第三話 竜との戦い-6
そうと決まれば、二三一の行動は早かった。
二三一に襲いかかった竜は、咆哮とも悲鳴とも分からない声を上げるが、それが竜の最期の声となった。
「あら、ちょっと意外ね」
切り刻まれた竜を見て、ルードレイは笑いながら言う。
「あんたは盾としての騎士であって、剣ではないと思ってたけど、見た目通り切れ味十分ね」
「剣と例えてもらえるとは、光栄に思うべきかな。さっきは羽虫だった訳だし」
軽口は叩くものの、ルードレイは先ほどの竜と比べ、遥かに油断ならないのは分かる。
先に竜をけしかけたのは、二三一の戦い方や戦力を観察する為であり、剣と盾に例えたのは二三一の持つ剣と盾が脅威であると知ったからだ。
簡単に接近戦は挑んでこない。
いかに強力無比な『よく切れる剣』であったとしても、これは剣であり、エテュセの『ナインテイル』の様に距離を自在に出来る訳ではない。
勝つためには接近戦しかないのだが、硬い鱗を持つはずの竜ですら、鱗も骨も無いかのごとく切り捨てたのを見ているのだ。
ルードレイの方が硬い鱗を持つと思うが、それでもこの剣の前にはさして意味は無い事も予測出来るだろう。
残る攻撃手段は、やはり炎の息、ドラゴンブレスくらいのモノだ。
二三一の予測通り、ルードレイは妖艶な美女の口から出たと思えない勢いの炎を吐き出してくるが、女王より下賜された盾はその炎を容易に防ぎきる。
「仲間を呼ばなくて良いのか? 俺は女の姿をしていても、敵であれば容赦はしない」
「大きな事を言うけど、だとしたら姫様には負けてないでしょう?」
じりじりと後退しながら、ルードレイはそれでも嘲笑してみせる。
「姫様は対戦相手であって、敵ではない。エスカにも、演習の竜の方々も演習相手であって、敵ではなかった。だが、今女王と敵対している者、亜人への暴虐を働く者は敵だ」
「綺麗事ね。素直に言いなさい、暴力を振るいたいと。あんたは盾ではなく、剣であると」
「何も分かってないな、貴女は」
盾から僅かに顔を出し、二三一はルードレイに言う。
「何だと?」
「剣を切るだけのモノだと考えているのか? 時に剣で攻撃を防ぐ事に何の不思議があると言うのか。貴女達の爪や牙と同じ、武器は武器としてしか使えない訳ではない」
「まったく、可愛げのない」
ルードレイは炎を吐くが、二三一の持つ盾から先にはまったく熱を通す事は無い。
「アリアドリを呼ぶべきじゃないか? 少なくとも、貴女では俺を倒すことは出来ないのだから」
「囀るな」
ルードレイの言葉から熱が急激に引いていく。
これまで妖艶な表情を浮かべていたのも、合わせて無表情になる。
「亜人如きが図に乗るな」
「亜人如きと侮るからそうなるんだよ」
「その通りではありますが、その剣と盾を持っているのであれば、それも仕方がないでしょう」
二三一とルードレイの戦う広場に、アリアドリとさらに二体の竜がやって来る。
「アリアドリ様!」
「まさか、その武具が敵になるとは思っていませんでした。これは私の手落ちですね」
アリアドリはルードレイを下がらせると、二三一の前に立つ。
こうして見ると、アリアドリは怪しく胡散臭いところはあるが、それ以上に暴力の気配が無い。
「とっくに逃げ出したと思ってましたよ。ヨソ者の貴方がわざわざ流血沙汰を好むとは思っていなかったものですから」
「俺も、こんなに早く貴方が前線に立つとは思っていませんでした。出てくるとしたら最後の最後、あるいは最後まで引きこもっているものと思っていました」
「そのつもりでしたが、どうにも上手くいかずに滞っているようでしたので、手遅れになる前に手直しに来ました」
アリアドリは笑顔で言うと、軽く右腕を上げる。
その手に合わせ、ルードレイを含む三体の竜はまるで翼の様に左右に広がる。
「その最たるところが貴方です、二三一さん。本名で呼びたいところですよ」
