第三話 竜との戦い-8
戦況は膠着状態と言える状態ではあったが、それはアリアドリが意図的に作り出しているものだと言う事は二三一には分かっていた。
この意図的に作られた空白の時間は、ここに残っている非戦闘員を逃がせと言う、アリアドリからの気遣いである。
あからさまに怪しい雰囲気を持つアリアドリだが、彼の女王に対する忠誠心は疑いようのないものだと、二三一は感心していた。
この竜の谷の反乱も、アリアドリには明確な勝利条件があり、その過程の中で避けて通る事の出来ないモノが、メルディス軍との戦闘である。
正直なところを包み隠さずに言えば、メルディス軍と言っても装備は劣悪で、戦闘に関しては亜人と言う身体能力に優れているだけの素人集団であり、脆弱とさえ言える程度の戦闘能力しかない。
その集団を軍として機能させているのは、エテュセと言う規格外の兵器を有しているからだ。
アリアドリの本当の狙いはエテュセを戦場に呼び込む事。
竜と言う化物が本当に強者を求めて戦い続けると言うのなら、エテュセほどの獲物は無い。
世間一般的には何故かエテュセは短気で好戦的と思われているが、圧倒的な暴力を有しているためにそう思われているだけで、実際の彼女は好戦的ではあっても短気ではない。
怒った素振りはよく見せているが、二三一は彼女が怒り狂っているようなところは見た事が無い。
基本的には話し合いを好み、圧倒的な暴力を振り回す事を最初に選ぶような人物ではなく、その暴力を振るう時にも感情に任せてと言う事もないくらいだ。
そのエテュセを確実に戦場に引きずり出す方法があるとすれば、それはエテュセではなく周囲から彼女を動かすように仕向ける方が可能性は高い。
その為に二三一をここで殺す事で、メルディス女王からの報復と言う形でエテュセを戦場に出す事が出来る。
そこまで分かっている二三一がここに残る理由も、はっきりしている。
ここで二三一が死ぬ事は犬死ではない。
それによってラーとメルディスの結びつきは強固になり、末永い同盟関係を築く事が出来るのだ。
竜との同盟。しかもそれは絶対の信頼が置けるモノと言う保証付き。
アリアドリはその目的を、二三一に対して隠そうともしない。
命を賭ける価値があるかといえば、二三一はその価値はあると思う。
ただし、これはセーラムとの模擬戦以上に実力を示さなければならない。
「撤退は順調です。二三一さん、ガルムウィック様も急いで下さい」
二三一に言われ竜の谷に住む者達の撤退を指揮していた亜人が、二三一とガルムウィックに報告に来る。
「行かれてはどうかな? 元々貴方は客人であり、我々の不始末に付き合う必要は無い。姫も待っている事でしょう」
「必ず合流すると約束してしまいましたけど、多分俺が逃げると俺を追いかけてきます。そうなっては犠牲が多くなりすぎる。俺はまだ逃げられませんよ」
二三一は竜の動向を見ながら言う。
アリアドリが正面に立ち、その周囲には続々と竜が集まってくる。
その数は二十数体で、この竜の谷に住む竜の大半であるのに対し、こちらは非戦闘員を逃がしているので、続々と人数は減っていく。
その撤退を指揮する為に、女王側についた竜の一体はすでにこの場を離れ、バリケードの裏にはガルムウィックと二三一の他には決死隊が二十名程度しかいない。
この人数も、二三一とガルムウィックの説得に応じずにここを死に場所と決めた者達である。
本当の戦いの場は次の戦場だと言うのに、二三一とガルムウィックの二人では荷が重いと思われたらしい。
「そろそろ向こうも痺れを切らしそうですから、こちらも動くとしましょうか」
二三一はガルムウィックに言うと、彼は重々しく頷く。
「私はこれまで長く女王に仕えてきました。それこそ幼い頃から。ここで最期を迎える事になりますが、最期の戦場が貴方の様な方と一緒で良かった。女王の目指す理想の世界と言うのは間違っていなかったわけですから」
「と、言いますと?」
ガルムウィックの言葉に二三一は質問する。
「陛下はずっと竜のあり方を憂いていました。ヒトを矮小なモノと見下し、自らを驕る竜に未来は無いのではないか、と。ヒトとは信頼に足る生き物であり、共存にこそ竜の未来はあるのだと。もちろん我等竜はヒトに屈するを良しとしません。ヒトの武器は我等の鱗に傷すら付ける事も出来ず、炎の息は一吹きでヒトを消し炭に変える。欲に弱く、群れなければ何も出来ないヒトを信じると言う女王の言葉は妄言なのではないか、と私ですら疑いを持っていたのです」
