第三話 竜との戦い-5
「陛下、無事ですか!」
セーラムが扉を開けて叫ぶと、いつも通りの落ち着いた雰囲気のラーが立っていた。
ただし、何もかもがいつも通りではない。
手には銀色の杖を持ち、白銀のマントに身を包んでいる。
思わず見とれてしまう美しさだった。
「ええ、無事ですよ。セーラムも二三一さんも、戦闘準備を整えて下さい」
「俺はこの通り、準備は出来ているといえば出来てます」
二三一は自分の部屋から掴んできた、西の果てから持ってきた自前の剣と、先ほどもらったばかりのドラゴン・シールドを持っている。
これで十分戦う事は出来る。
「二三一さん、コレを使って下さい」
ラーは部屋の壁に架けられていた宝剣を取ると、ラーは二三一に手渡す。
「あまり使った事はありませんが、聞く分には『よく切れる剣』だそうです。護身の為にもお役に立つでしょう」
「はい、有り難く使わせていただきます」
二三一は剣を腰に下げる。
「女王と姫君は急ぎここを離れて西へ。おそらくメルディス女王が近くまで来ています。是非とも合流下さい」
「合流下さいって、貴方はどうするの?」
二三一の言葉に、セーラムは眉を寄せる。
「殿軍は俺に任せて下さい。女王、姫君より先に逃げ出したとあっては、エテュセから何を言われるか分からないですからね。俺はしばらくここで嫌がらせをして、その上でエスカ殿やガルムウィック殿と共に、逃げ帰って来ます。こう見えても逃げ足は早いですから」
「具体的にはどの様な方法で戦うのです?」
ラーは二三一に尋ねる。
「女王陛下と姫殿下には、とにかく逃げていただきます。どこか隠し通路的なモノはありませんか? 出来ればアリアドリに知られていないところが良いです」
「それなら心配いりません。しかし、逃げの一手ですか?」
「違います」
ラーの質問に、二三一は即答する。
「陛下も殿下も、言葉は悪いですが非常に目に付きます。ですから出来るだけ早い段階で、外に出て欲しいんです。それで目が分散したところを、ガルムウィック殿が率いているはずの亜人衆が竜の追手に一撃を加えます。俺とエスカ殿が合流して別方向から襲撃の素振りを見せれば、アリアドリも深追いを避けるはず。そこで俺達はガルムウィック殿達と合流したのち、メルディス女王の元へ戻ります」
可能性は十分にある。
分別の無い獰猛な竜であれば、無意味な深追いをしてくる事も考えられるが、政治家であるアリアドリは不必要な犠牲は避けるはずだ。
それに、もしラーが標的だった場合、亜人の集落を狙うのではなく全力でラーを狙ってきたはずだ。
先にラーの元へ敵ではなく情報が来たと言うのも、アリアドリらしくない。
タイミングと言い、わざわざ亜人を先に狙った事といい、アリアドリはラーを逃がそうとしている事は分かる。
が、いよいよ狙いが分からない。
アリアドリはエテュセと戦おうとしているのか? より強い相手を求めて戦いを挑むつもりなのか?
