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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第三章 蝕まれる世界
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極舞

 御神楽衆を包囲する女たちが一斉に駆け出した。まるで、思考能力のない人形が無理やり走らされているような不気味な光景である。しかも、厄介なことに女たちの中に、妖怪たちが紛れて、襲い掛かってくるではないか。



「杠葉とやら……なかなか考えたね」



 孔雀威が平坦な調子で言う。



「いや、識とか言う妖怪の采配だろうか。どっちにしても、私たちは村の女に手を出せない。これは対応が難しいな」



 下手したら、妖怪は女たちを盾にするかもしれない。そんな状況で御神楽衆は自由に戦えず、孔雀威のところまで一点突破される危険性は高かった。



「仕方がない」


 一息吐いたかと思うと、孔雀威が一歩前に出た。


「私が凪の神楽を舞う。剣士たちよ、存分に戦え」



 おおお、と声が上がった。孔雀威に仕える剣士たちにとっても、彼女が舞う姿は珍しい。期待と畏怖に近い感情を抱くのも無理がなかった。



「さぁ、妖怪ども……本当の舞いをとくと見るが良い」



 祓串を手にして、孔雀威はゆっくりと舞いを始める。紙垂のこすれる音ともに、天の導きを求めるがごとく、孔雀威が手を伸ばすと、明らかに空気が変わった。



「やっぱり、凄い……」



 紬も声を漏らし、境も心の中で同意する。凪の神楽は妖怪たちの動きに影響を与えるが、人間である境もどこか身が引き締まるような閉塞感に近いものを感じたのだ。同時に、走る妖怪たちの足がもつれ始める。凪の神楽が効いているのだろう。



「行け! 妖怪を優先して殺せ!」



 孔雀威の言葉に、剣士たちが走り出し、女と妖怪が入り混じる波の中へ踏み込んで行く。剣士たちの抵抗力は強く、妖怪たちを次々と斬り伏せていくが、対応が後回しにされている女たちは、防衛線から漏れ出るようにして迫っていた。



「紬、やるぞ!」


「うん」



 瀬戸際で境と紬が女たちを弾き返す。殺さない程度に、当て身で対応するが、いかんせん数が多い。境や紬の傍らを通り過ぎ、孔雀威に近付いてしまうのだった。



「やらせるか!」



 境は孔雀威に近付く女の首根っこを掴み、強引に投げ飛ばす。しかし、一人に狙いを定めれば、別の女が孔雀威のもとへ向かってしまう。妖怪が相手ならば、叩き斬って終わりだが、女たちは投げ飛ばした程度では立ち上がって、再び孔雀威の方へ向かうため、切りがないようだった。そんな中でも、攻撃が途切れた間に、境は一息を吐く。



(孔雀威さんの凪の神楽は圧倒的だ。でも……識は凪の神楽の効き目が薄い。だとしたら、絶対にどこかで野郎が現れるはずだ!)



 境は自らの万象神覚で認知力を広げると、近付く識の気配を確かに感じた。



「紬、ここは任せたぞ!」


「何言っているの!? 境も孔雀威さんを守ってよ!」


「識が来たんだ!」



 これには紬も口を出さず、村の女たちを突き飛ばし、孔雀威を守らんと両腕を広げた。境が女たちを突き飛ばしながら前に出ると、駆ける識の姿を見つける。思ったよりも、孔雀威の居場所に近い。



「てめえ、よくも俺の前に出てきやがったな!」



 境が御神渡を識の頭に落とすが、その反応は速い。識は足を止めると、すぐに後へ退いてやり過ごし、改めて刀を構えた。



「楓はどこだ!?」



 何よりも聞かねばならないことを、真っ先に問いかけたが、識は黙ったままである。面に覆われた見えない表情が、今まで以上に憎らしかった。



「だんまりかよ……。答えねえなら、ここでぶった斬るだけだけどな!」



 境の横一閃に識は後退し、すぐに反撃の切っ先を突き出した。が、境はそれを一瞬前に察知していたため、識の横手へ回り込んで躱しつつ、より速い斬撃を落とす。柄を握る手に、わずかな手応え。識の腕からわずかに血が滴っていた。



(いつもより動きが鈍い。孔雀威さんの凪の神楽が効いているんだ。それに、万象神覚の精度も俺の方が上。負けることはない!)



