第一話 新たな国-5
「また何かやっただろ?」
二三一は村を出てすぐにエテュセに言う。
「え? 散歩してただけよ?」
「じゃなくて、村人に余計な事言っただろ?」
「現実を突きつけてやっただけ」
「それが余計な事、と言うのが分からない?」
「分からないわね」
二三一に対して、エテュセは平然と言う。
「あんたこそ、村で余計な事言ってないでしょうね。竜はどうにかしてやる、とか」
「言える訳ないだろう。俺達が話をまとめても、この村の状況は大して変わりませんよ、なんて話は」
二三一は苦笑いしながら言う。
エテュセ達は竜との同盟が目的であるが、あくまでも同盟であって服従を強いる訳では無い。
言うなれば不可侵条約であり、こちらから竜の側にあれこれと条件を付ける事など出来ないのだから、例え理想の形で同盟を結べたとしてもこの村をどうこう出来る立場にはならない。
ましてエテュセには、最初からそのつもりはない。
この程度の村で、しかも数年毎に竜のストレスを解消出来るのであれば、目を瞑るどころか安いモノである。
二三一などはそう考えないだろうが、エテュセの立場であればこの程度の悪意は飲み込む事など造作もない。
小を殺し、大を生かす。
結果を最優先するエテュセにとって、逆にあの村の襲撃を黙認する事で竜と取引出来る材料として使える。
「そこまで言ってないだろうな」
二三一は不安になってエテュセに確認する。
「そんな話にまでならなかったのよ。そんな話にまでなってたら、がっつり言ってたでしょうね」
「がっつりは言うなよ」
エテュセの容赦の無さは、元収容所メンバーは嫌になるほどよく知っている。
彼女は自分の目的のためであれば、自身の命すら賭けのテーブルに乗せる事が出来るどころか、もっとも危険なところに飛び込んでいける。
その代わり、と言う訳では無いが、必要であれば他者にも同等のリスクを背負う事を要求してくるところもある。
二三一やメルディスでさえ戦慄する様な選択肢を要求してくるエテュセなので、そんな彼女がガッツリ現実を押し付けてきては、のどかな村の住人などが耐えられるはずがない。
「私だって相手は選ぶわよ」
「そうかぁ? お前だったら気に入らないって言う理由だけで、相手の精神を粉々に破壊する様な事言いそうだしな」
「失敬な。って言うか、そんな事で壊される程度の精神だとしたら、もっと鍛えた方が良いわよ」
「いや、明らかに例外の類だから、君は」
二三一は呆れて苦笑いしている。
イメージとしてはそうだろう、と言う事はエテュセも分かっている。
しかし、それはあくまでもイメージであり、目的意識を失った時の精神的な脆さを周りは知らないだろうが、エテュセは知っている。
今では無数の命を奪い、その手を血に染めているエテュセだが、それでもたった一人の少年と二体の妖精を失っただけで精神の均衡を失った。
あの時の虚無感は、今でもエテュセの中に穴を開けたままになっている。
新興国を建ち上げ、女王メルディスの敵を蹴散らし、さらに国土を広げていくという多忙な中にあっても、その時の穴は埋められずにいるのだ。
さすがにそのレベルで精神的に追い詰めようとまでは、エテュセも思っていない。
しかし、王族だったあの少年の様に現実を真正面から受け止めるには、相当な精神的強度を必要とする。
「しかし、あの村が竜の狩場、か。言われてみると確かに被害とかは不自然だな」
エテュセの仮説を二三一に話してみると、同じ様にヨソ者である二三一はすんなりと不自然さを受け入れる事が出来たらしい。
実際の竜をエテュセも二三一も見たことがないので、どこまでいっても仮説でしかないのだが、竜でなくてもこの程度の村であれば簡単に食い尽くすことは出来る。
それが、竜が近くに巣食っているにも関わらず数年毎に一匹づつ、村人にのみ被害を及ぼすなど不自然極まりない。
「でも、それだとどうするんだ?」
「どうって?」
「知った以上は、村を守ってやるんだろ?」
「え? 何で?」
「何でって、竜の襲撃に悩んでるんだろ? どうにかしてやらないと」
「は? だから何でよ。そのリスクを背負って、あの村にいるんでしょ? だったら私達が何とかするんじゃなくて、村で何とかするべきじゃないの?」
「いやまあ、それが正論なのかも知れないけどな」
二三一はそう言った後、深々とため息をつく。
