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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第三章 蝕まれる世界
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焦燥

 時間は遡る。識は弓を手にして、楓と共に山を降りていた。異様な力を持つ巫女の舞いを止めるためだ。



「……識、こっち!」



 御神楽衆の包囲は厳しかったが、二人だけならば問題ない。楓の万象神覚が正確に包囲の隙を見つける。何度も何度も進行方向を変え、その度に剣士たちの数に驚いたが、順調に山を降りるのだった。



「この先にいるよ!」



 楓が指を差した方向は、万象神覚に頼らなくても、確かに人の気配が感じられた。だとしたら、あとは自分一人でやるだけだ。



「楓。ここで待っていてくれ」


「うん、分かった」



 彼女は心配した様子もなく頷く。こんなところで一人にされることが不安ではないのだろうか。いや、不安なのは自分だ。恐怖しているのは、自分なのだ。



「大丈夫」



 そんな気持ちを察したのか、楓は面の上から識の頬に触れる。



「巫女の守りを除けば、この辺りに御神楽衆はいない。私は死なないよ」


「……信じている」



 楓は頷いた。



「私は識を悲しませたりしないよ、絶対に」


「すぐ帰ってくるから」



 自然と識の手も楓の頬に触れた。これが終われば、義理を果たせる。蝕を斬ることも、境を斬ることも……忘れよう。識は楓に力強く頷くと、背を向ける。必ず戻ると誓い、山道を駆けるのだった。


 楓から離れ、少し走ると斜面の下に、境たちの姿を見つける。そして、例の巫女の姿も。



「木の枝が邪魔するか……」



 弓を構えるが障害物が多い。何度か立ち位置を変え、確実な場所を探すが、どこも変わらなかった。



「やるしかない」



 改めて弓を構えるが、やはり木の枝が多く、確実に巫女を狙える場所ではなかった。



「楓……力を貸してくれ」



 識は集中力を高め、万象神覚に触れる。目を閉じ、万象神覚を通した景色から、巫女を捉えた。



(見える)



 軌道が見えた。自らの手元から、巫女に届くまでの軌道が。これに沿って矢を放てば、確実に巫女を仕留めるだろう。翳に矢を放ったときよりも、その確信は強かった。



(ここだ……!!)



 矢が放たれる。その軌道は万象神覚を通してみたものと、寸分の狂いなく、巫女に向かって吸い込まれて行く。そして……。



「うっ……!!」



 確かに、巫女の胸に突き刺さった。



「やったか?」



 しかし、巫女は倒れない。倒れるどころか、境たちに向かって何やら指示を出している。識は初めて人間の女に、この種の恐怖を感じた。楓や柊と出会ったころに感じた、不可解からくる恐怖ではない。同じ生物として、その生命力に恐怖を感じたのだ。



「化物め……」



 識は呟きながら、すぐにその場を立ち去る。しかし、凪の神楽は止まった。識の体も先程に比べたら、かなり軽くなっている。



「これなら、逃げ切れる!」



 仲間たちだけではない。境が追いかけてきたが、距離は十分にある。追いつかれることはないだろう。早く楓と合流して自分たちも逃げ出すのだ。この苦しいだけの現実から、別の場所へ。



「楓!」



 しかし、戻った場所に楓はいなかった。もちろん、思い出されるのは柊の無残な姿である。



「そんなわけが……!!」



 あのときの柊と違って、楓は万象神覚によって危険を感知できるはず。彼女の身に何かあったとしても……。



(頼む、楓……応えてくれ!!)



 識は万象神覚を通じて、楓に呼びかける。今の自分であれば、声を届けることはできるはず。



 ――識!



 返事があった。



(楓! どこだ!?)


 ――こっち、助けて!



 楓が居場所を伝えようとしている。それは分かるが、彼女からの呼びかけは、小さく、か細い。彼女の力を考えれば、これほどの弱い呼びかけは異様と言えた。



「こちら……なのか!?」



 識は自身の万象神覚に従って、楓が逃げている方向へ走った。



(御神楽衆の剣士に見つかったのか!?)



 十分あり得る。あの巫女に報告するため、山頂へ向かっていた剣士が数名戻ってきて、楓と鉢合わせてしまったのかもしれない。



「だとしても、楓なら……」



 危機を察知できるはずだ。思考が堂々巡りだ。今は考えても仕方がない。識はただ必死に走るのだが……。



「死ねぇ!」



 横手から刃の煌めきが。識は身を低くして、首を狙う一撃を躱した後、自らも刀を抜いて、素早く反撃する。が、不意打ちを仕掛けてきた敵は、素早く身を退いてから叫ぶのだった。



「いたぞ、狐の面だ!!」



 敵は黒装束が一人、と思われたが、彼が叫ぶと次々に同じ姿の剣士が現れる。



(五人か……。やれるのか!?)



 背後の黒装束が斬りかかってくる。だが、識は瞬時に察知してから、振り向きざまに神速の一撃を振るうと、刀を天に掲げた剣士の腹が裂けた。



(やはり、凪の神楽が止まっている。これなら、この程度の敵に時間はかけまい!)



 識は半妖だ。そのため、凪の神楽が効きにくい体質ではある。とは言え、完全に負荷がかからないわけではない。凪の神楽の影響が及ばない今は、これまで以上の力を発揮させた。



「楓!」


 五人の剣士を斬って、再び山の中を駆ける。


 ――識、助けて。



 まだ楓の声は聞こえる。だが、先程よりも弱々しいような気がした。



「間に合ってくれ!」



 必死に走る識だったが、その前を阻まれる。



「いたぞ、例の狐の面だ!」


「取り囲め!」



 御神楽衆の剣士たちは、どこからともなく現れる。識は必死に刀を振り、その面を赤く染めるのだった。

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