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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第一話 新たな国-4

「二三一、話はお願いね。私はちょっと散歩してくるから」

「はい、ご自由にお楽しみ下さい」

 二三一は引きつった笑顔で言う。

 村長が接待をしてきたのも、エテュセが思っていたとおりの事であった。

 数年毎にという周期ではあるが、この村は竜の襲撃にあっているらしい。

 その周期が近付いてきている時に、冒険者が、しかも竜の谷に用があるという事だったので、是が非でも協力して欲しかったと村長はあっさり白状した。

 もちろんエテュセは反対した。

 一宿一飯の恩で、竜と事を構える気はない。

 というより、そんなレベルでぼったくりの宿など、どんな暗黒街でも中々無いくらいのリスクの高さだ。

 少なくともエテュセや二三一をただの村人では脅すことは出来ないので、村長は泣き落しにかかった。

 村で犠牲になるのはいつも若者で、一匹の竜が襲ってくるだけで村にとっては死活問題だ。

 必死に訴えてくる村長をエテュセは二三一に押し付けて、媚びる空気の蔓延する接待部屋を抜け出してきた。

 二三一はアレで頭の回転も速いし、お人好しではあるものの無条件で人助けをする様な、そこ抜けの間抜けな妄想者ではない。

 まして責任のある立場である二三一は、迂闊なことは言わないだろう。

 自分達が竜の谷に向かって交渉に行こうとしている、などとこの村に伝えると確実に不必要な期待を持たせてしまう。

 結果的にこの村は助かるかもしれないが、それはあくまでも副次効果である。

 しかし、ここは豊かな村だとエテュセは思う。

 夜目が効くエテュセには、村の様子がよく分かる。

 エテュセはそのまま家畜小屋へ向かう。

 収容所に入れられる前に、冬の寒い日にこういう家畜小屋に忍び込んだ事がある。

 匂いは耐え難いが、豚小屋というのは暖かい場所であり、豚というのも抱き枕には向かないものの、暖をとる事は出来る。

 豚の強靭な顎でかじられたら命に関わるが、凍死よりはリスクが低い。

 豚小屋の住居者は予期せぬ客に騒ぎ始めるが、この騒ぎも久しぶりに聞く。

 収容所に入ってからは毛布と、場合によっては同室の亜人達で寒さを凌ぎあったし、壁を越えた向こうでは何もかもが温かい人達に迎えられた。それからは寒さを凌ぐのは難しくなくなったので、こう言うところで寒さを凌ぐ必要も無くなった。