強い者は弱い者を助けなければならない。
二三一は本気でそう思っているところがあるが、エテュセはそんな考えは持てない。
強い者は弱い者を守る事は出来るかもしれないが、それは義務では無く強者の意思によるところが大きくあるべきだ、と考えている。
強者に守ってもらえるという前提は、弱者の為にならない。
二三一には悪いが、エテュセから見たら二三一の考え方は相手を甘やかしているだけに見えるのだ。
甘い人物が甘いままに生きる事と、甘やかされた環境を維持する事はまったく別物である。
「正論かもしれないが、相手が竜ならちょっと手に余るだろ?」
「だから外部に力を求める。その事には文句は無いし、その判断は正しいとは思うわよ。でも、その為に出来る事、その前にやれる事があるでしょ?」
「あんた、本当に厳しいな。そんなんじゃ嫌われるぞ」
「構わないわよ。私の仕事は恨まれる事も含まれているんだから」
「まあ、そうだな。そのお陰で、俺も女王も清廉潔白でいられる訳だ。でも、それで良いのか? 俺には結果を急ぎすぎて、短絡的になってる様に思えるんだけどな」
「今は仕方が無いわよ。時間をかけて、理想的な方法を見つけたとしても実行出来る時間が無いなら、それは何の役にも立たない机上の空論よ。私がやっている事が短絡的なのは認めるけど、今はどんなに批難を浴びても短時間で結果を出さないといけない時期だから」
「あんたは凄いよ。戦士の俺は目の前の敵を倒すだけで仕事のほとんどは終わるのに、あんたは見えない敵を見定めて、戦う前に勝利する。真似は出来ないな」
「そんな立派な事じゃないわよ」
この西の諸国では、戦術面が重視される傾向が極めて強く、政治面や戦略面が余りにも疎かになっているところが多い。
北のセラルディアの様な魔術国家や中央都レイギルであれば、優れた外交官や執政官の存在は優秀な戦士の育成と同じか、それ以上に重要だという事は分かっているはずだが、西の迷信深い土地柄のせいか戦士至上主義な雰囲気は未だに残っている。
なので、どこの国も軍部や騎士団が不必要に力を持ち、独裁政権が基盤となっている。
そう言うところは、圧倒的大多数の不満の上に成り立っている。
国を動かすのはごく少数であり、圧倒的大多数を支配するのは当然の仕組みである。が、それを露骨に見せるとその圧倒的多数を敵に回す事になる。
そうなったら簡単に転覆するのだが、それを転覆させない為により強力な武力と圧力、恐怖を必要としていく。
その負のスパイラルに陥ると、針の一刺しで簡単に壊れる。
小国クデベルはその事を早い段階で見抜き、騎士団の強化ではなく外交の強化に務めていた。
西の諸国においては革新的な国作りを実践したクデベルは、大量の騎士流出を招いたにも関わらず、国を守る事には成功している。
これこそが西で生き延びる術だとクデベルは見せているのだが、他の国はそれを認めきれていない。
竜の存在も似たようなものだ。
竜に真っ向から力で対抗するなど、余りにも馬鹿げている。
力での完全決着など最終手段であり、最初から選択肢に上げるべきでは無い。
戦士にはそれが分からないのだ。
二三一も基本的には戦士であり、力で白黒付ける事こそが決着だと思っている節はあるが、それでも柔軟な方だ。
いくら弱い者の味方であると言っても、力での解決を望んでもその手段が全てではない事くらい、分かっている。
分かっているはずだ。
「竜の谷には直接行くんだよな? 前もって連絡とか入れてるのか?」
「入れてない。って言うか、竜の谷の存在自体が確認取れてないし。どう言う連絡を入れていいのか分からないわよ」
「まあ、そりゃそうだ。手紙とか届けられれば良いのにな」
「竜の谷に? さすがに二三一くらい豪胆じゃないと手紙も届けられないでしょ? だって竜がめっちゃ飛んでる場所でしょうから。私だって怖いわよ、そんなとこ」
「それが嘘なのはわかるよ、俺にも。エテュセに怖いものってあるのか?」
「うん。ネズミとか」
「それが嘘なのもわかるよ」
意外と夜中に走り回るネズミには驚かされた事もあるし、逃亡生活中は耳を囓られそうになった事もあるので、ちょっと苦手であるのは事実でもある。
他にも寒いのは相変わらず苦手だし、本音を言えばメルディスは時々本気で怖いと感じる事がある。
「いやぁ、女王が怖いと感じるのは俺も一緒かな」
