音色
孔雀威が仕向けた剣士たちが山の中に入ったころ、三味線の音が止まった。しかし、剣士たちは音を頼りに大方の位置を把握しているはず。杠葉が見つかるのは時間の問題と思われたが、少しすると、山に入った剣士の一人が帰ってくる。
「報告します! 三味線の音をたどったところ、複数の妖怪を発見。ただいま殲滅に当たっています」
「数に差がないようなら、そのまま事に当たれ。できるだけ逃がすな」
剣士は頷くと、山の方へ戻っていったが、境は孔雀威の指示に違和感を覚える。だが、しばらくしないうちに、また三味線の音が聞こえ始めた。
「なるほど。今度はむこうから聞こえてきたか」
先程とは違う方向から三味線の音色が流れてくる。孔雀威はほとんど時間を置かず、剣士たちに指示を出した。
「杠葉を探し、見つけ次第、斬れ」
剣士たちがまた十数人ほど山に向かう。すると、三味線の音が止まって、また剣士の一人が戻ってきた。報告の内容も先程と同じである。
「そのまま事に当たれ。逃がすな」
孔雀威の指示もまた同じ。
また、しばらくして……別の方角から三味線の音が流れてきた。
「杠葉を探せ」
またも孔雀威の指示に、剣士が十名ほど山に向かうのだが……確実に拠点の守りが手薄になっていく。
「孔雀威さん、どう考えても罠だ!」
様子を見守っていた境が我慢できず主張する。
「明らかに剣士たちを誘い出して、ここの守りを削いでいる。やつらの狙いは孔雀威さんだ!」
「分かっているよ」
孔雀威は平然と答えた。境は鼻白みながら、その意思を確認した。
「じゃあ、どうして剣士たちを山に向かわせるんだ??」
「上手く行っている、と思わせた方が、向こうも仕掛けやすくなるはず。仕掛けてくる、ということは、本命が顔を出す、ということだ。向こうは誘い出しているつもりだろうけど、こっちも誘い出しているんだよ」
三味線の音が止まって、また剣士の一人が戻ってくる。孔雀威が指示を出すと、また別の方向から三味線の音色が。そんなことを繰り返すうちに剣士の数は見るからに減ってしまった。
「さて、そろそろ出てくるかな」
孔雀威は感情のない瞳で山を眺めながら、状況を楽しむように笑っているが、境は不安で仕方がなかった。
もしかしたら、識が出てくるかもしれない。そして、識が出てくると言うことは……。
そんな境の不安を煽るように、再び三味線の音色が流れ始める。孔雀威は耳に手を添え、大袈裟にその音を聞こうとした。
「どうも、これまでとは音色が違うね。悪くない」
境には違いが分からなかったが、何か嫌な予感があった。万象神覚が危険を訴えているのかもしれない。
「境殿、紬殿!!」
状況を見守っていた二人の名を呼ぶのは、葛城だった。何があったのか、血相を変えて駆け寄ってくる。孔雀威が話を聞くように、と紬に視線を飛ばしたため、彼女が対応した。
「どうしたんですか?? 今、妖怪たちが攻めてくるかもしれない状況なんです。危険なので、下がっていた方が……」
「分かっています! この三味線の音色でしょう!!」
葛城はこれまで見せたことがないほど焦っていた。もしかしたら、杠葉の三味線による影響が表に出たのだろうか。そんな一同の予想を葛城が口にした。
「女たちが……村の女たちが変なのです!」
「変って??」
「誰もがふらふらと歩き出して! 声をかけても夢でも見ているみたいに、上の空で……ただ歩くだけなんです!!」
もしかしたら、と紬は孔雀威の方を見ると、彼女はその予感を肯定するように頷いた。
「三味線の音に誘われている、と考えるべきだろうね。だとしたら、女たちが向かう場所は……」
孔雀威が胸の前で、人差し指を突き出した。その場にいた、すべての人間が、その先を確認しようと振り返る。すると、そこには……。
「村の女たちが……!」
葛城が驚きの声を上げた通り、女たちが並んでいた。そして、境たちを取り囲むようにして、少しずつ距離を詰めてくるではないか。
「なるほど、これは困ったな」
孔雀威は表情を変えず、剣士たちに指示を出した。
「山の中にいるものたちに、すぐにでも杠葉を殺すよう伝えろ。ただ、山から妖怪たちが出てこないよう、陣形に気を配らせるように」
「承知しました!」
その決定に葛城は青ざめる。
「村の女たちは……どうなるのですか?」
「ここにいる人間だけで対処する。大丈夫、殺しはしないよ」
孔雀威はそういうものの、静かな殺気に葛城は不安を覚えるのだった。
「御神楽衆よ、女たちを取り押さえろ! 彼女らは妖術によって操られているだけだ。気を失わせれば、何の問題もない!」
山に潜む妖怪たちは、御神楽衆の剣士たちの包囲によって、村まで出てこられないはず。その間に、杠葉を討つか、女たちの動きを封じるか、どちらかを達成しなければならない。
とは言え、村の女たちは意思もなく、ふらふらと動くだけ。村に残った数少ない御神楽衆でも十分に対応できると思われた。しかし、御神楽衆は一点の想定外を攻める敵を相手にしていることを……まだ知らない。
「孔雀威さま!」
山から降りてきた剣士の一人が駆け寄ってくる。
「山の包囲網を突破し、妖怪が村の中になだれ込んでいます! ここを狙っているかと!!」
孔雀威も焦ったのだろうか。わずかに目を細める。
「なぜ包囲を破られた?」
「それが……手薄だった箇所を見破られました。まるで、最初からそこを狙うように、一点突破されたのです!」
「……ほう」
孔雀威は感心するように呟きを漏らすが、不思議そうに首を傾げる。なぜ、そんな針の糸を通すような攻撃を妖怪たちは可能にしたのだろうか。そう考えているに違いない。
しかし、境と紬はその答えを知っている。紬が視線を向けてくるが、境は首を横に振った。言うな、と。境は心の中で確信する。
(敵の唯一の弱点を突く。こんなの……楓の万象神覚しか考えられねえ!)
そして、瞬く間に妖怪たちは、守りが手薄となった境たちのところへ襲い掛かってくるのであった。