 が、その過去が無くなった訳では無い。

 思い出すのも嫌になる様な過去ではあるが、あの頃は今と違って何の責任も無く自分の事だけ考えていれば良かった。

 今は違う。

 新たな名前と新たな立場。

 生かす命と奪う命がある。

 あの時、彼女の命は奪われるだけの無力なモノであったが、今はそれを上回る暴力を手に入れたので、一方的に命を奪う事が出来る立場になった。

 それだけに、自分の命だけを考えられる立場では無くなった。

 死の恐怖に怯え、それに抗う毎日。

 だが、場合によってはそんな日々の方が気楽だったのかも知れない、と昔の環境に近い所に身を置いたら考えてしまう。

「誰だ!」

 家畜小屋への侵入者に気付いたのか、エテュセは後ろから声をかけられた。

 特に驚きはしない。

 あの頃の環境に近いと言っても、それはこの家畜小屋の中だけの話であり、今の彼女はここで誰かに見つかってはいけないと言う事も無い。

「可愛い子達ね。肉付きも良いし元気も良い。餌が良いんでしょうね」

 エテュセは忙しく動き回る豚を見ながら言う。

「さっき出てきた料理も、ここで取れた食材でしょ? 貴方はあの集まりに行かなくてよかったの?」

 エテュセは家畜小屋の入口を塞いでいる人物に向かって尋ねると、そのまま家畜小屋を出て行く。

 その人物はエテュセと同い年くらいの少年に見えた。

 推定年齢十七歳のエテュセと同い年と言う事は、この少年も十代中頃から後半と言ったところだろう。

「あんたが旅人か?」

「多分そうでしょうね。私達以外に旅人がこの村に立ち寄ったんじゃ無ければ、正解じゃないかな」

「それが豚泥棒か?」

「まさか、豚泥棒に入ったんなら騒がせないわよ」

 エテュセは苦笑しながら言う。

「本当に豚泥棒を警戒しているなら、小屋に入られる前に捕まえないと。小屋を片っ端から開けて回って豚を逃せば、一匹くらい簡単に持って帰れるわよ」

「豚に詳しいのか?」

「詳しくは無いわね。ただ、何回かやった事があるだけで」

 エテュセは笑いながら言う。

 逃亡生活中、家畜小屋で見つかった時の逃走手段だ。

 家畜を小屋から出すのは簡単だが、小屋に戻すのはかなり難しい。羊飼いが犬を使うのも、羊を思うように動かせないからだ。

「あんた、何者だ?」

「旅の者よ」

 エテュセは正直に、とは言えないまでも嘘ではない事を答える。

「あんたに竜がどうにかできるのか?」

「出来るわけないでしょ? 竜をどうにかしろって言うの?」

 エテュセは大袈裟に驚いてみせる。

 その言葉に少年は露骨にがっかりしたように見える。

「聞きたいんだけど、竜が襲撃してくるのは分かってるんでしょ? 何で引っ越そうとしないの?」

「よそ者のあんたに答える義理は無いね」

 少年はエテュセに敵意を向けている。

 本当は豚泥棒かも知れないと言う可能性を疑っているのかもしれないし、竜をどうにかしてくれると思っていたのに、それを否定された事が気に入らなかったのかもしれない。

「ま、それはそうね。私が貴方達に何を頼まれても断る事が出来るのと同じように、貴方達は私の質問に答える義務は無いからね」

 笑いながら言うが、エテュセとしては気になっている点でもあった。

 確かにこの村は豊かだが、それは土壌が豊かだと言う事だ。

 この村が豊かでも、竜のリスクと比べると普通ならここから離れるはずだ。

 竜の脅威は猛獣の比では無い。

 これほど豊かな土地であれば、この近辺だけだと言う事は無さそうなモノだが、この村には竜の脅威を超える魅力があると言う事なのだろう。

 とてもエテュセには理解出来ないリスク管理だ。

「ねえ、竜をどうにかして欲しいみたいだけど、竜をどうにかするより村をどうにかして引っ越した方が現実的じゃないの?」

「ここは先祖代々守ってきた土地だ。ここを離れる事は出来ない」

「はあ?」

 エテュセは心底呆れた声を出す。

「竜が襲って来てるんでしょ? 先祖代々がどうのこうのより、今、ここで生きている人の命の方が大事じゃないの?」

「ヨソ者らしい意見だ。俺達はこの大地に生きている。竜は昔からいたけど、俺の先祖達が切り拓いた村を捨てるなんて出来ない」

 少年は農具でエテュセを警戒しながらも、誇らしげに答える。

 その姿に、エテュセはため息をつく。

 この村の村人は自分達の立場や、危機状況を正しく認識していない。

 だから先祖代々守ってきた土地だ、などと見当違いな事を言えるのだ。

「で、竜から村を守る為に手を貸せっていうの? あんた達、どれほど無茶苦茶な事言っているかわかって喋ってるの?」

「俺達はここを離れないぞ」

 何を思ったのか、少年はエテュセに強い警戒心を持っている。

 この家畜小屋が彼のモノだとしたら、夜に無断で侵入してきた不審者なので警戒するのは十分な理由はあるのだが、見るからに魔術師であるエテュセを農具でどうにか出来ると本気で思っているのも問題だ。

 この村には魔術を使える者もいないらしい。

「あのね、あんた達、物凄く勘違いしてるみたいだから、本当の事を教えてあげるわよ」

 エテュセは少年に向かって言う。

「本当の事だと? あんたがホントは豚泥棒って事か?」

「ま、美味しそうな仔豚だったから、一頭くらい女王様に献上しても良いとは思うけど、そんな話を勿体つけて話すと思う? この村は多分、あと百年以上は安全よ」

「あんた、人の話を聞いてなかったのか? この村には竜が襲ってくるんだぞ? 五年くらいすると竜が村を襲ってくるんだ。俺達は最後まで戦うけど、それでも命懸けで戦ってるんだ! ヨソ者が何も知らないくせに、いい加減な事言うな!」

「何も知らないのは、ヨソ者の私より現実から目を背けている地元のあんた達みたいだけどね」

 多分、二三一も村長達を相手に同じ様な話をしている事だろう。

「この村を守ってるのは、あんた達じゃないわよ。竜がこの村を襲撃してくるのは事実でしょうけど、その竜がこの村を守ってるの」

 エテュセが腰に手を当てて、少年に言う。

「ところで、まだこの豚小屋の前で話す? 私は別に構わないけど、家畜泥棒がいないか巡回してたんじゃないの? 話すのは歩きながらでも出来るでしょ?」

「一番怪しいのは、ヨソ者が来た時だ」

 なるほど、それはその通りとエテュセは感心する。

「だとすると、私を監視しながら巡視も出来るんだから、効率は良くなるわね。私も村を見て回れるし、地元の人が一緒なら夜でも迷子にならなくて済むし」

 土地勘のあるエテュセは、日中はもちろん、夜でも月や星で方角を知る事が出来るし、歩行時間などで距離も見当を付けられる。

 かつては吹雪の中で、一回しか行った事のない洞窟に全力疾走で向かった事もある。こんな村で迷子になる事など無いのだが、少年にそれを自慢したところで更に警戒されるだけだ。

