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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第三話 竜との戦い-7

「女王に姫様? 一体何事ですか?」

 翼手竜ケヴィンに乗るエテュセは、竜の谷の場所も知り、他のモノと比べて機動力も極めて高いので先頭を進み、野盗警戒として自ら見張りを勤めていたので、夜の闇の中でも異常に目立つ二人を見つけた。

「エテュセ? ではメルディス軍の陣?」

 セーラムが女王の前に立って尋ねる。

「姫様、どうしたんですか、こんな夜中に」

「色々と。メルディス女王にお会い出来ませんか?」

 ラーは、エテュセに向かって尋ねる。

「それはもちろんです。こちらからお願いしたいところですが、アリアドリは一緒では無いのですか? それに二三一もいないみたいですが」

「アリアドリの反逆です。今、二三一さんやエスカ、ガルムウィックが殿軍として谷からの追手を食い止めています。エテュセ殿、一刻も早く女王へ報告して下さい」

「分かりました。このエテュセが、女王の元へご案内いたします」

 エテュセはそう言うと、ラーとセーラムをメルディスのところへ案内する。

「でも、アリアドリが反乱? ちょっと信じられないんですけど」

 道中急ぎながら、エテュセはセーラムに尋ねる。

「間違い無いわよ。亜人の集落を襲わせ、守護のガルムウィックらを女王から引き剥がして襲いかかるところを、二三一様が殿軍として時間を稼いでくれているわ。でも、長くは持たないはず。急ぎ救援に向かわないと」

 セーラムは焦っているようだが、アリアドリが指揮していると言うのなら、追手をその程度で止められていると言う事は、最初から女王は狙っていなかったのではないかとエテュセは思う。

 女王であるラーを狙っていないと言う事は、王の座を狙っていると言う訳ではない。

 そもそもアリアドリは、女王に対し絶対の忠誠を誓っていたはず。それが言葉だけでなく、女王に心酔していたのはエテュセも見ている。

 そのアリアドリが反乱と言われても、すぐには納得出来なかった。

 が、夜中に女王と姫が本来の住居から出て救援を求めていると言う事実を考えると、疑う事も出来ない。

「アリアドリは何を考えてるんだろう。谷の竜を集めたところで、女王に敵うとでも思っているのかな?」

「そのつもりだから、こんな馬鹿なマネをしてるんでしょう?」

 セーラムは苛立って言う。

 その通りなのだろうが、エテュセには疑わしいところでもあった。

 ラーは巧妙に牙を隠しているが、他の竜ならともかく、アリアドリがその事に気付いていないはずもない。

 それともエテュセがアリアドリを買い被っているだけで、意外と他の竜と大差無い程度の存在だったのかも知れない。

 エテュセには、そうは思えなかった。

 その程度であれば、確実に女王に追手を出し、何が何でも女王を討ち取ろうとしたはずだ。

 何か考えがあるとは思うのだが、情報が無く判断のしようがない。

「女王陛下は何か心当たりはありませんか?」

 エテュセは尋ねてはみたものの、基本的には温厚で柔和なラーがアリアドリの陰謀に何か思うところがあるとは思えなかった。

「実は、思い当たる事があります」

 それだけに、ラーのその言葉に驚かされた。

 決してラーを侮っていた訳ではないのだが、疑うくらいなら騙されるのを心情としているような女王だと思っていたのだ。

 そんな事では女王など務まらないのだが、その為に汚れ役のアリアドリがいた。

「女王陛下、それは何ですか?」

 そう尋ねたのはセーラムである。

「私も疑念でしかないのですが、メルディス女王にお伝えしたいと思っています」

 ラーは険しい表情で言う。

 その表情から、ラーの推測ではアリアドリは単純に反乱を起こしたと考えていない事が、エテュセには分かる。

 何事に対しても笑顔で悠々としてきたラーのこれほど険しい表情は、少なくとも竜の谷でエテュセは見たことがない。

「女王陛下はご就寝ではないのですか?」

「叩き起す。寝てる場合じゃないでしょうから」

 エテュセはそんな事を言っていたが、メルディスはまだ横にもなっていなかった。

「女王陛下、火急の報せが入りました」

「エテュセ、らしくない事言ってるけど何事よ」

 女王といえど、行軍中と言う事もあってテント暮らしであるのだが、メルディスも女王歴の浅い亜人であるので、雨風を凌ぐ屋根と寒さを耐える毛布さえあればそれで良いと言うくらいである。

 実際、女王のテントと言っても、テントの中にあるのはテーブルの他には簡易ベッドと旅荷物くらいしかない。

 簡易ベッドも台座に藁を乗せ、その上にシーツを敷いてその上に横になって毛布を掛けると言う、とても一国の女王とは思えないようなモノだ。

「陛下、来客です」

 エテュセがそう言って、すぐにテントの中に入る。

「ちょ、せめて返事は待ってよ」

 メルディスはマントを羽織っていたが、おそらくその下は簡素な服であると思えるのだが、本人の雰囲気がそれであっても気品に溢れている。

「このような格好で失礼いたします」

 メルディスはそういうと、エテュセが連れてきたラーとセーラムに頭を下げる。

「いえ、こちらの急な来訪に対し親切なお計らい、恐縮です」

 ラーはメルディスの言葉にそう応え、頭を下げる。

 エテュセが椅子を用意し、ラーとセーラムを座らせると、自身はメルディスの後ろに控える。

 エテュセのこの立ち位置はメルディスの護衛と言うのが目的だが、メルディスの方がエテュセより上だと言う事を周りに見せつけるためでもある。

「火急の用件みたいですが、何事ですか?」

「恥を承知で言いますが、貴女の騎士である二三一様を反乱に巻き込ませてしまいました。彼が自ら殿を務めて私達を逃がしてくれたのです。今すぐに助けに行きたいので、手を貸して下さい」