ガルムウィックはバリケードからアリアドリの様子を見ながら言う。
「最初の転機は姫でした。女王が拾ってきた赤子は成長するにつれ我等を憧憬の目を向けるようになり、それが思いのほか心を打ちました。庇護欲とでも言うのでしょうか、ただ振りまくだけだった暴力の使い方を恥じるようになりまして」
「姫は竜に強く憧れていますからね」
「私の中でその時から女王の言葉が残るようになったのです。だから姫にはついつい口煩くなってしまいました。エスカにも私の理想を押し付けようとしてしまったかもしれません」
「エスカ君は立派な騎士になりますよ。貴方は間違っていなかった」
二三一がそう言うと、ガルムウィックは微笑む。
「そう言っていただけると死に甲斐もあります」
「俺達は無駄死にする訳ではない。そうでしょう?」
二三一はそう言うと周囲を見回す。
「こう言う演説は俺じゃなくて、姫様とかエテュセの役割だと思うんですけど。ガルムウィックさん、お願いします」
「いや、ここは私ではなく貴方の言葉で伝えて欲しい」
ガルムウィックに言われ、二三一は頭を掻く。
「俺達はここで反撃に出て、撤退した者達の為に死ぬ事になる。でも、これは無駄死にじゃない。……いや、違いますね。ここで語るべきはそんないかにもな演説ではありませんね」
二三一は苦笑いすると、改めて周囲を見る。
「俺はずっと失敗してきました。これまでに助けられたはずの仲間を大勢死なせ、勝てる戦いに敗れ、拾える命を落としてきた。もう死ぬ事でしかその罪は消えないと思いながら、それでも自分の命を自分で絶つ事も出来ず、本名も名乗れないままに生きてきた。このまま生きていても、多分俺は恥ずかしくて本名を名乗る事は出来ないままでしょう。でも、ここを生き延びる事が出来れば、仮に生き延びることが出来なくても、俺は今度こそ誇らしく自分の名を名乗る事が出来ると思います」
二三一はそう言うと笑ってみせる。
「俺は英雄になりたい。ここに残っている者は皆そうでしょう?」
その質問に、少数の集団は全員が頷く。
「英雄になりましょう。俺達の名は残ります。死を恐れる必要は無いですから、思う存分暴れましょう。俺とガルムウィックさんが最初に出てブレスを防ぎます。各々が英雄である自覚を持ち、竜に目にもの見せてやりましょう」
その言葉の後に、二三一とガルムウィックはバリケードを飛び出す。
それを待ち構えていたアリアドリは右手を振ると、ガルムウィックと二三一に向かって圧倒的な熱量の炎が視界一面に広がる範囲で吐き出される。
ガルムウィックは翼で炎を防ぎ、二三一は盾で炎を防ぐ。
広域の炎だが、ガルムウィックと二三一を焼く事は出来ず後方にもバリケードを焼き尽くすような事も無い。
炎が収まった時、後方から決死隊が飛び出して左右に展開する。
アリアドリの後方にいた竜達は、突然現れた獲物達を前にアリアドリの制止も聞かずに飛び出して乱戦になる。
もし二三一達が本気で勝つ事が目的だとすれば、この混戦は勝ち目の無い悪手である。
この戦いは、ただの滅びの美学だと言う自覚は二三一にもあった。
ただ矜持を示す為だけに命を落とす、何の生産性も無い戦いではあったのだが、これは必要な儀式であり、二三一やガルムウィック、この場に留まった決死隊達はこの儀式の為の生贄なのだ。
求められていた血を流す為の存在として選ばれたのが、二三一達である。
その結果は変わらなかったとしても、二三一は与えられた役割を演じるだけだ。
出来る事ならアリアドリに一太刀だけでも与えて、その心胆を寒からしめたいと思って斬りかかる。
しかし竜達も二三一の持っている剣が並みの剣ではない事は知っているので、他の者達との戦い方のように不用意に接近戦を挑んでは来ない。
翼や尻尾、爪の先端などで攻撃を仕掛けてくる。
竜にとっては牽制なのだが、その牽制であっても直撃しては二三一も致命傷になるので、盾で防ぐ必要がある。
決死隊とここにいる竜がほぼ同数である以上、二三一に複数の竜が襲いかかってくる事になるのだ。
決死隊は複数で一体の竜を相手にしていたとしても、次々と倒されていく。
ガルムウィックが二三一の背後を守り、二三一はガルムウィックの背後を守る形で戦っているが、それでも長時間の戦闘になると綻びが出てくる。
竜の一薙ぎはヒトに耐えられるモノではなく、決死隊が一人倒れる毎にガルムウィックや二三一の方へ竜は集まっていく。
アリアドリまでの道は実際の距離より遠く、もはや前にも後ろにも動くことは出来なくなっていた。
