15 ぶどう酒と罪過Ⅲ
「馬鹿な奴だな、お前は」
そう言って、グラスを遅れて空けるのが私にできる精一杯だった。男はそれも見越していたのだろう。私に花を持たせるようにして、やがて大きく口を開いた。
「女のためなら馬鹿にだってなるさ。だからさ、フラン。明日は俺を、連れていけよ」
「……ダメだと言ったら?」
私はその気がないように窓の外に目をやった。私の返事などほとんど決まっていたようなものだが、こう言った方が男が喜ぶような気がしたのだ。
「いい話があるんだ。俺の依頼人のことだ」
「お前には守秘義務もないのか?」
「いいのさ。依頼人の利益のためだからな。実はさ、その依頼人っていうのが、めちゃくちゃいい女なんだよ」
「なるほど。そいつが目当ての女か」
「あぁ、そうだ。ローブ越しながら、こうグッとくるスタイルもいいんだが、困ったように笑うあの控えめな表情も、またたまらないというかさ、とにかく俺が出会った女の中でも、あれは指折りだね」
「そんな女がそうそうこんな田舎にいるものか。猫に化かされでもしたんじゃないのか?」
私は半信半疑だった。女たちから可愛いと聞かされていた女にがっかりすることがあったし、男たちからは、そうでもないと聞かされた女に目を見張るようなこともあった。
要するに、男だろうと女だろうと、特別な女優でも相手にしない限り、人は綺麗な女については語り損ねてしまうということだ。
「これは途中で躓いた女を抱きかかえたときのことなんだが――」
その間、男は胸の辺りに手を当てた上で、おもむろに私への抗弁を始めていた。
大切なものを何ひとつ漏らすまいという、男にしてはいくらか神妙な面持ちでだ。
「ちゃんとここでな、ふたつのおっぱいが互いに波を打って弾ける感触があったのさ。俺も決して知らないワケじゃあないが、『あぁ、これがおっぱいか』と、あのとき俺は思ったね」
「……続けてくれ」
深く息を吐いた私は何度か頷くだけで男を止めなかった。たった今、当の女について疑いようのない事実を、男が口にしたためだ。
「そんな女がだな、『叶えてくれたら、何でもします』って、潤んだ瞳でこう言うんだ」
「お、お前はそれで、何を願った?」
「そりゃあもう、決まってるさ――」
あれをこうして、ああして、もうこれもんよ、と男は私の耳元でそのように囁いた。
どれだけ卑猥なものかは明言こそされなかったが、身振りからして、それが痛く恥ずかしい願いであることは十分に察せられた。
「で、女は?」
「恥ずかしいけど、それくらいならって」
私は目を閉じて大きく頭を擡げた。
すっかり酔いが回って不意に意識を刈り取られた酔客のような恍惚が、そのとき私の脳裏をにわかに掠めていったからだ。
「……クレメンス、だったな?」
「いいや、人違いだ」
「お前のその恥ずかしい願い、叶えてやってもいい」
「ほ、本当か!」
「ただし――」
いつしか私たちの主たる目的となったぶどう酒の最後の瓶を空けながら、私が先だ、と私は男に約束させていた。
おうよ、と応えた男の目はすでに閉じかかっていたが、たとえ朝になって男がすべてを忘れていたとしても、私はこの男を神域へと連れていくのだろうと思った。
何を話したかは互いにもう定かではないが、私たちは今夜、そういう関わり方をしたのだ。
「おい、そろそろ寝るぞ」
私は男の頬を――傷のない方の頬を――叩き、男に用を済まさせ、自らも花を摘んでから、互いに歯を磨いて、それから男をベッドに促した。
男は何やら呟いていたが、襟に葵を挿したような染みのあるシャツはそのままにし、寝心地の悪そうなズボンだけは剥いでやると、どうやら私の寝床を案じているらしいと判った。
「一緒に寝れば、済む話だろう」
その夜、私は男のベッドで男とともに眠った。
男はひどく渋ったが、寝具はひとつしかなく、今さら店主を煩わせてよい時間でもなかった。
我慢が利かなければ、私を起こさない程度に事を済ませてほしいと伝えると、男は得意の挨拶もなく、壁に鼻を擦りつけるようにして先に眠ってしまった。
おかげで私はこれという障りもなく、男の背中を指で撫でながら、ゆっくりと眠りに就くことができたのだが。
翌朝、男の匂いのする髪を梳かした私は、床に脱ぎ捨ててあった下着をまといながら、いつまでも眠り込んだ邪気のない男の寝顔を見つめていた。
やはり人好きのする、どこか憂いのないその顔を見ていると、この男はこれで案外、手先が器用なのかもしれないと、そんな馬鹿げたことを思いながら、私は男の熱の余韻に浸ったままの乳房にそっと手をやった。




