊する夜の山に放り出されるのだった。
「三日間、大変だろうけど……頑張ろうね!」
これから、ずっと二人きりなのだ。少しでも心を通じ合わせれば、と思ったが、境は黙ったまま。紬は先が思いやられたが、自分が彼をどうにかしてやらねば、という思いにかられるのだった。
(そういえば……あの子たちは大丈夫かな)
紬がこれだけ面倒見がいい性格になったのは理由がある。それは、彼女が商人に使われていたとき、似たような境遇の子供がたくさんいたからだ。使い物にならないと主に判断されたら、自分より年下の子供たちが、まだ荒野に放り出されてしまう。彼らを生かすためにも、紬は必死で面倒を見てたのだが……その主は稼ぎが減って、御神楽衆に紬を売ったのである。だから、あの商人のもとで使われていた子供たちがどうなったのか、紬は知らず、大きな心残りだった。
(今度こそ……私が守らないと)
一日目。境が動かないため、火を起こすも食べ物を確保するも、紬が一人でこなさなければならなかったが、特に危険はなく終えられる。しかし、二日目は違った。
「じゃあ、私は獲物を取ってくるから。獣に襲われないよう、気を付けてね」
彼の傍らには木刀が置かれ、その扱いは日々の訓練で分かっているはず。獣に襲われるようなことがあっても、きっと切り抜けられるだろう。そう思って、紬は境から離れたが……。
「境!」
戻ってみると、境が狼に襲われるところだった。紬が追い払おうとするが、彼女は逆に傷を負ってしまう。
「いったぁ……」
狼は何とか立ち去ってくれたが、紬は腕を噛まれ、自分で手当てしなければならなかった。幸い傷は浅いが、訓練はまだ一晩と一日残っている。境を守りながら過ごせるか……難しいように思えた。
「ねぇ、木刀だって扱えるはずでしょう? なんで戦わなかったの?」
返事を期待せず聞いてみたのだが、やはり答えはない。それはそうか……と、痛む腕で何とか食事の準備に取り掛かろうとした、そのときだった。
「俺は……弱いから」
境が初めて喋った。