他の竜は殺気立ち、今にも飛びかからんばかりであるが、アリアドリだけは悠然と構えている。
こういうところは、エテュセとちょっと違うかもしれない。
エテュセの場合、もはや殺気どころではない物理的な圧迫感をもって、相手を威圧してくるところがある。
「貴方が女王や姫と一緒に逃げていてくれれば、こちらとしては簡単に谷をまとめられたはずですし、ルードレイもこんなところで足止めされてはいなかったでしょう」
「俺に止められているようなら、姫様にも敵わないさ」
「そうでもありません」
アリアドリは軽く言う。
「その盾は、おそらくは世界でも屈指の名品。音に聞く不死王の武具『破壊の斧』などでもない限り、傷も歪みも、埃すら付ける事も出来ないでしょう。もちろん、私達でもその盾を突き破る事は出来ません」
言葉ではそう言うものの、アリアドリはその盾を恐れている様子は無い。
「その剣にしても、稀代の名品。その剣の攻撃を止める事が出来るのは、貴方の持つ盾のような、異物でもない限り防ぐ事は出来ません。私の鱗をもってしても、おそらくは紙や野菜の様に切れるでしょうね」
二三一は盾で身を守りながら、アリアドリの言葉を聞く。
他の竜との違いがあるとすれば、アリアドリはこの剣と盾の事をよく知っていると言う事だ。
何か弱点があるのかも知れない。
「その盾に弱点は無く、その剣にも切れ味が落ちる事も後千年は無いでしょうね」
「で、貴方はどう戦うと言うのですか?」
二三一が尋ねると、アリアドリはにっこりと笑う。
「その盾に弱点は無くとも、欠点はあるのです」
アリアドリが右手を振ると、竜が三方から炎を吐く。
二三一はバックステップで距離を取ると、盾で防ぐ。
三体の竜のブレスを一度に受けても、まるで涼風を受けるようだった。
「貴方なら、お分かりでしょう?」
アリアドリは柔らかく言うが、二三一は絶望的な欠点に気付かされた。
「そう、それは『盾』なのです。その盾で防げぬモノは無いと言うべき脅威であったとしても、それが『盾』である以上、多方面からの同時攻撃を同時に防ぐ事は出来ないのです」
炎を受けた時、その炎が広がったとしてもそれが使用者には届かないようになっていたが、前後からの同時攻撃に対し、球体になって使用者を防ぐと言う事は無い。
「剣もそうですよ。その剣は想像を絶する切れ味を持ち、尋常ならざる硬度を持つとはいえ、それは剣。刀身を伸ばしたり衝撃波を飛ばしたり出来るような剣では無いのです。その盾、その剣で戦える範囲であれば無敵の暴威を振るう事が出来たとしても、その外からの攻撃、しかも多面攻勢に対しては厳しい戦いを強いられます」
アリアドリは諭すように言う。
「さて、その上で戦いを続けましょうか」
アリアドリは中央に控え、三体の竜を自在に操る。
あの三体を単体で戦闘に及ぶのであれば、勝算は十二分にある。
だが、アリアドリと言うリーダーが指揮を取っているチームとなっては、三倍どころではない。
リーダーの優劣において戦力が変わる事も理解していたつもりだったが、実際に目の前で見せられると想像以上だった。
人の姿をしたルードレイも含む三体の竜は、それぞれタイミングをずらしながら接近の隙を見せない。
しかしこのまま消耗戦を続けるのは、竜にとって計画通りなのだろうか。
二三一は盾で防ぎながら考える。
精神的に擦り切れそうになりはするが、竜の高温のブレスと言うのはそれほど制限無く吐き続ける事が出来るのだろうか。
竜の生体には詳しくはないのだが、人が呼吸するように炎を吐き続ける事など出来るはずもない。
少なくとも高温を生成しなければならないはずだ。
それを証明するように、三体の竜から一斉放射の炎は最初のアリアドリの合図の時だけであり、その後は三体の連携にズレがある。