 斬り合いを優位に進める境によって、識は明らかに疲弊していった。初めてやり合ったときは、識の剣技に押されつつあったが、万象神覚の優位性によって、確実に上回っている。それに加え、孔雀威の凪の神楽まであるのだ。少しずつ体力を削り、追いつめるのも時間の問題と思われたが……境の脳裏に勝ち負けとは別の不安が過った。



(こいつが死んだら……孔雀威さんは妖怪狩りを一気に推し進めるはず。そしたら、楓はどうなる?)



 それは、さらに魔が差すような考えに発展してしまう。



(もし、孔雀威さんがこいつに殺されたら、楓は助かるのか?)



 裏切者は許さない。そう言い切った孔雀威だが、彼女がいなければ、この場の決定権は自分のものになる。そうなれば、楓を裏切者ではなく、妖怪に攫われた巫女として助けられるはずだ。



 ――ならば、そこを通せ!



 万象神覚を通して、識の声が聞こえた。考えが読み取られたのだ、と気付いた瞬間、境の動きは止まってしまう。



「待て、狐野郎!!」



 その隙を識は見逃さなかった。境の傍らを駆け抜けて、一気に孔雀威へ距離を詰めていく。境はすぐに振り返るが、簡単に追いつくことは難しいように思えた。


 さらに、孔雀威は村の女たちに囲まれ、凪の神楽を止められている。数名の女が、孔雀威に体を密着させ、彼女の自由を奪っているのだ。



「もらった!」



 識が孔雀威に向かって刀を突き出す。いや、村の女に刀を突き出し、その先にいる孔雀威を仕留めようとした。



「離れやがれ!!」



 追いついた境は、識の背を斬り付ける。が、識はその一撃に備えていたらしく、すぐさまその場を離脱していた。



「逃げるな!」



 叫ぶが、識は目的を達成したと判断したらしく、走り去っていく。境は孔雀威の無事を確かめるため振り返った。



「孔雀威さん!!」


「騒がなくても大丈夫だよ、境」



 傍らに紬を置き、蹲る孔雀威だったが、何事もなかったかのように立ち上がる。確かに、横腹から血を流しているようだが、傷は浅いようだ。



「あの面の妖怪を追え。必ず殺すんだよ」



 境は頷き、まだ視界の中にある識の背を追った。心の隙を突かれたが、今度は逃がしてはいけない。楓を助けることは、また後で考えるべきなのだ。どうやら、孔雀威が凪の神楽を再開したらしい。識の足が少しばかり遅くなった気がした。



「追いついたぞ!」



 後ろから斬りかかるつもりだったが、境の万象神覚が危険を察知する。警戒を促された方へ視線を向けると、矢が真っ直ぐと飛んできた。



「邪魔するな!」


 矢を弾き返すが、識は山の中へ姿を消してしまう。


「くそったれ!」



 境は吐き捨てて、紬と孔雀威の方へ戻る。



「どうやら……杠葉は討たれたみたいだね」



 手当を受けながら、孔雀威が言ったため、境も辺りを見回してみると、確かに村の女たちが足を止め、混乱したように視線を巡らせていた。



「被害はどうかな?」



 孔雀威が聞くと、剣士の一人が答える。



「御神楽衆に怪我人はなし。ただ、村の女が一人……死亡しました」



 識に刺された女に違いなかった。境は拳を握り締める。自分の心に隙があったから、孔雀威が傷付き、その女も死んだのだ。境は死んでしまった村の女の顔を一目見ようと、振り返ると、そこには葛城の姿があった。呆然と女の死体を見下ろしているようだが……。



「葛城さん、どうしたんだろう」



 紬も葛城の行為に首を傾げたが、二人はあとで知る。識に刺され、唯一死んでしまった村の女は……葛城の妻であった、と。

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