それでもガルムウィックは周囲の竜より圧倒的に強力な竜であり、鎧を身にまとっているとはいえ、その鎧より強固な鱗や強靭な翼は竜の爪や炎を防ぎ、その爪は他の竜の鱗を削り、肉を刻む。
二三一はこの場においての戦闘能力は極めて低い立場ではあるが、驚異的な盾や剣のお陰で戦う事は出来ている。
しかし、それは戦う事が出来ているというだけで、このまま消耗戦を続けたところで勝ち目はない。
竜達も二三一やガルムウィックの反撃によって軽傷を負っていくが、重傷を負って戦力外になるような竜はいないので、傷を負った竜は遠距離支援に切り替えてくる。
いかに強固な鱗や強靭な翼を持っているとはいえ、ガルムウィックも他の竜と比べての話であり、しかも一対一に限定しての強みである。
複数の竜に狙われてはダメージも溜まっていく。
二三一にしても強いのは盾や剣であって、二三一自身が攻撃に耐えられる訳ではない。
三体の竜の尻尾の同時攻撃によって、ついにガルムウィックの翼がへし折られる。
「残念だが、ここまでの様です」
片翼が歪に変形したガルムウィックは、片膝をつくと大量に吐血する。
翼が限界を迎えたのは見て分かる被害であるが、すでに竜の猛攻に晒されている間に内臓を傷めていたようだ。
「スキは一瞬だ。狙いは外すな」
「もちろん」
満身創痍であり、その命も風前の灯火でありながらガルムウィックは笑っていた。
片翼だけでも広げられる翼を広げ、立ち上がる事も出来ない体を剣で支え、それでもガルムウィックは周囲の竜に対し凄惨な笑顔を向ける。
だが、その威圧感でも竜の動きを止める事は出来ない。
複数の竜の尾がガルムウィックに叩き付けられ、ガルムウィックは絶命する。
この瞬間が勝負だった。
ガルムウィックにしても二三一にしてもお互いに話してはいなかったが、分かっていた。
アリアドリへの道が開くとすれば、竜が完全に勝利を手中に収めた時。それはつまり、二三一かガルムウィックが倒れた時である。
この二人だけは竜と戦う事が出来たが、それでも二三一などは武具によるモノなので、背面の死角だけはどうする事も出来ない。
またガルムウィックにしても二三一の持っている剣ほどの攻撃力は無いので、竜を倒すには時間がかかる。
つまりどちらかが倒れた瞬間に勝負が決まる。
アリアドリが周りの竜の中から姿を現すのは、この瞬間だけ。
勝利宣言の為に。
その予測通り、竜達は左右に分かれその中央にアリアドリが姿を見せる。
二三一は盾を投げ捨て、アリアドリに突進する。
もう防ぐ為の盾は必要無い。
放たれた一矢。
直線的な動きであれば、ヘビー級ファイターである二三一でもかなり早い。
まして竜は密集しているなか左右へ寄っているので、腕を振るのも尻尾を振るのも炎を吐く事すら制限されている。
鋭く接近した二三一はアリアドリを剣の間合いに捉えると、剣を振り上げる。
並の相手であれば一刀両断出来たかもしれなかったが、アリアドリは僅かに眉を寄せると、二三一に右手を向ける。
何かが光ったように見えた時には、二三一の右腕は宙を舞っていた。
「俺の事は構うな! その剣を女王の元へ!」
凄まじい速度で飛来してきて二三一の右腕を空中で捉えたエスカに向かって、二三一は叫ぶ。
「盾も向こうにある! 頼む、俺の代わりに女王へ届けてくれ!」
二三一はエスカの行動を確認せず、そのままアリアドリに体当たりする。
エスカは二三一の使っていた剣を振って一度着地して二三一が投げ捨てた盾を拾うと、地面を蹴って凄まじい速度で飛び去っていく。
「なるほど、わざわざあのタイミングで剣を振りかぶったのは、私への攻撃ではなく、剣を渡す為だったというわけですか。さすがですね」
体格的には細身であるアリアドリだが、二三一の体当たりを真正面から受けてもびくともしない。
それどころか、二三一は逆に跳ね飛ばされてしまった。
仰向けに倒れた二三一だが、もはや立ち上がる事も出来なかった。
「せめて名を名乗りませんか? メルディス女王にも陛下にも最期まで勇敢に戦ったと伝えますよ」
周りの竜を制しながら、アリアドリは倒れたままの二三一に言う。
「そうですね、ようやく俺も名を取り返せたと思います」
二三一はアリアドリを見ながら、笑って答える。
「俺は女王の為の存在である『二三一』ですよ」
その言葉にアリアドリは大きく息を吐き、苦笑いする。
「ありがとうございます。これで私も徹底的に悪役を演じる事が出来そうです」