 ラーはそう言うと頭を下げ、それをみてセーラムも同じように頭を下げる。

 メルディスは眉を寄せてエテュセの方を振り返るが、エテュセは小さく首を振る。

 エテュセ単身であればともかく、メルディス軍も長旅の疲れがある。

 また、ラーやセーラムも着の身着のままで逃げてきたばかりであり、これからアリアドリ率いる竜の集団と戦うのは難しい。

 もちろん戦いに行く事も出来るのだが、犠牲のリスクが大き過ぎるのだ。

 残酷かもしれないが、二三一には今夜を乗り切ってもらう必要がある。

 アリアドリが反乱を起こしたと言うのなら、最大のターゲットはラーであるはずで、そのラーに逃げられたのであれば二三一は人質としての価値が出てくる。

 政治家であるアリアドリが相手であれば、むしろ二三一は生き延びている可能性が高い。

 エテュセは自分にそう言い聞かせるが、あまりにも希望的観測である事も自覚している。

 あのアリアドリが同様の希望的観測だけで谷を扇動し、女王ラーに対して勝利を確信して反乱を起こしたとは思えない。

 反乱は勝利が目的では無い。

 もしエテュセがアリアドリの立場で勝利を目的として反乱を起こした場合、何が何でもラーを取り逃す事など無い。

 この火急の報せを持ってくるのは二三一やセーラムである事はあっても、ラーである事は有り得ない。

 つまりアリアドリの目的は、ラーを打倒して谷を支配する事ではないと言うのがエテュセの予測である。

「分かりました。明日の朝一から行動を開始いたしましょう」

「それでは遅過ぎます!」

 セーラムが立ち上がって言う。

「竜の猛攻に対し、いかな剛勇といえども朝までも持つはずはありません! 今すぐに出発しないと手遅れになります!」

 セーラムはまだ幼さを残した美しい外見であるが、その迫力は相当なものである。

 しかし、これまでギリクと言う人の姿をした禁術の魔物と対峙してきたメルディスにとっては、眉一つ動かさずに受けきる事が出来る。

「二三一さんを助けないのですか!」

「仮に今すぐ二三一を助けに行ったとして、もし二三一を助けるために私の部下の多数に死傷者が出た場合、彼は生きている事を悔み、苦しみます。私も彼を助け出したいですが、今すぐに向かってはその成功率が劇的に下がります。こちらが動ける様になるまで、最短でも朝まで待っていただくことになります。どうかゆっくり休んで下さい」

 慈悲の心と言うにはあまりにも冷徹な響きで、メルディスはセーラムに言う。

 熱くなったセーラムでさえ一瞬で凍りつかせる様に、メルディスは言葉で冷気を送り込み、セーラムを冷静にさせる。

「信じて下さい。もし貴女の身に何かあれば、殿を務めた二三一の行為が全て無駄になってしまうのです。エテュセ、彼女を休ませてあげて」

「はい、陛下」

「エテュセ! 貴女も分かるでしょう!」

 セーラムは食いついてくるが、エテュセはメルディスやラーに向かって頷くとセーラムを連れてテントを出る。

「無理よ。今の疲れ切った状態の私達では、足を引っ張る事はあっても救出に向かっても失敗するだけよ。もし多数の犠牲を出して二三一を救出出来たとしても、その時の二三一の苦しさは今の貴女の数倍でしょうね」

「見殺しにするつもりなの? 貴女なら単身でも行けるでしょう?」

「無理よ。私一人でアリアドリを倒せるかは分からない。もし二三一を助けたいのなら、竜は殲滅しなければならないでしょうから、いくら私でも上手くはいかないでしょうね」

「救出だけよ。それなら私と貴女なら出来るでしょう?」

「無理よ。貴女だって疲れ切っているから、朝まで休みなさい」

 エテュセの言葉に、セーラムは睨みつけてくる。

「私単身でアリアドリと竜の全てを相手にする事は出来ないでしょうけど、今の疲れている姫様なら、私一人で抑えられるわよ」

 セーラムが見た目と違って超人的な戦闘能力を持っている事は知っているが、それでもエテュセの敵ではない。

 残念だが、それは竜から見ても同じ事だろう。

 たとえ万全の状態であったとしても、セーラムではアリアドリと戦う事は出来ないくらいに差があると思われる。

「見捨てると言うの? 仲間なんでしょう?」

「見捨てる訳ではないわ。でも、二三一と同じようにここの兵達も仲間なのよ。それにアリアドリが……」

 言葉の途中で、エテュセは思い当たった。

 アリアドリが女王ラーではなく、二三一を逃がさずに狙ってきた理由は、メルディス軍を谷に引き込む為ではないのか。

 地の利を得ればエテュセの『ナインテイル』を防げると思ったのかもしれないが、もしそうだとしたら安く見られたモノである。

 が、アリアドリほどの知恵者の狙いがその程度とは思えない。

 他にも何か狙いがあるはずだろうが、それをエテュセは見抜く事は出来なかった。

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