「良いだろう、あんたには付き合ってもらう」

「了解。腕も組む?」

 エテュセが言うと、少年は赤くなってエテュセから距離を取る。

 からかい甲斐のある少年だ。

「それで、竜が俺達を守っているなんて妄想はどこから出てくるんだよ」

 相当イラついているところを見ると、この少年は正義感がかなり強いのだろう。

 こんな村にとっては必要の無い、場合によっては村を危険に晒す蛮勇の類だ。

「少し考えれば分かりそうなモノだけどね」

 エテュセは少年と牛舎を見る。

 ここも独特の匂いがあるが、豚と違って牛は特に騒ぐ事も無く、どっしりとしたモノだ。

「私は竜の襲撃を見た事は無いけど、この村がどう言う風に襲撃されるかは予想がつくわ。この村を襲撃してくる竜は一匹だけ。それは間違い無いわね?」

「それが予想かよ」

「慌てないの。その竜は、特に炎を吐いたりせず、直接村人を襲うんじゃない? 基本的には爪、いえ、手を使って村人を襲うんでしょうね。で、数時間で帰っていく。建物の被害も無いわけじゃないけど、農作物や家畜の被害より村人の被害の方が大きい。どう? そんな感じじゃない?」

 エテュセの言葉に、少年は眉を寄せる。

「あんたの手引きなのか?」

「私が竜をアゴで使えるわけ無いでしょ。ちゃんと頭を使いなさい」

 小柄なエテュセは少年より頭一つくらい背が低いが、それでも容赦無く言う。

「何だと?」

「竜が村を襲うのに理由がいると思う? もし腹減った、とかが理由だとしたら家畜に見向きもせずに人を襲うのはおかしいでしょ? 人が憎いと言うのなら、お得意の圧倒的破壊力のドラゴンブレスで村ごと焼き払うと思わない? まして、一匹で、襲う時には単独行動っていうのが不自然なのよ」

 エテュセは首を傾げて言う。

 竜は基本的に少数ではあっても、群れで行動する。

 エテュセの騎乗する翼手竜ケヴィンなど、契約して行動する場合には単独行動もある。が、そう言うのは最上位などの例外であり、五匹以下ではあるものの、ツーマンセルやスリーマンセルなどで行動するのが、一般的な竜の常識である。

 そんな竜が単独で、村を襲う事に手段を選び、村への被害を最小限に、その上で村人に一定の被害を与える。

 それがどう言う事か。

「竜にこの村を滅ぼすつもりは無いわよ。それどころか、この村は竜の狩場として管理されている以上、他のどんなところよりも安全だと言えるわね」

「はあ? 何言ってんだ、あんた」

「もし私が竜だったとしたら、そうするって話よ」

 エテュセは少年では無く、眠っている牛を見ながら言う。

「そうでしょ? 竜が本気で村を襲撃してるなら、一瞬で、それこそ数時間で炭化出来るでしょうね。それをしない事は、しない理由があるから。あんた達は、この村の連中は考え方から間違っているのよ」

 エテュセは牛から視線を外し、周囲を見回しながら言う。

「一定の被害に目を瞑れば、この村ほど安全なところはそう無いわよ。何しろ竜が管理していると言う事は、竜が他の脅威を黙って見てるわけが無いわ。で、村人が一定以上に増えようとした時に、竜は間引きに来る。襲撃、なんてモノじゃないの。あくまでも狩り。レジャーの類ね」

 エテュセは少年を見ないまま言う。

「は、はあ? あんた、頭、大丈夫か?」

「ま、今のは私の予想で予測なんだけどね。物的証拠は何もないけど」

 エテュセは挑発的に笑う。

「ここの村人が考えている竜の襲撃より、私が仮定する竜の狩場としてのこの村の方が、客観的説得力はありそうだけど?」

「それがあったら、なんだってんだよ」

「引っ越さないのなら、竜をどうにかしようと考えない方が良いわね。竜をどうにかしてしまったら、この村最大の防波堤は無くなる。私が野盗だとしたら、この村は数年毎にくるって言う竜の襲撃以上の被害を受けるわよ」

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