情報運用部 2012年9月~2013年3月
9月最終営業日
情報運用部に異動する辞令が下った。
異動に際して私が以前所属していたチームの課長から最後の話があるということで会議室に入った。
課長が正面に座り眉間に皺を寄せてやや俯いた状態で座っていた。
私が入室すると、さっさと終わらせるわとつぶやくと話し始めた。
「お前にこの部署での居場所はない。それはよくわかっていると思う。
社内で異動先を探したところ情報運用部に空きが一つ出る情報を掴んだ。そこにお前をねじ込んだ。
この部署であったことは異動先では話さないように。
お前の動向は異動しても監視している。この会社に居る限りずっと観ている。
確かにお前が言っていたようにこちらも指導する力がなかったことは認める。
お前は謙虚さがなかった。だからギクシャクすることになった。
俺らは今年の新入社員の配属要請を出せないというペナルティを受けることになった。
お前にはわからんやろうがこの会社でこのペナルティはとても重い、お前が思っているよりもずっと重い。
それだけでもお前は十分に仕返しできたと思っている。
それでも異動先で部署のことを話すならば容赦しない。
異動は10月1日から。明日からや。」
一息で話し終わると課長はすっと席を立って部屋を出て行った。
10月
情報運用部の異動初日。
私が所属するのはシステム第2運用チームという。
席に案内されるとその席には同期がいた。今回の異動は同期が開発部門に異動することに伴うものだったらしい。
周りは同期同士だから引継ぎも楽だね、と言っていたが私も同期もとても気まずくお互いに目を合わせなかった。
同期とは事務的な引継ぎだけをした。
この部署では開発された金融システムを実際に業務部門が業務で使用するための移行、移行後に発生するシステム障害対応をメインとするチームだった。
部内には4チームありシステム第1運用チームがメンバーの数が一番大きかった。
業務システムの数や業務量は第2運用チームのほうが多いとのことだった。
私のチームには課長、先輩社員1名、私という3名の正社員と8名の派遣社員で構成されていた。
私には災害対策時のシステム切り替え担当とシステム障害発生時の対応をメインにするということに決まった。
災害対策業務は過去一度も目標通りに成功したことがないという社内でもいわくつきの業務だった。
地震など大規模災害が発生した際に災害対策用に構築している業務システムを起動させ平時と同じように業務を遂行させるというものだ。一般的にはBCPと呼ばれている。
災害対策システムの起動と並行して人員も安全な事務所に移動して業務を行う。
システムの起動と人の移動、この2点で毎回どちらかが躓いて失敗し、責任のなすりつけ合いが部署、チーム同士で行われているという。
指導役という先輩社員からは「あとは任せた」とだけ言われ私と派遣社員1名で対応することになった。
派遣社員の方は気さくな方でいろいろなことを教えてくれた。一通り仕事の話が終わった後に
「君ってあの情報基盤部から異動してきたんだってね。よく異動できたね。あそこは正社員も派遣社員も何人も退職している社内一ヤバい部署だよ。いい噂なんて一つも聞かないよ。」
「やっぱりそうなんですね。私もあの部署であったことを話したいと思っているんですが監視されているみたいで・・・」
「だろうね。あの部署の人たちはそうやって他部署にスパイみたいなのを潜り込ませ情報収集したり遠隔でいじめしたりしてやりたい放題だからね。特に君のOJT指導役だった人たちって社内で一番危険な人物やからね。」
と声を潜めて話していた。
私が監視される理由もおそらくOJT指導役の秘密を知ってしまったからだろうと考えていた。
通称”失敗したことがない人”。歴代1番のスピードで出世し労働組合長に君臨している若手のホープ。
彼と一緒に仕事をしたことがない人は彼を羨望のまなざしで見ている人も少なくなかった。
しかし実態は違っていた。
プロジェクトが失敗しそうな状態になると派遣社員に責任を被せて強制的に会社から追い出していた。
追い出すために自分の取り巻き達を使って悪評を流したりしていた。
それでも抵抗する場合は会議室に呼び出し暴力を働いていた。
私は一度だけ会議室に先輩社員を呼びに行った際にそれを目撃していた。
彼らもそうすることが日常になっていたようで自席では声を潜めつつも責任をどうやって派遣社員に負わそうかとメンバー同士で話していた。
席が隣だった私にはその手の話がよく聞こえていた。
彼らの予定では私は精神を病んで退職するという手筈で、日常的に罵声を浴びせていたのでその通りに進むと考えていた。
それが私が休職してさらに中途で新しく入ってきた人事部員にそれまで受けていたハラスメントを打ち明けるという想定外なことしていることをして相当焦っていたらしい。
既存の人事部員であれば黙殺するのだが中途で熱意をもって入社していたのでその手の話に興味を持って調べてくれていた。
彼は私が情報基盤部に戻ってからも情報基盤部のまともな人にそのことを話して私を守ってもくれていた。
幸いにして私は退職に追い込まれることもなく情報運用部に異動することができた。
情報基盤部と情報運用部は密に親交があるわけではなく情報基盤部はどの部署も見下した雰囲気で仕事をしているらしく他部署からは嫌われている様子だった。情報運用部は特に見下されていたので好意を持っている人はほとんどいなかった。