そう言う疑問が、二三一の頭の中に浮かんでくる。
文献で見る竜と言うのは、そういう生き物ではあったのだが、ここの竜の中でもラーとアリアドリがその程度の、ただ強靭な体を武器にした凶暴な獣としての竜とは思えない。
「分かりました。囮役は私とセーラムで務めます。それによって、メルディス女王との合流も約束しましょう。ですが、貴方も必ず合流する事を約束して下さい。良いですね?」
「御意に」
二三一はそう言うと、ラーとセーラムの二人と別れる。
二人には秘密の隠し通路に逃げてもらう事にしているが、その隠し通路を知らなければ、聞かれても答えられないと言う理由で二三一は早めに二人と別れたのだ。
それも、あまり必要無かったかもしれない、と二三一は思う。
もしアリアドリの目的がメルディス女王軍、さらに絞って言うならエテュセとの戦闘であった場合、ラーの生死はさほど重要ではない。
強い敵と戦うと言う事が目的であれば、ラーには生き延びてもらっても問題無いと考えているのかもしれない。
戦士として、と言うより戦いを求める獣として考えるのなら、それは分かりやすいとすら思うのだが、二三一には妙に納得いかないところがあった。
時間があればその事をゆっくり考えたいところだったが、二三一の前にエスカやガルムウィックではない竜が現れた。
「客人か。面白い!」
竜はそう吠えると、二三一に炎を吐きつけてくる。
「問答無用ですか」
二三一は左手の盾で炎を防ぐ。
普通の盾であれば、竜の炎を盾で防いだとしても熱を完全に遮断する事などできないはずだが、この盾はまったく熱も通さない。
さらに炎を受けた事によって、盾が一回り大きくなったようにも感じる。
「いきなり襲いかかってきたって事は、敵って事で間違い無いと考えて良いですよね」
炎を防ぎ切った二三一は、襲いかかってきた竜に確認する。
見た目にはガルムウィックのような竜人であるが、ガルムウィックではない事も分かっている。
何かしら名前はあるのだろうが、二三一に名乗るつもりも無いようだし、向こうも二三一の名前を覚えるつもりも無いようだ。
「亜人如きが敵になるか。女王の手慰みとして拾い上げた亜人の小娘を相手に善戦したと言うだけで、何を勘違いしている」
「……難しい言葉、知ってるんだな。トカゲのクセに」
売り言葉に買い言葉ではあったのだが、二三一より竜の方が乗ってきた。
「羽虫が我らに歯向かうだけでも僭越だと言うのに、我ら竜をトカゲだと? 貴様、骨も残せると思うなよ!」
「そっちから売ってきた喧嘩だ。いまさらビビんなよ」
二三一が笑いながら言うと、竜人は人の姿を捨てて竜の姿に変わる。
比較的広いところであった事と、相手が小型の竜であった事もあって、天井や通路を塞ぐような事にはならなかったが、やはりかなり大きい。
エテュセの乗る翼手竜ケヴィンと全長は変わらないくらいだが、細く翼の大きなケヴィンと比べ体の幅も大きく、暴威を全身から溢れさせている。
緑が濃い色合いの鱗の竜は、すでに言葉も失い、咆哮を上げて二三一に襲いかかってくる。
竜としては小型と言っても、生物として考えると巨大な凶獣が突進してくるのは、物理的な脅威を感じる。
が、その突進も盾で止める事が出来た。
身体能力に秀でる二三一だからこそ、と言う事もあるのだが、本来受けるはずの衝撃がまったく来ない。
竜の突撃がフェイントかとも思ったが、衝突音は尋常ではなかった。
突撃自体を演じる事は出来ても、衝撃音まで演じる事はそう簡単な事ではないだろう。
「な、何だと?」
事実、竜は驚愕に目を見開き、思わず声を漏らした。
「あれ? 竜ってこんなモノなのか? これなら姫の方が遥かに強かったと思うが」
盾で竜のアゴを跳ね上げると、二三一はすかさず剣を抜いて竜の長い首を切りつける。
が、剣は竜の鱗に耐え切れず、根元から折れる。
「無力! 亜人などその程度!」
竜は大口を開けて笑う。
「貴様等の武器如きで、この竜の鱗を裂く事など出来ぬ!」
竜は勝ち誇って手を伸ばしてくるが、その竜の手は閃く一閃の後、手首から先が落ちる。
切られた竜は、何が起きたか解らず呆然と無くなった右手を見たが、僅かに遅れて鮮血が噴き出してくる。
「ぐぉあああああああっ! 俺の、俺の腕がああああああ!」
「さすが、『よく切れる剣』だ。本当によく切れる」
セーラムなら引っかからないような、ごく簡単なトリックだったのだが、竜には驚く程の効果があった。
先に剣を折って見せたのは、この油断を誘う為だった。
実戦経験があれば、こんな簡単な手にはそうそうかかる手でも無いのだが、竜の実戦経験と言うのは思いのほか少ないと言う事も分かっていた。