「でしょ? メルディス怖いよね?」
「普段から怖いって訳じゃないよ、あんたと違って。でも怖さも違うんだよな。エテュセは分かりやすいよな、怖さが。見た瞬間、『あ、こいつを怒らせれば命に関わる』ってすぐ分かる怖さだ。それこそ竜みたいなモノだね。でもメルディスの怖さは一見分かりにくいからね。言ってみれば刺のついた花だね。それをそれと知らない限り、怖さも何もないどころか綺麗な限りだ。でも、迂闊に触れると傷を負う。それどころか毒もあるかもしれない。それは見て分からないリスクって言う意味でも女王の怖さに近いかな」
「刺と毒を持った花、か。まさにメルディスっぽいね。本当は『生命の花』の名前を持ってる私がそうあるべきなんだろうけどね」
「似合わないなぁ」
「よくわかってるわよ。私が花じゃない事くらい」
「いや、食虫花って言う意味じゃ、花だよ」
「道中暇だからって、私に喧嘩売っても買わないわよ。肉弾戦で二三一に勝てる訳ないからね」
「そりゃこっちのセリフ」
エテュセが西側で最強の戦力とされているのは武器のお陰、と思われがちだが、彼女を戦力と考えた場合に危ないのはその武器と言うより、身体能力が非常に高いと言う事である。
それは単純に腕力と言う事ではない。
瞬発力に長け、動体視力も並外れている。その上で回復能力も高く、魔術師と言う先入観を持っていると、まず彼女を捉えられない。
二三一は典型的なヘヴィー級ファイターに対して、エテュセは典型的な軽量級のスピードファイターでもある。エテュセの場合、見た目が魔術師なのでスピードファイターとは思えない。
実は素手での戦いでも、二三一とエテュセは互角と言う恐ろしい存在である。
「まあ、百歩譲って私が食虫花だったとしても、竜は食べれないなぁ」
「デカいだろうからね」
「ケヴィンの倍はあるのよね」
「って、言われてるね」
残念ながら文献でしか知らないので、おおよその知識しかない。
「なあ、天空の騎士のところで竜は見なかったのか?」
「見なかったわね。使役出来るとは言われたけど、その時にはケヴィンがいたし。使役している騎士はいたらしいけど、私、騎士の中で直接話した事があるのは三人もいないわよ。って言うか、なんであんたが天空の騎士の話知ってるの?」
「女王から聞いた。嬉しそうに話してたよ」
「しまったな。余計な事喋ったか」
エテュセは苦笑いしながら言う。
メルディスもペラペラと自慢するような事はしていないだろうし、二三一もそれを言いふらす様なタイプではない。
天空の騎士との繋がりなど、ほとんど無いに等しいし、そもそもコンタクトを取ろうとして取れる存在でもない。
しかも、今となっては近寄りたいとも思わない存在でもあるのだ。
先ほどの話ではないが、『銀の風』の怖さはメルディスと同類ではあるが、メルディスの数倍強烈でもある。
思い出したように戦闘訓練を始められ、エテュセでさえ死にそうになった事は一度や二度ではない。
あれは、絶対に怒らせてはいけない類の何かだ。
「そこの人、これ以上北上したら危ないよ」
二三一とエテュセに気付いたらしく、一人の男性が二人に近づいてくる。
二三一と同じくらいの長身だが、さすがに体の厚みはふた回りくらい細い。と言っても、あくまでも二三一と比べてなので一般的な男性の体型と比べて細い、と言う事もなく、引き締まっていると言える。
黒く長い髪を無造作に一つにまとめているので髪型に気を遣うタイプでは無さそうだが、それを差し引いても精悍な美男子と言えるだろう。
「ここから先は竜の住処だよ」
「詳しく聞かせてもらっていい?」
エテュセがすぐに食いつく。
「私、竜って見た事が無いのよ」
「竜を見る為に? 失礼ながらどこから来られたんです?」
「えっと、どこから?」
エテュセは二三一の方を見る。
「西の果て、世界を区切る壁の近くから来ました」
「それはまた随分と遠いところから来られたんですね」
二三一の答えに、黒髪の男性は笑顔ながらも驚いた表情になる。
「そんなところからわざわざ? 危険じゃ無いですか?」
「まあ、危険を侵す価値があるって、この人がね」
二三一がエテュセに振る。
「ここで? え、このタイミングで私に振る?」
「あの、どういった関係で?」
黒髪の男性は、困惑したようにエテュセと二三一を見て訪ねた。




