第一話 新たな国-3
「ここに泊めてもらえないかな?」
竜の谷を目指すエテュセと二三一は、地図ではかなり近付いていると思えるところまで来ていた。
おそらくここから北へ向かえば竜の谷に入るだろうという所まできたのだが、時は既に夕刻であり、夜間に竜の谷に訪れるのもどうだろうという二三一の配慮で、近くの小さな村に寄る事を提案したのだ。
「でも、相手は竜でしょ? 人の常識って通用するのかな?」
「最初から人の常識が通用しない事を前提にして、人として常識の無い行動を取るよりはマシだと思うけどな」
二三一は苦笑いしながら言う。
「お、早速村人発見。畑仕事帰りみたいだな。ちょっと交渉してくる」
「二三一で大丈夫? 怖がられない?」
「俺を怖がるくらいなら、エテュセとはまともに話せないだろうからな」
ニヤリと笑って、二三一は村人の方へ行く。
エテュセはその間に村の周辺を見る。
妙に物々しい柵が張り巡らされているので、村が自衛に力を入れているのは分かる。広い畑や家畜小屋なども見て取れるし、ちょうど収穫直前と言う事もあって、かなりの収穫量になりそうだと言うのも分かる。
小さな規模ではあるが、随分と豊かな村だと思う。
それだけに野盗から狙われやすいのか、とエテュセは思ったが、それにしては柵が村を守る柵と言うより砦か何かのように頑丈に作られている。
(……竜?)
エテュセは北に目を向ける。
噂を頼りに歩いてきたが、竜の谷はここから北上した所にあるらしい。それであれば、この村などは竜の襲撃を受けたりするのだろうか。
エテュセが騎乗する翼手竜のケヴィンでも、馬の数倍の早さで飛ぶことが出来る。竜であれば同等の速度で移動出来ると思われるので、竜の谷がよほど遠くでもない限り往復にも大した時間はかからないだろう。
だが、頑丈に作られているからと言って、柵を張り巡らせたくらいで竜を撃退出来るモノなのだろうか。
エテュセとしては、とてもそうは思えなかった。
だとすると、やっぱりコレは野盗対策だろう。
この近辺の治安は悪くないが、二三一の様な身体能力に恵まれた亜人が徒党を組んだ場合のことを考えると、確かにこれくらいの防備は必要になる。
もしそう言う勢力があるならば、討伐するのも吸収するのも悪くない。
「歓迎してくれるってよ」
交渉がまとまったみたいで、二三一がエテュセを呼ぶ。
「へえ、今日は寝床があるのね」
「基本野宿だったからなぁ」
二三一はうんうんと頷いている。
「私は別に野宿でも良いんだけど」
「まあまあ、せっかくだし歓迎を受けようぜ」
二三一に背中を押され、エテュセは渋々ついて行く。
エテュセは単独行動が多く、集団としてもごく少数で行動するのが常である事に対して、二三一は集団行動が主である。
性格的にも二三一は皆でわいわいと騒ぐ事が好きだと言う事は、元収容所メンバーであれば全員が知っている事だ。
意外にもエテュセとの二人旅は、二三一にとってはキツい旅だったのかもしれない。
見た目には恐ろしく厳つい二三一だが、つい先ほど会ったばかりの村人とすっかり打ち解けている。
エテュセと二三一は、そのまま村でもかなり大きな建物に案内される。
おそらくこの村の公民館といった所だと思われるが、エテュセは眉をひそめて周囲を見る。
旅人を迎えるにしては、大袈裟過ぎる。
「ちょっと、どう言う事よ?」
「何が?」
二三一はエテュセに対して首を傾げる。
「私達、一泊させてもらうだけで良かったのよね? 正体とかバラしたの? 面倒な事になるわよ」
「いや、正体はバラしてないよ。ただ、旅をしていて、竜の谷を目指している事くらいしか伝えていない」
二三一は簡単に答える。
「だとすると、この歓迎はおかしいでしょ?」
「そうか?」
エテュセは警戒しているが、二三一はまったく警戒していない。
(本当に『良い奴』なのは分かるけど、いくら何でも無警戒過ぎるだろう)
村人が完全な善意で迎えてくれていると信じて疑っていない二三一に、エテュセは思わずため息をつきたくなる。
二三一は文句無しに優秀な戦士だし、部隊を率いる上での指揮能力や統率力と言う点でも申し分ない。
しかし、将軍職として統括してもらうとなると、あまりにも情が深すぎる。
清廉潔白で、部下の一人一人を思いやる事は素晴らしいが、集団戦を行う以上は犠牲者が出る。最上位に立つ人物は時として非常な判断を迫られ、それでも被害を最小限に抑える為に少数を切り捨てる事も必要だ。
エテュセはそう考えているが、二三一はそうでは無く、戦場で死ぬ人物がいるとすると、その最初の人物は自分であるべきだと考えている節がある。
どこまでも過酷な生き方を強いられてきたはずの二三一だが、心底甘いのだとエテュセは呆れると同時に感心する。
そう言う人物の為に、エテュセは汚れ役を引き受けたのだ。
甘い人物が甘いままで許される世界。
彼が望んだ世界と言うのは、そう言うモノだったのではないかとエテュセは思う。
左手薬指を彩る『約束』の指輪。
死を目前にしながらも、笑顔で彼女の背中を押してくれた優しく力強い言葉。それを裏切らない為にも、エテュセは戦い続けているのだから。
「エテュセ? どうした?」
