決壊
紬は楓の墓の前で手を合わせていた。楓に伝えたい想いがあったわけではない。ただ、そうしている方が罪悪感が薄れ、気持ちが休まるだけだ。
(孔雀威さんは目を覚まさないまま。境も部屋から出てこない……。だとしたら、この状況だと責任者は私になる)
討者の境が判断を下さないのなら、自動的に巫女である紬が指示を出す立場となる。この精神状態で、それをやり切れるかどうか。紬は不安でたまらなかった。
(それでも、やるしかないよね)
紬は御神楽衆の巫女として育てられ、責任を果たすことを孔雀威から教え込まれてきた。この状況で、それを投げ捨てるなんて、考えられない。どんなにつらくても、苦しくても、やるしかないのだ。やらなければ、自分に価値はないのだから
「紬さん?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには相馬が立っていた。
「相馬さん! 無事だったんですね!!」
「ええ、どうにか……」
相馬が微笑むと、なぜか紬の中で心が少し安らいだ。孔雀威が倒れ、境も黙ったままだし、葛城はあまり顔を見ない。この戦いに参加していた仲間たちが減る中で、不安が膨らむ一方だったが、交わした会話の数は少ないと言え、落ち着いている相馬の表情を見たおかげで、安心したのだろう。自然な笑顔すら出てきた自分に安心した。
「これは、誰かの墓……ですか?」
隣に立った相馬は、楓の墓を見ながら悼むような仕草で目を細める。
「はい。楓さんの……銀髪の巫女の方がいたでしょう? 彼女が妖怪に殺されてしまったのです」
「……妖怪に?」
頷くと相馬は少し考えるような素振りを見せた。
「まさか、識ですか?」
何か知っているのだろうか。探りを入れるような感じがあるが、紬は素直に答える。
「いえ、識ではありません。玄天狐党の妖怪に……。と言っても、境がすぐ斬ったようなので、仇は討てたようです」
「……そうですか」
何を思ったのだろう。相馬は墓の前で屈むと、目を閉じて、手を合わせる。そのまま、彼は動かなかった。相馬は楓とほとんど話したこともないはず。どんな対話が彼の中で行われているのか不思議で堪らなかったが、そういえば、自分も楓に対する気持ちもないくせに、ずっと墓の前で手を合わせていたことを思い出した。
(手を合わせるって……そういうことなんだろうな)
亡くした人を悼む。それは死者のためのようで、自分自身のために行うものなのかもしれない。そんな風に思った。相馬が目を開き、ゆっくりと立ち上がる。まだ、心の整理を付けるように、遠くを見ているようだったが、その視線が紬の方に向けられた。
「境殿は? お耳に入れたいことがあってきたのですが」
「それが……楓さんが亡くなったことで、心に大きな傷を負ってしまって。ずっと部屋で寝たままなんです」
「彼が、そこまで傷付くとは……」
誰も知らないが、境は繊細で臆病なところがある。そんな風に伝えたいと思ったが、境のことを何から何まで知っている、という顔を見せる自分が、惨めで仕方なかった。
黙っている二人に冷たい風が吹く。戦い続ける二人を大地が労うかのように、気持ちのいい風だった。そんな風に撫でられると、紬の心の中で糸が切れてしまうような感覚があり、静かな涙が流れ出す。
「紬さん?」
「あっ、えっと……すみません」
目元を裾で拭うが、涙が止まらない。隣にいる相馬の目は、どこか包み込むような温かさがあり、ますます力が抜けてしまった。
「これまで、ずっと……境と二人で戦ってきたんです」
ああ、言わなければ良いのに。弱音なんて吐きたくないのに、止まらなかった。
「境はいつも強がって、誰よりも前に出て戦おうとするから……私が支えないと、って思っていました。後ろからだけど、私が守るんだって!!」
泣きじゃくる紬だが、込み上げる想いは止まらない。
「それができているって、思っていた。私だけが境の歩調に合わせて戦える。私だけが境を理解している。私だけが、境を支えられるんだって、ずっと思っていた……」
崩れそうになるが、その体が相馬によって支えられる。固く逞しい体は温かく、安らぎを感じられた。だが、その安らぎは紬の弱い部分を塗り潰してしまうように、浸透していく。
「それが、違った! 全部、私の勘違いだった!! 」
自分の感情をぶつけるように、相馬の胸に額を押し付ける。
「御神楽衆の巫女としても、一人の女としても、私は……境にとって!!」
それ以上の言葉は出てこなかった。限界に近い精神状態でも、その言葉で自分と彼の関係、または自分と彼女の差を認めたくはなかったのだ。そんな紬を宥めるように、相馬は黙って背中に手を当ててくれている。興奮した心は少しずつ落ち着いて、恥じらう気持ちが強くなってきた。
「ごめんなさい……。相馬さんにこんなこと言っても、困らせるだけですよね」
「そんなことありません。私でよければ、貴方の気持ちを受け止めたいと思っています」
「ほんと、最悪です。顔もぐちゃぐちゃで、恥ずかしい」
ゆっくりと体を離そうとする紬だったが、相馬の腕が腰に巻かれ、強く引き寄せられてしまった。少し痛いくらいの強い力。しかし、なぜか嫌ではなかった。




