情報運用部 2014年4月~2015年4月 ⑧
翌日私は昼休みに同期女が1人でいるところを狙って話しかけることにした。
「昨日、君と課長が一緒に帰っているところを見た。
社内で不穏な噂が立っている。
噂を流す奴が悪いのは明らかだけど噂が立つようなことをするべきじゃないと思うんだ。
前のうちのチームの飲み会でも飲み会後店の前に集まった際に二人だけいなかったというのがあった。
二人が別々に帰ったかもしれないと思う人ばかりではない。
そういう小さなところからも噂は立つんだ。
一緒に仕事をしているから距離を開けるのは難しいかもしれないが誤解を招くようなこと避けたほうがいい。」
言い終わるころには同期女の顔は紅潮していた。
目をカッっと見開き私を般若のような表情で見ていた。
女性の激昂した顔を始めて見た。
「お前はなんなんだよ!
昨日つけていただと!ストーカーじゃねぇか!
私があの人と何してようがお前には関係ないだろ!
同期だからってなれなれしく話しかけてんじゃねぇよ!
気持ち悪いんだよ!」
彼女は足音がドスドスと聞こえるのではないかという雰囲気で歩き出していた。
私はその後ろ姿を見ながら、社内の噂が本当なのだと確信した。
社内で私がさぼっているという噂が一向に消える気配がなかった。
そんな時システム障害対応で休日出社した翌日休日出社分を勤怠システムに入力し承認ボタンを押したところすぐさま却下された。
承認者である課長が却下したのである。
「なぜ却下したのですか。私は出社していますよ。」
「俺はお前が出社していたのを知らん。」
「いや、連絡しましたよね。でもあなたは電話に出なかった。」
「上司が出社の許可をしていないのに勝手に出社して働くのは部下失格。」
「なぜ昨日の私からの電話に出なかったんですか。2回かけました。」
「3回かけていたら俺は出ていた。
間違い電話の可能性があったし、別の人に電話しようとして間違って俺にかけたのかもしれない。
おまえが3回目の電話をかけなかったのがいけない。」
「屁理屈でしょう。結局私は会社に出社してシステム障害対応をしているんです。これは業務です。」
「認めん。部下の暴走を止めるのが上司の仕事だ。
上司の許可なくした仕事は仕事じゃない。自己満足だ。」
「あなたにシステム障害対応ができるんですか。
いつも事務所の後ろのほうで腕組みして突っ立っているあなたが。
終わったころにやりきったみたいな表情で輪に加わるあなたにできるのですか。」
「あれはシステム障害対応の全体を把握するために遠くから見ている。
部下の動きに問題がないか上司として責任をもって俯瞰してみている。
今回の出社は絶対に認めん!」
そう言って課長は引き下がらなかった。
私は諦めて休日出社の勤怠を取り消した。
頭に来ていたのでその日は定時に帰った。
「なぜ昨日すぐに帰った?
お前が残業しないなんておかしいだろう。」
翌日出社すると課長が詰めてきた。
「残業しろと指示を受けていないので指示しましたか?」
「なんで俺がお前ごときの仕事を指示しなければならん。
指示待ち部下とか使えないやつの代名詞だ。
アメーバ経営ってのを知らんのか。
部下が能動的に判断して動く、できるチームというのはこのようにして成り立つ。
お前はまだそのレベルじゃないのか。」
その日からだろうか平日の残業代の申請も一切認めなくなった。
何を言っても「俺は残れって言ってない。仕事が業務時間内に終わらないのはお前のが無能だから。
他のメンバーは残業をほとんどせずに帰っている。」
当時の私の仕事量は先輩社員の2倍以上だった。
週次の進捗報告書を各自が作成するが他のメンバーがA4用紙1枚に収まっている中私だけA4用紙2枚になっていた。
仕事が多いことはこの部署に配属されたときから感じていたがこの課長に代わってからというもの評価が低く手間のかかる仕事の割り当てが増えていった。
仕事が多いので減らすように要望をしても
「俺がお前くらいの時はがむしゃらに仕事していたわ。
いや、お前よりも多くの仕事をしていたね。
残業代をもらおうなんて考えたこともなかった。
むしろいろんな経験をさせてもらって上司には今でも感謝している。」
と言って仕事が減ることはなかった。
ある朝いつもの時間に出社し椅子に座ると横にいる先輩社員から話しかけられた。
「あのさー。周り見て気づかないかな。
君以外みんな働いているよね。
どう思う?」
「勤務開始時間は9:00です。
私は遅刻していません。」
「そういうのを協調性がないって言うんだよね。
社会人ならさ。1時間前には来て仕事するよね。」
(何言ってんだ。8:45とかではなく1時間前だと。しかも全員その時間に来てるのか。)
「話聞いている?
朝から仕事すると気持ちいいよ。
電車もすいているから移動も楽だし。」
「それって残業代でてます?
1時間前にきて資格の勉強するとか好きな本を読むとかではなく仕事するなら残業代を出さないとおかしい話ですよね」
「何言ってんの。金かねカネってさ、恥ずかしくないの。
人生ってお金じゃないよ、もっと素晴らしいものあるんだよ。
そういう守銭奴な考えって和を乱しているよ。」
「仕事なら残業代を出す。普通ですよね。」
「いやいやこれは努力だから、自主努力。仕事じゃない。」
「それなら何をしていてもいいですよね。資格の勉強とか。」
「わっかんないかな。みんな仕事している中で1人資格の勉強とか遊んでいたら迷惑でしょ。
そういうのイメージできないの?バカなの?