「いえ、でも、いくら豊かな村でもこんな歓迎を受ける理由が無いでしょう?」
「歓迎が好きなのかもしれないだろ?」
「あんた、いくら何でもそれは自分に都合良すぎるでしょう」
苦笑いしながらエテュセは言う。
富豪の中にはそう言うもてなし好きがいる事はエテュセも知っているが、その場合は自身の財力を自慢するためや、相手に対して何かしらの下心があるモノだ。
この村でも同じ様な接待でもてなされると言う事は、やはりこの村は何か問題を抱えていると見るべきだろう。
それは、旅の冒険者の手を借りてでも対処したい何か。
自然とエテュセの目は、北に向いていた。
「エテュセ、何なら今からでも断るか?」
二三一は公民館と思われる大きな建物に入る前に、エテュセに確認する。
この村人達から敵意や害意を感じる事は無い。純粋な善意、と言うだけでは無いが、少なくともエテュセや二三一を騙して金品を奪おうと言うような事は無さそうだ。
「いえ、私が神経質になっているだけだと思うから、気にしないで。お腹も空いたし、せっかくだからご馳走になりましょう」
エテュセも二三一の後に続く。
広間に通された後、エテュセと二三一は少し待たされたが、驚く程豪華な料理を並べられて、さすがの二三一も眉を寄せる。
「いや、あの、この村ってこれが普通の晩飯じゃないですよね?」
二三一は次々と並べられる料理を見ながら村人に言うが、村人は満面の笑顔を浮かべるものの答えようとしない。
「これ全部食べろって言われたら、それはそれで拷問よね」
「俺でもこんなに食えねえよ」
エテュセと二三一はお互いに顔を見合わせる。
これは確実に、見返りを求められる。
エテュセだけではなく、お人好しの二三一でも分かるほど露骨な接待だった。
「旅の方、どうぞごゆるりとして下さい」
おそらく村長と思われる年配の男が、胡散臭いほどの笑顔で言う。
「いや、滅茶苦茶プレッシャーよね、コレ」
エテュセは目の前に並べられた料理を見ながら言う。
少なくともこれほど豪華で大量な食事など、メルディス女王ですら並べられた事はないのではないかと思ってしまう。
実際収容所跡の近辺は土地が痩せているため、食事の材料自体が限られている。
場合によってはだが、メルディス女王ですら未だに収容所時代の主食であった、謎の干物を口にしている事があるくらいだ。
「私達に何を求めているんですか?」
「エテュセ、いくら何でも直球過ぎやしないか?」
言葉のトゲを隠そうともしないエテュセに、二三一が言う。
「偶然立ち寄っただけの村に、これほどの歓待を受ける理由が無い。これだけの事をすると言う事は、何か見返りがあるんでしょう? そうでもないと、不自然極まりないわ」
今にもテーブルをひっくり返して料理をぶちまけそうなエテュセに、集まった村人の大半はもう笑顔を維持できなくなっている。
エテュセの迫力は、武器を持てば数千の騎士団を一人で震え上がらせるほどである。武器を持たなくても、一般人であればとても耐えられるモノではない。
「いや、俺もさすがにこれはちょっと疑いたくなる。俺はただ、一晩の宿とちょっとした食事が出来れば良いと思って言っただけで、この村の全てを差し出して歓迎しろと言った覚えは無いんですけどね」
二三一はエテュセをなだめながらも、村人に言う。
物理的な迫力は二三一の方が強いはずなのだが、感情をむき出しにしているエテュセを恐れているので、逆に二三一が頼もしく見える事だろう。
「まずは何に困ってて、何をして欲しいのか。その結果の接待だ、と説明してもらわないと、どう考えても騙されてる様にしか見えないだろ?」
二三一はその外見に似合わず、優しく柔らかく言う。
異常な浮かれ方をしていた村人達も、厳つい二三一が冷静に論理的な説得をしているので、自分達がどれだけ異常な事をやっていたのか理解したらしい。
「ただ、せっかく用意して貰った事だし、全部下げろってのはもったいないからな。皆で食べながら話をしよう。それでイイだろ?」
すっかり冷め切った空気を、二三一は温め直す。
エテュセとしては不本意なようだが、接待は再開された。
「あのさ、二三一。結局のところ、ここでこのご飯食べた後に何か頼まれたら、凄く断りづらくなるんだけど?」
「心配ないさ。エテュセなら簡単に断れるだろ?」
「あんたねぇ」
呆れてしまうが、役割分担としては間違っていない。
アメとムチと言うのは、情報を引き出す時にも活かせる事だが、二三一はその事をよく分かっているみたいだ。
ただの脳筋ではないと思ってはいたが、こう言うところがメルディス女王だけではなく、亜人達をしっかりとまとめられている所でもある。
「ただ、このもてなしのされ方は、嫌な予感しかしないのよね」
「マジで? 実は俺も同じ事を考えてた。俺の勘もけっこう捨てたもんじゃないかもな」
「だとしたら、ここに入る前、せめて接待が始まる前に働かせて欲しかったわ」
「ホント? 実は俺も同じ事を考えてた」
そう言って逃げ出しそうになる二三一を、エテュセは笑顔でがっちりと捕まえていた。
「考えが一致していて良かったわ。案外、私達って考え方が似てるのかもね」
「はい、おっしゃるとおりです」
二三一は小さくなって、細い声で言う。