もうしばらく粘れば、ブレスによる攻撃は継続できなくなるのではないかと思う。
アリアドリがそれに気付いていないはずもないのだが、中央に立って率先して戦闘に参加しようとはしない。
何を企んでいるかは分かったが、ここで何を見定めようとしているのかが分からない。
竜と言う生物は確かに尋常ならざる戦闘能力を持つ生物であり、通常であれば二三一が百人いても竜の一体にも及ばない。
しかし今は竜三体を相手に一歩も引かず、時間をかければその竜を撃退する事さえ見えてきている。
もっとも、最大最強の障害であるアリアドリはその数に入っていないのだが。
「まさか消耗戦なら勝てると、そんな事を考えているのでは無いですか?」
合図を送って攻撃を止めさせると、アリアドリは二三一に尋ねる。
「何故私が貴方に三体の竜を差し向けているのかを、もう少し重く受け止めてよく吟味した方が良いでしょう」
言葉巧みに惑わせようとしている、と思いたいところだが、アリアドリにそこまで姑息な手段を取る必要が無い。
それに、少し考えれば嫌でも分かる事だ。
剣と盾が優れていたとしても、二三一は一人の亜人。
竜の炎だけではなく、爪や牙、尻尾の一撃で致命傷になる。
そして、二三一が多方から攻撃された時、防げるのは脅威の硬度を誇る剣と盾の二方のみであり、もう一体の攻撃に対しては手立てが無い。
勝ち目が無い事は、言うまでもなく分かっている。
ここまでか。
しかし、アリアドリの前から逃げる事も至難であり、アリアドリが二三一の予想した通りの計画を考えているのなら、二三一を逃がす事は無い。
「命乞いしてみますか?」
アリアドリの言葉に、二三一は声を上げて笑う。
「ヒトのフリが上手いモノですね。貴方は正に化物。見事に化けたモノです」
二三一の言葉に三体の竜は一気に飛びかかろうとするが、
「待て」
アリアドリの一言で、三体はピタリと動きを止める。
「一対一では、私とてその剣と盾は手に余ります。ガルムウィック老も想像以上に粘り強いし、ここで貴方達のうち誰かを失う訳にはいかないのです」
アリアドリは感情を表に出さず、沈着な態度のまま悠然としている。
「さすが知恵者、簡単には行きませんか」
二三一としては、今の挑発で三体の内一体さえ切れれば、あとの二体はアリアドリの制止を振り切って襲いかかってくると読んでいたが、それさえも抑えられた。
もう一手、あと一歩と言うところまで来ても、そこから先に手が届くか届かないかが、その格の違いでもある。
二三一とアリアドリとの差であり、この差は一手一歩などの差ではない。
「ですが、手立てが無いと言う訳では無いですよ」
「その通り。貴方であれば、三体の竜の内一体、もしくは二体は倒せるでしょう。おそらく次に炎を吐きかけてきたモノを狙う。その炎で味方の目が眩んでいる隙に、炎を盾で防ぐだけでなく、そこへ進み一刀の元に切り伏せる事も出来ます」
アリアドリが言う通りの事を、二三一は考えていた。
そこまで見越して戦いを指揮していたかと思うと、つくづく嫌になるほどの実力差でもある。
「それほどの知恵者が、何故同種の味方を死地へ送ろうとしているのですか」
「強き敵と戦ってこその竜。亜人の貴方には分からないのですか? そもそも戦士としての本能がそうさせると言う事を、戦士であれば説明の必要も無いでしょう」
二三一の言葉に、アリアドリは淀む事無く即答する。
「つまり戦う為に背くと? ただ血が見たいが為に虐殺すると」
「戦って戦って死ぬ。それで良いではないですか」
アリアドリが穏やかに言うと、共にいる三体の竜も頷いている。
「なるほど、そんな事だから貴方は自らの手を血に染める覚悟をしたわけですか」
二三一の言葉に、アリアドリは笑顔を浮かべる。
「貴方は私の企みを看破した上で、乗ってきたと言う訳ですか。とんだ役者がいたモノですね。恐れ入りました」