どこの会社が努力にお金払うんだよ。」
「この会社はただでさえ謎の計算式で残業代を払おうとしないのに努力だから仕事ではないけど仕事以外をしたら許さんって落ちるところまで落ちているじゃないですか。」
先輩は黙ってただ私を睨むだけになっていた。
その先輩の横に座っている課長の不満な横顔が見えていた。
その日の打ち合わせに私は派遣社員と一緒に参加することにした。
普段は私の下で働いている派遣社員は事務処理中心か私が資料を作成する際の調べものやアドバイスをお願いしている10歳以上年上の人だった。
男性に声をかけて会議室に入った。
部屋には他部署から参加しているプロジェクトメンバーとその派遣社員が数名いた。
「今日、1時間前出社をしろって言われたんですが、みなさんの部署ではどうですか。そういう動きはありますか。」
「んー。うちだと数名しているかな、とは言っても強制ではなく朝の通勤ラッシュが嫌で電車で座りたいからって人だね。」
「そういう人は昔から数名いますね。出社しても本読んだりして仕事をしているって感じではないですよね。」
プロジェクトメンバーの中で私の次に若い人が話し始めた。
「私も少し前に言われましたね。
みんなやってんだから来いって言われて、逆らったらヤバそうなんで今は時折行くようにしていますけど。」
他の参加者がマジで!と驚いた。
「実際に行ったら数人しかいないんでみんなじゃないじゃんって感じですけどね。
私も朝起きれませんでしたーって言って普通の時間に行ったりして回避してます。
だってあれって残業代でないですもん。
絶対に残業代は出さない。これは自主努力だって言われて誰がでるのって感じですよ。」
「情報運用部だとほとんど1時間前出社ですね。
元々早く来ている人ってのはいましたが今はほぼ強制って感じです。
ここ2週間くらいですかね。
私たち派遣社員にも自主努力で来いって言われていますよ。
まぁ我々は派遣社員ですので契約上できませんと拒否していますがどこまで断れるかはわからないですね。
われらのチームの課長が言いだしっぺですよ。」
と同行した派遣社員が話した。
「今日とうとう私さんにも話がありましたね。
私さんが出社する前に課長が先輩社員に指示して”先輩なんだから後輩を従わせられないでどうする。
お前はあいつに見下されてバカにされてんだぞ。
お前が先輩として見られているならあいつは指示に従うはずだ。
明日から1時間前出社させろ”って言っていましたよ。
まぁ見事に玉砕していましたが。」
ハハハと笑いながら彼は話した。
「狙いとしては派閥の敵になるやつをあぶりだすって感じかね。」
ため息をつきながら参加者が話す。
「えっ?業績が良くないからサビ残して貢献しようって話って聞きましたが」
すでに1時間前出社をしている参加者がそう口にした。
「いやいや、うちの業績って親会社の意向で決まっているから業績に上げ下げはないよ。
ホームページに掲載されている決算書を見てみるといい。毎年同じ利益額になっているから。
・・・たまにね。こういう無茶なルールを言い出す人がいるんだよ。
派閥の結束を高めるって感じかな。
俺の無茶振りについてこい!って従えない奴は序列を下げるぞって。」
みんな口々に怖いなーとか、くだらないとか言ってため息をついていた。
「この様子だとほかの部署にも波及する可能性が高いね。
こういうのはある程度の人数がやりだすとそれが当たり前になるからね。
染まらないように注意喚起したいがそれすると派閥から敵認定されるから下手に動けないのよね。」
「無茶なルールを作るのではなく、15分前出社でいいぞとか言えないのがThe派閥って感じですね。
苦しい試練を乗り越えたものが寵愛を受けられるって感じかな。」
と私は話を締めくくり、打ち合わせを始めたのだった。
打ち合わせが終わり次の打ち合わせに参加するために次の会議室に移動するときに同期とすれ違った。
私が休職明けにボーナスが出たことに腹を立てて文句を言いに来た彼だ。
すれ違いざまに呼び止められた。
「お前のせいで俺は先輩社員さんに怒られた。」
「俺関係ないんじゃない。
その人と仕事で関わってないし。」
「お前この前の資格試験で合格したんだってな。」
「あーそうだね。合格したね。もしかして落ちたのか。」
「落ちたのかじゃねーよ、お前が合格しやがって、俺がたまたま落ちただけだ。
体調がよくなかっただけで実力通りなら俺だって合格していた。
お前が受かったことと俺が落ちたことを先輩社員が知ってチームの恥さらしがって怒られたわ。」
資格試験に合格すると人事部に資格取得申請書なるものを提出するルールがある。
人事部は提出された書類に従って報奨金を支払ったり人事情報に追加したりする。
資格取得をしても個人の業績上大したプラス評価にはならないが落ちてしまうと出来損ないのレッテルを貼られる。
そしてその合否結果はどれだけ秘密にしていても人事部より社内に漏らされてしまう。
課長が人事部から私の上司に異動したがそれでも人事情報をべらべらと話す輩がまだあの部署には残っているようだ。
申請書は作成した本人が直接人事部に提出するので上司の承認印が要らないのだ。
自分が話さなければ人事部しか漏らす人がいない。
私は入社時点からネタ採用と言われて期待をされていない社員だった。
その後休職もしている。
社内の多くの人はそういう情報くらいしか知らないのだろう。
そんなやつが合格した資格に落ちたやつがいる。しかも同期となれば格好の笑いの種になったに違いない。
彼は「なんで俺がバカにされなきゃならないんだ。こんなやつよりも下なわけがない。」とブツブツと言いながら去っていった。
人を見下すのは好きだが見下されるのは嫌いとな。私は呆れてため息しか出なかった。