傲慢な竜のほとんどが、主となる外敵であった人間や亜人などを侮り、直接戦闘を行ってきたのは姫であるセーラムと、竜の中ではガルムウィックなどセーラムに近しいごく一部で撃退する事がほとんどだったと言う。
ここの竜は態度こそ大きいものの、まともな戦闘経験も無いだけでなく、ふもとの小さな村で暴れるだけで自分の大きさに酔っている程度である。
「貴様ぁあああああ!」
「吠え殺すつもりかもしれないけど、俺ってそういうところは鈍感だから、それで死ぬ事は無いと思うぞ」
二三一は盾で体を隠した状態で、竜に言う。
とことん短慮な竜は、口からだけでなく目からも炎を出しかねないほどに怒り狂っているが、二三一は自分でも驚く程にその竜を恐れていなかった。
奇妙な感覚だった。
状況は絶体絶命であり、目の前の竜は二三一より大きく、単純な腕力勝負では勝負にならないほどの差がある。
エスカを相手にした時、そこに差があっては手も足も出ないと痛感したにも関わらず、この竜からは何の脅威も感じない。
竜は切り落とされた右腕を伸ばしてくるが、二三一はその腕をさらに切りつけ短くする。
硬いはずの鱗はもちろん、より強固なはずの骨格ですらまともな手応えも無く切断する剣の切れ味は、もはや『よく切れる』どころの話ではない。
異常な切れ味は剣として一級品である事もさる事ながら、込められている魔力もまた並外れている。
この宝剣をラーは『よく切れる剣』と言っていたが、武器としてはエテュセの持つ『ナインテイル』級の別格な武器である。
ただ空を切るかのように剣を振り、その度に竜の腕は短くなっていく。
竜は悲鳴を上げて二三一から離れるが、その時には竜の右腕は肘まで無くなり、足元には竜の血による血溜りが出来ていた。
「竜の血ってのは猛毒で、触れなくても体が腐ると聞いていたけど、そんな事も無いみたいで安心したよ。毒は盾では防げないからな」
「ほざけ、羽虫がぁ!」
「苦戦してるみたいね」
竜の後ろから女の声がする。
その声には聞き覚えがある。
ルードレイと言う竜だ、と二三一は声の方を見る。
「恥ずかしい限りね。竜の恥さらし」
クスクスと笑いながら、ルードレイは片腕になった竜を押しのける。
「こんな狭いところで戦うのは苦手なのよね」
ルードレイは二三一の前に現れて言う。
美しい女だった。
角の生えた美女であったが、極端に露出度の高い服と言うより下着姿で現れ、挑発的な笑みを浮かべている。
髪は艶やかな緑で、肉感的な肢体にまとわりついているが、異様な艶やかさと共に不吉さを振りまいていた。
「ほら、舐められたままで良いの? お前はもう良いから、私に相手しろって言い出すわよ?」
この竜が何者かは知らないが、ルードレイは少なくともこの片腕になった竜と比べると格上のようだ。
「亜人の集落を何故襲うのです? 必要無いでしょう」
「必要無いから掃除しているのよ。ゴミを貯めておいても良い事は無いわ」
ルードレイは平然と答える。
彼女はその口振りからも、亜人の命に価値を見出していない事は、今に始まったことではないのが分かる。
「生産者をゴミ扱いですか。とことん獣ですね」
「奪う事に許可が必要な程度の存在じゃ無いのよ」
ルードレイは手を振りながら言う。
「ほら、亜人があんたとの戦いに飽きてるわよ。どうにかしなさい」
二三一が口を開こうとする前に、ルードレイが竜に向かって微笑む。
挑発に弱い竜が、二三一だけでなくルードレイにまで言葉の針を刺され、冷静でいられるはずもない。
だが、もはやこの竜では二三一にとって勝負にならない。
何故この様な竜をアリアドリが束ねようとしたのか、と疑問にすら思う。
もしエテュセであれば、この様な駒は駒としてすら使わないかも知れない。アリアドリも似たようなタイプだと思っていたのだが。
そう考えた時、ふと答えが浮かんできた。
「アリアドリ、本当にそんな事を考えているのか?」
二三一は竜の攻撃を盾で防ぎながら、思わず呟いていた。
普通に考えれば、それは有り得ない。
だが、もしエテュセであれば、そう言う行動を取る事は十分考えられる。
アリアドリは知恵者でありながら桁外れな戦闘能力を持ち、他の竜からも一目置かれ、女王に絶対の忠誠を誓い、しかもとことん非情になり得る。
そんな人物であれば、可能性の話でも決して低くはないと、むしろそれが目的と考えればこのタイミングも行動も納得出来る。
だとすると、二三一の役割も決まってくる。
それに乗るか、それともアリアドリの計画をぶち壊すか。
選択肢はあるが、二三一の心は決まっていた。