それでも他人の弱みを握ったりしてスパイに仕立て上げられている人はいるとのことなので油断してはいけないとその派遣社員の人は教えてくれた。
その後私は情報基盤部で私に仕事のいろはを教えてくれた人のアドバイスを守りつつ仕事に励んだ。
今まで仕事らしいことをしてこなかったので新鮮な気持ちで仕事に打ち込むことができた。
懸念していた災害対策訓練は初めて成功することができ部長から褒めれるという事態になった。
部長クラスは殿上人と呼ばれていた。
一般社員が直接口を利くことはほとんどなく部長からも直接会話することもない。
飲み会でも部長の脇を固めるのは副部長、課長や一部の女子社員だけで男性の一般社員は同じ卓に座ることもなかった。
社内の部長のポジションがそういう状態なので部長が一般社員を褒めるというのは望外の喜びと言っても過言ではなかった。
仕事は多かったがやりがいのある日々を過ごさせてもらった。
ある日私が出社すると一通の会議通知のメールが届いていた。
”会議室に来い”
とだけ書かれていた。差出人は別のチームの正社員でいくつか年上の先輩社員だった。
私は指定された時間に会議室に行くと先輩社員が立ったまま睨みつけてきた。
「お前この前の飲み会で俺の悪口を言っていたんだって?」
私はなんのことかわからなかった。私は情報基盤部の飲み会でひどい扱いを受けていたので飲み会がトラウマになり会社の公式な飲み会や同期の飲み会であっても断っていた。
飲み会に参加していませんと言ったが
「お前が俺の悪口を言っていたと何人も証言している。嘘をつくな!謝れ!!」
あまりにも突然で大声で怒鳴られ私は咄嗟に頭を下げて謝罪していた。
ある時、私に仕事を教えてくれた人から飲み会の誘いがあった。
私が参加していない飲み会で私が悪口を言っているという話があったので参加をやめようかと思ったがお世話になった人だったので参加した。
飲み会で情報運用部の話をして、悪口事件について相談した。
「こちらでもあいつらが君に不穏な動きをしていないか目を光らせているが目立った動きはないね。人事部も同じようだ。
その件は別の人が絡んでいるのではないだろうか。今までの彼らのやり口からすると回りくどいやり方だね。
私も今まで声を上げていなかったから同罪だが、あいつらは何人も退職に追いやっているしその数を自慢しているくらいだ。
今回の件は君に罪を着せているが退職に追い込もうという雰囲気ではない。」
冷静な分析に頭が冴える気分だった。
情報基盤部以外にも敵がいるという状況。嫌な気分であったが今度は負けないという気持ちを抱いた。
数週間後、また別の部署の面識のない先輩社員から呼び出しを受けた。
廊下で会い軽く挨拶をするとやはり私が飲み会で悪口を言っていたという話だった。
その人は温厚そうな人で私が情報基盤部で休職に追いやられたこともしっていた。
本当に悪口を言っているのかと聞かれ、「そんなことしていません。」ときっぱりと言った。
そしてその飲み会に誰が参加していたのですかと聞いた。
何人か名前を挙げたときにピンと人物の名前があった。私の同期だ。
悪口もその同期が私が悪口を言っていたんですよ、と飲み会で話していたとのことだった。
同期は以前私にボーナスが支給されたときに私に文句を言いに来た彼だった。
私は会社の出口で彼が出てくるのを待つことにした。
私は残業続きなのに定時帰りする人がとても多いことに驚いた。そう思えば情報運用部でもほとんどの人は18時には帰ってしまっていることに気が付いた。
定時後しばらくすると彼は一人で出口を出てきた。
私は彼に近寄り飲み会の件を聞いた。
最初はしらばっくれていたが何度も聞いているととうとう話し始めた。
「同期のあいつから飲み会で悪口を言ってしまったらお前が言っていたと言えばいいと教えてくれた。」
あいつとは同期で早〇田大学卒の人だ。
研修中は席が離れていたり一緒のグループになることがあまりなくかかわっていなかった。
同期16人で同じ部屋で同じ研修を受けていたのに飲み会や朝の挨拶くらいしか会話した記憶がないというのも違和感があるくらいだった。
私は後日また会社の出口でその彼が出てくるのを待つことにした。
幸いにも彼もまた一人で歩いていた。
私の姿が見えるとあからさまに嫌そうな顔をしているのが遠目でもわかった。
件のことを話すと
「お前がいけない。お前の信用がないからみんなお前が悪口を言っていると言えば考えもしないで信じるんだよ。君の自業自得だな。」
「何がそんなに気に入らないんだ?俺を退職に追い込みたいのか?」
私が問いかけると
「お前がいると邪魔なんだよ。俺らの世代が社内でなんて呼ばれているか知っているか?俺とお前が近年の双璧だとよ。地方Fランの底辺大学と俺の早〇田が同格?ふざけんな!」
彼は不機嫌なのを隠そうともせず
「俺が今までどれくらい努力してきたと思っているんだ?それが碌に努力もしてこなかったやつと双璧だと??あいつらの目が節穴すぎて呆れるわ。
お前がいじめられて休職したと聞いたときはそのまま退職するのだと思っていたよ。ざまぁみろってな。
それが復職して最近だと仕事もできるようになってきたと聞いた時の俺の気持ちがわかるか。
腸が煮えくりかえる気分をよぉ!」
普段は冗談を言って周りを賑わしているクールガイのような彼からは想像もできないほど醜悪な姿だった。
彼はそそくさと歩き出した。これが彼と私の最後の会話になった。




